トーレスの苛立ち。ノーチャンスを打破するために「まず自分に怒れ」
3月2日、ノエビアスタジアム神戸。試合後のミックスゾーンの一幕だった。
――手に持っているのは、ユニフォームですか?
記者のひとりが訊いた。悪意はない質問だっただろう。フェルナンド・トーレス(サガン鳥栖、34歳)が手にしていたのはヴィッセル神戸のユニフォームだった。スペイン代表時代の戦友であるダビド・ビジャ、アンドレス・イニエスタと試合後に交換したものだったかもしれない。新聞的には「スペインの友情」で記事が1本書けると踏んだか。
彼は素っ気なかった。そのとおりだし、心情はわからないではない。連敗し、またもノーゴールだった直後だ。しかし、リップサービスをする余裕がなかった、とも言える。
「我々はボールを支配し、いい試合ができた。ポジティブな側面はあった。もちろん、改善すべき点はあるが……」
トーレスはうつむいたまま答えていた。かつて世界を席巻したストライカーは、不機嫌さを隠すように小さな声だった。トーレスの現状とは――。
アンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)を追うフェルナンド・トーレス(サガン鳥栖)
「トーレスが戦術」
それが、鳥栖と対戦した神戸のスカウティング総括だった。5-4-1にせよ、4-3-3にせよ、結局、1トップのトーレス以外は守備要員。「とにかく、トーレスに自由を与えない、ポカをしない」ということが守備では徹底された。
裏を返せば、それだけトーレスは恐れられていた。
「グランパス戦は大差がついたが、(結果は)どうなってもおかしくはなかった。トーレスは一瞬でゴールを奪い取れる。ポストを叩いたシュートが入っていれば、試合の流れはわからなかった」
神戸のフアン・マヌエル(ファンマ)・リージョ監督はそう言って、警戒を強めていた。
だが、この日のトーレスは沈黙して終わった。ブラジル人CBダンクレーとボランチの山口蛍に常に挟まれ、自由がきかない。シュートは力づくで放った1本のみだった。
鳥栖が選んだ4-4-1-1のフォーメーションは、まさにトーレスシフトと言えるだろう。最前線のトーレスを守備の負担から解放し、カウンターの急先鋒に。トップ下的に運動量豊富な17歳の松岡大起を置いて、そこを守備の起点とした。しかし、神戸に簡単にボールを運ばれてしまい、ゴールチャンスはほとんど作れなかった。終盤は神戸が受け身に立ったことでボールを持つ時間は増えたが、有効なパスはほとんど入っていない。
孤立したトーレスは、ボールを触ろうとして中盤に落ちている。自らプレーメイクをしようとしたが、選手の距離感が遠すぎたり、近すぎたりで、簡単にコースを読まれた。攻撃は単発に終わった。
「とにかくトーレスを見て、蹴れ!」
ルイス・カレーラス監督はチームにそう号令を発して、トーレスと心中するつもりだろう。しかし、笛吹けど踊らず。理論が先走り、プレーモデルが確立できていないため、攻撃にリズムが生まれない。
トーレスは、苦渋の顔を浮かべるしかないのが現状だ。
たとえば神戸のFWダビド・ビジャは、この日、少なくとも5度の決定機を迎えている。それだけ、チームとしてゲームを作って、チャンスを構築していた。そのうちのひとつを決めるだけでよかった。
一方、トーレスは孤立を余儀なくされていた。試合をするたび、その苛立ちは募っている。この日も、西大伍と接触したシーンは荒っぽさが目立った。振り上げた足を削られてうずくまったビジャに対しても、言葉を荒げていた。もともと優しげで落ち着いた選手だけに、フラストレーションを溜めている様子が際立つ。
「無意識の(偶発的)ミスで負けた」
カレーラス監督は試合を淡々と総括したが、そこに必然はなかったか――。
単純にボールをネットに蹴り込む技術で、トーレスは群を抜いている。その点、魔人のようにも映る。ヘディングも、ポストワークも、何もかも傑出している。だが、弾を込められない大砲は無用の長物に等しい。
ともあれ、伝説的選手はどんな状況でも、自ら道を切り開く使命を持つ。
「努力、犠牲、勤勉。それをいつも胸に刻み込め。おまえは怒ると、よりよいトレーニングができる。プレーできていないんだったら、まず自分に怒れ。それだけの理由があるはずだ」
名将として知られ、多くの選手に愛された故ルイス・アラゴネスが、ことあるごとにトーレスへ向かって投げかけていた言葉である。