今年5月に電撃的に発表されたソニーとマイクロソフトの提携。ソニーの吉田憲一郎社長は、同月に開催された経営方針説明会で両社の提携の意義を強調した(撮影:尾形文繁)

日本時間5月17日の未明、アメリカから電撃的な提携のニュースが舞い込んだ。ソニーはアメリカ・マイクロソフトと、ゲームやコンテンツのストリーミングサービスに向けたクラウドソリューションを共同開発するための提携検討を始めることを発表した。

「プレイステーション」と「XBox」というゲーム機分野で世界2強として競合する両者がタッグを組み、アメリカ・グーグルが11月に欧米で開始するクラウドゲームサービス「スタディア」に対抗する狙いだ。

マイクロソフトはこの10年ほどでクラウドプラットフォーム「アジュール」を軸として、クラウド事業を急拡大してきた。さまざまな業界のデジタル化を担うITインフラを提供し、OS(基本ソフト)「ウィンドウズ」を中心としたパソコン向けの事業構造からの脱却に成功。世界的な大手企業との戦略提携も増えている。

提携発表前日のトップ会談

ソニーとの提携発表の前日、マイクロソフトのシアトル本社では、世界中の著名企業の経営者を集めた招待制イベント「CEOサミット」が開かれていた。ここで同社のサティア・ナデラCEOとの面会が決まっていたソニー吉田憲一郎社長の渡米に合わせ、提携に関する覚書締結の調整が進められた。

この実現の裏には、マイクロソフト本社に在籍する日本人最高幹部の存在があった。グローバルクラウド事業の事業戦略を統括する沼本健コーポレート・バイス・プレジデントである。


マイクロソフトの上級幹部は、直接の営業活動ではない形でさまざまな企業とコミュニケーションを取る商慣習がある。沼本氏は4〜5年前から来日するたびにソニー幹部らと面会し、製品に関する質問を受けたり、会話の中から生まれたアイデアをどのような技術で支援できるかなどと検討したりしてきた。

今回、東洋経済の取材に応じた沼本氏は、「たまたま私が本社にいる日本人ということで、日本の顧客と関係構築を進めたらいいのではないかという話から始まった」と振り返る。

沼本氏は東京大学卒業後、通商産業省(当時)に入省。その後スタンフォード大学ビジネススクールを経て、マイクロソフトのシアトル本社に入社した。ウィンドウズ製品の顧客拡大や「オフィス」製品のマーケティングなどを経て、2012年から現在の役職を務めている。

昨年11月にマイクロソフトのナデラCEOが来日した際には、吉田社長の就任後初めての対面が実現した。続いて翌12月には沼本氏がソニーの社内イベントに招かれ来日。マイクロソフト自身の変遷について講演し、デジタル変革における学びを共有した。

そうしたさまざまな関わりの中で、「こういうことができたら面白いですね、と互いに話しながら、提携検討の話が立ち上がっていった。さらにCEOサミットで両社のトップが会うということにもなり、覚書の締結を目指して私が当社側の窓口となって調整した」と沼本氏は説明する。こうして両社は急接近していった。


マイクロソフトのアメリカ本社でグローバルクラウド事業を取り仕切る沼本健コーポレート・バイス・プレジデント(撮影:尾形文繁)

ソニー側がマイクロソフトを選んだ理由には、アジュール上にゲーム開発のシステムが充実してきたこともありそうだ。マイクロソフトは昨年、アジュール上で提供する中核機能に、ゲーム開発者向けサービスを加える戦略を発表。開発者が求めるプログラミングツールやゲームエンジンのほか、リリース後の運用やユーザー分析、オンライン対戦の仕組みなど、さまざまなサービスを備えている。

「Xbox+クラウド」のノウハウが認められた

アジュール事業のビジネス責任者であるジュリア・ホワイト氏は、「30年の間、われわれはXboxでゲームのノウハウを培ってきた。より複雑で規模の大きなマルチプレーヤーゲームが増えるにつれ、クラウドの必要性は高まっている。ソニーはこうした点を評価してくれた」と説明する。沼本氏も、「ゲームインフラとしての優位性は、ほかのクラウドプラットフォームはかなわない」と自信を見せる。

とはいえ、Xboxの最大の“敵”に塩を送ることにならないのか。沼本氏はそうした見方を一蹴する。「そもそもマイクロソフトのミッションは、あらゆる組織がより多くのことを達成できるようにすること。競合であっても技術で貢献するのがわれわれのスタンスだ」。


マイクロソフトの企業経営者向けイベント「CEOサミット」で面会した同社のサティア・ナデラCEO(右)とソニーの吉田憲一郎社長(左)(写真:ソニー)

さらに沼本氏は、「ゲーム業界はデジタル変革の波にさらされている。もはやコンソール(ゲーム機)同士の戦いはない。市場の裾野を広げるために協業できる可能性を双方が見いだすのはすごく自然なことだ」と語る。

今回の提携は、クラウドゲームにとどまらない。ソニーが開発・製造するイメージセンサー(画像処理半導体)と、マイクロソフトがアジュール上で提供するAI(人工知能)機能を連携させ、新たな半導体開発を進める方針だ。これも沼本氏とソニーとの会話から立ち上がったものだという。

提携発表の翌週には、ソニーやニコンなどが参加するスマートカメラの業界団体が、クラウド基盤としてアジュールを採用すると発表。マイクロソフトは着々と顧客基盤を広げる。

マイクロソフトのようなクラウドサービス企業は、世界中におけるデータセンターやネットワークの設備投資に年間1兆円を超える巨費を投じている。これはソニー全体の設備投資額のおよそ倍で、同社が一からインフラを構築するのは容易ではない。提携はソニーにとっても渡りに船だったといえる。

『週刊東洋経済』7月6日号(7月1日発売号)の特集は「ソニーに学べ」です。