伊礼彼方が『レ・ミゼラブル』でつかんだ役「どんな役とも種類の違う高ぶり」
ミュージカルを中心に、さまざまな舞台で力強い存在感を発揮する伊礼彼方さん。躍進めざましい彼が、名作ミュージカル『レ・ミゼラブル』に初参加。主人公ジャン・バルジャンを執拗(しつよう)に追いつめる警部、ジャベール役に挑戦する。
「僕はミュージカルを見て育ってきた人間ではなかったんです。そんな僕が初めて“やってみたい!”と強い憧れを抱いた役、それが『レ・ミゼラブル』のジャベールでした。貧困や差別が根底にある骨太な作品ですし、革命が起こる動乱の時代に、懸命に生き抜こうとする男たちがすごくカッコよく映ったんですよ。なかでも自分の信念に従って突き進むジャベールに惹かれて、年相応になる40歳になったらオーディションを受けたいと思っていました」
主人公と表裏一体のコンプレックスが鍵
目標としていた年齢をまたずしてオーディションに挑戦、37歳という若さでジャベールを演じることになった伊礼さん。彼はこの役を「コンプレックスに満ちた、非常に不幸な人間」だと分析している。
「彼があそこまでバルジャンを追い回すのも、コンプレックスのせいでしょうね。バルジャンはいろんな人を受け入れ、どんどん成長していくけれど、宗教と法律に縛りつけられたジャベールは自分を受け入れることさえできない。まるで実現できなかったもうひとりの自分を見ているような感じなんじゃないかな。そこが鍵。そして最後の選択は、彼なりの“解放”だと思っています。まだまだ追究はこれからですけどね。稽古に入る前、僕はお風呂で歌の練習をしていたんですが、製作発表会見で歌の披露をしたときに、いままで感じたことがないジャベールの決意、誓いみたいなものが初めて見えたんです。だから、これから稽古場で見えてくるものを大事にしていきたい」
伊礼さんの精悍(せいかん)な表情、揺るぎない力を感じさせる歌と演技は、まさにこの役にうってつけだ。
「僕はこの役を、バルジャンの裏側だと思って演じたいと思っています。そうすれば芝居も立体的になりますから。どうしてもやりたくなっちゃうんだけど、自分が前面に出たらイカンぞと(笑)。
いままでどんな作品でも覚悟を持ってやってきましたが、これはどうしても欲しくて自分でオーディションを受けてつかんだ役だから、これまでのどんな役とも種類の違う高ぶりがあるんです。それが責任として降りかかってきているし、この役をやれることに対しての期待と不安が入り交じっています。いまもしゃべりながらどんどん息が浅くなっていく自分がいて(笑)。興奮しているんですね。やり遂げたときの、まだ自分が知らない達成感への期待値も高く持っていますし。それだけ大きな作品なんだな、と実感しています」
芝居を経験したから発見できたこと
伊礼さんは以前、意図的にミュージカルから離れて、2年ほどの間、ストレートプレーにばかり出ていた時期がある。そこで発見があった。
「ミュージカルはどうしても歌と踊りの比重が大きくて、芝居が後回しにされてしまう傾向にある。そんな疑問をずっと抱えていました。そこで芝居の世界に行ったら、お芝居の深め方が尋常じゃない。ついていけなくて、まぁ叱られました(笑)。毎日泥水を飲むようで、悔しくてしかたなかった。でもそれを経験してミュージカルの世界に戻ったときに、表現の幅が広がったことを自覚しました。だからこそ、歌で伝える技術がもっと必要だと気づいたんです。
そして発見したのは、“ミュージカルほど面白い芸術はない、ミュージカルの役者って実はレベルが高いんだ”ということ。言葉だけを武器にしている役者さんに“歌ってください、踊ってください”と言ったってすぐにはできないけど、ミュージカルを究めた役者はストレートもできる。歌も芝居も踊りもできる役者のひとりになりたいと思ったんです」
その誓いを果たした伊礼さん。これからの夢は、ミュージカルの素晴らしさを子どもたちや若い世代に伝えることだという。
「僕がミュージカルの存在を知ったのは、24歳のときなんですよ。それまではミュージカルという芸術があるということすら知らなかった。そういう人がまだまだいっぱいいるんじゃないか。
サッカーを例にとればわかりやすいんですが、Jリーグの最初のころ、カズやラモス、北澤たちは僕らサッカー少年のヒーローでしたよね。でもいまの若いJリーガーたちは、そのころのヒーローたちに比べて飛躍的なレベルアップを果たしているんです。なぜならヒーローたちに憧れて、小さいころから練習を重ねたからですよ。ミュージカルの世界に、そういう子どもたちがもっと増えてほしいんです。
例えば熊谷彩春ちゃんが“小さいときに『レ・ミゼラブル』を見て憧れて”、努力を重ね、いまコゼットとして素晴らしい歌声を聴かせているのは素敵だなぁと思う。もしかしたら僕も幼いころに見ていたら憧れを抱いた可能性もあったわけで、そこからスタートしたらいま、もっとレベルが上にきていたかもしれないですからね。子どもたちの可能性を広げる活動をしたいと思っているんです」
個人的にはもうひとつ、大きな野望がある。
「それは自分のルーツであるスペイン語圏でジャベールを演じること。もっと高みを目指して“いつかは!”と思っています」
ヴィクトル・ユゴーの大河小説を、作詞アラン・ブーブリル、作曲クロード=ミッシェル・シェーンベルクによりミュージカル化。1985年にロンドンでの初演が大ヒット、世界中で愛されている名作中の名作。日本では1987年に帝国劇場で初演以来、熱狂的な支持を受け、東宝演劇史上最多の上演記録を持っている。4月15日〜18日 プレビュー公演 4月19日〜5月28日 帝国劇場 以後、6月名古屋、7月大阪、7・8月福岡、9月北海道公演あり。詳しい情報は公式サイト(https://www.tohostage.com/lesmiserables/)。
いれい・かなた◎1982年2月3日、アルゼンチン生まれ横浜育ち。中学生のころより音楽活動を始め、2006年にミュージカル『テニスの王子様』で舞台デビュー。以後、ミュージカルを中心にしながらジャンルを問わず多方面で活躍中。主な出演作に『エリザベート』『朝日のような夕日をつれて2014』『スリル・ミー』『嵐が丘』『グランドホテル』『Piaf〜ピアフ〜』『王家の紋章』『ジャージー・ボーイズ』などがある。
(取材・文/若林ゆり)