書店は多様化をめざせば、まだ生き残れる
「アートのある暮らし」を提供する銀座蔦屋書店。CCCは蔦屋書店での販売から分析した書籍制作をめざす(写真:銀座蔦屋書店)
向ヶ丘遊園という駅がある。小田急線で新宿から約30分。典型的な東京郊外の駅だ。
そこは書店不毛の地である。検索には、チェーン店ではない昔ながらの街場の独立系らしき書店がひとつ引っかかるが、住所を頼りに訪ねてみると、すでに跡形もなく消えていた。駅近くのビルに入っていた文教堂も、先の7月に閉店。新刊書店として残るのは、DVDや文房具と一緒にわずかに本を扱っているツタヤがあるのみとなった。
私事で恐縮だが、実は昨年、勤務先を専修大学に変えており、向ヶ丘遊園駅はその生田キャンパスの最寄り駅となる。キャンパスには約1万人の大学生が通学し、通勤圏なので高層マンションなどの建設も盛んだ。にもかかわらず、書店状況があまりにも寒々しいことに、赴任して気づいた。東京郊外の、ある程度の規模がある大学至近の駅前にもかかわらず書店が成立しない状態を目の当たりにした筆者は、全国に1896ある自治体・行政区の2割強に当たる420の自治体・行政区に書店がない(2017年トーハン調べ)という報道も、さもありなんと思えた。
買収や提携で、販路拡大をめざす
出版市場全体が最盛期の半分に縮小したことに加えて、コンビニやネット通販で本を買う習慣が確立され始めたことが、おそらく書店の減少に拍車をかけている。こうした「書店冬の時代」を脱却すべく、早い時期に挑戦に名乗りを上げたのが、大日本印刷(DNP)だった。2008年に老舗書店の丸善を子会社化し、次いでジュンク堂も傘下に加えた。新古書店のブックオフの筆頭株主にもなった。2010年には図書館流通センター(TRC)もDNPグループに加え、いっぽうで丸善出版や主婦の友社のような版元とも資本提携した。
DNPの戦略は、「本」を巡るすべてを一元的に管理することだ。従来、日本の出版関連業は、出版社は編集だけを行い、取次が流通させ、書店が販売をする、という分業体制が基本だった。その中でDNPは、編集から販売まで、つまり川上から川下までをグループ企業でカバーするようになった。販路として書店だけでなく図書館、hontoサービスを通じたネット通販、そして古書までを含むエコシステムを構築して、ムダを省くことで出版状況を改善させようとしたのだ。
その挑戦は今も続いており、最近では書店のPOSデータ分析に人工知能を活用、需要を予測して編集から流通、販売に至るプロセスを最適化し、返品や在庫を減らす試みに着手したことも、業界紙が報じている。書店と出版社倉庫の在庫、書籍流通センターを連携させ、より機敏に読者の注文に応じられるようにし、1冊からでも増刷に応える、印刷会社ならではの対応も検討しているという。
こうしたDNPの試みは、1つのモデルとなった。KADOKAWAは2020年完成をめざして、東所沢に「ところざわサクラタウン」の新設を計画。そこでも最先端のIoT技術を駆使して、出版製造から物流までの一括した再構築をめざすという。サクラタウンが所沢市とともに”COOL JAPAN FOREST構想”を謳っていることに象徴されているように、日本製コンテンツの海外輸出を強く意識しているところもKADOKAWAの特徴だ。縮小する国内市場を海外での販売が補い、結果的に生まれた余力がより魅力的なコンテンツ作りに生かされて、国内市場にも還元される好循環を望みたい。
「ところざわサクラタウン」の完成予想図。KADOKAWAと所沢市が計画を進める”COOL JAPAN FOREST構想”の中核施設(提供・KADOKAWA/©KENGO KUMA&ASSOCIATES/©KAJIMA CORPORATION)
ツタヤを経営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)も新しい取り組みを始めている。DNP同様に出版社の買収に熱心に関わり、ネコ・パブリッシング、美術出版社、阪急コミュニケーションズ、徳間書店を買収してきた。主婦の友社に至っては、DNPが一時は保有していた全株式をCCCが取得し、子会社化している。
DNPが本業の印刷を中心とした本作りから流通の改革へと力を入れるようになり、いっぽうでCCCはリテイラー(小売店)である「蔦屋書店」から逆算して考え、そこでの販売にマッチした書籍を作る体制をめざしている。出版社の放出、買収も、そうした戦略の上に展開されているのだろう。
増加する、「ひとり出版社」の仕組み
こうした大手各社の取り組みには期待しているが、KADOKAWAや蔦屋書店のカラーに合うものが本のすべてではない。多様性こそ本の存在価値のひとつだ。そこで、いわゆる「ひとり出版社」の多彩な動向にも注目したい。
出版業は、印刷や流通部門まで抱えこまないで済む分業システムが幸いして、以前より少人数での創業が可能だったが、ここにきて、ひとり出版社が創業ラッシュとなっている。その立ち上げを支えているのが、取次会社を経由せずに書店との直接取引を行う「トランスビュー方式」と呼ばれる直販方法だ。志はあるが、既存の取次業者とつきあう経営体力のない新しい出版社には、うれしいシステムである。
地方の書店が減少したのは、出版不況のせいももちろんあるが、本を売る仕事に魅力や可能性が感じられず、経営者の世代交代ができなかったことも大きかったはずだ。地方の商店街の中にある店が、その仕事への愛着を次世代に受け継げずにコンビニに変わってゆくのと同じ論理が、そこに働いている。それを思えばトランスビュー方式が、出版社をひとりで立ち上げてまでも本を作りたい編集者の気持ちと、いい本を売りたい書店側の気持ちを繋ごうとしていることの意味は大きいのではないか。
ネット通販や電子書籍市場の拡大の中で、書店数の減少はある程度避けられないだろう。だが、物理的な手触りを通じて本の多様性を伝える役目は、電子書籍やネット通販ではカバーできない。多種多彩な本が並ぶ光景を直接見て、文化の多様性に触れることができる書店が、どの地域でも気軽に足を運べる範囲に、せめて1つはほしい。そんな状況を改めて取り戻し、維持できるように、本稿で取り上げた各種の試みが奏功することを望みたい。