6月の米朝首脳会談で大騒ぎした後、何も具体的な進展がない北朝鮮の非核化。これからどうなるのか(写真:REUTERS/Jonathan Ernst)

世界中の注目を集めたドナルド・トランプ大統領と金正恩(キム・ジョンウン)委員長の首脳会談(6月12日)だったが、その後の動きがほとんど止まっている。米朝間では米韓合同軍事演習の中止や、朝鮮戦争時に北朝鮮側で亡くなった米兵の遺骨の返還の動きがあるくらいで、肝心の非核化やミサイルの廃棄などは協議再開に至っていない。7月初旬にもマイク・ポンペオ国務長官が訪朝する見通しが報じられているが、何をどこまで協議するのかははっきりしない。

一方で目立つのが韓国と北朝鮮の間の緊張緩和ムードの高まりだ。軍やスポーツ関係でさまざまなレベルの協議が行われており、離散家族の面会やバスケットボール・チームの相互訪問などの予定が次々と決まっている。だが、いずれも南北融和ムードを高めるものであり、半島の非核化などとは無関係な話ばかりである。そんな中で最近、北朝鮮が9月に動くのではないかというストーリーが浮上している。

もちろんこの「9月説」は憶測の域を出ない話ではある。なぜ9月なのかというと2つの行事が予定されているからだ。

9月に再び韓国と米国に揺さぶりをかける

一つは9月9日の北朝鮮の建国記念日だ。北朝鮮は毎年この日に軍事パレードなど何らかの記念行事を行っており、2016年には核実験を実施した。今年は建国70周年という周年に当たるため、イベントの規模が大規模なものになるだろうといわれている。そして記念行事に中国の習近平国家主席やロシアのウラジーミル・プーチン大統領を招くだけでなく、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領も招くのではないかと言われているのだ。

文在寅大統領は南北間の緊張を一気に緩和し南北融和に向けた動きを加速し、北朝鮮側もこれに応じている。8月20日からは金剛山で離散家族の再会行事が実施される予定だ。そうした融和ムードの高まりの中で建国記念日を迎えるわけで、文在寅大統領が韓国大統領として初めて招待に応じて出席するのではないかと言われている。

韓国はこれまで自らを「朝鮮半島で唯一の合法政府」と主張し、北朝鮮を国家として認めてきていない。したがって大統領が建国記念日のイベントに出席するということは、北朝鮮を国家として認めることになるとともに、南北統一という目標を否定することにもなりかねないだけに、韓国の大きな政策転換となる。

当然、韓国内でも異論が出るだろうから実現は容易ではない。しかし、文在寅大統領が主導して実現した現在の南北間の緊張緩和と融和ムードの高まりを見ると、可能性がゼロとは言い切れない。

二つ目は9月下旬に予定されている国連総会である。日米政府関係者の間では、この国連総会に金正恩委員長が出席し、一般討論演説をするのではないかとささやかれている。この演説で金正恩委員長は朝鮮半島の非核化など米朝首脳会談に盛り込まれた合意を改めて強調し、国際社会に華々しくデビューするというのだ。  

国連総会に出席するためには米国が金正恩委員長のニューヨーク訪問を認めなければならない。そしてニューヨーク訪問となれば滞在中、トランプタワーでトランプ大統領との2回目の会談も可能になる。金正恩委員長の非核化演説も2度目の米朝首脳会談も実現すればともに米国内のテレビなどで大々的に報じられるであろうから、トランプ大統領が好む派手な政治パフォーマンスとなる。それは11月に予定されている中間選挙に向けて大きな弾みとなるだろう。

しかし、金正恩委員長のニューヨーク訪問については米国内から強い異論が出ることも避けられない。北朝鮮は現在、国連安保理の厳しい制裁を受けている最中であるとともに、米国がテロ支援国家として指定している国でもある。さらに米朝首脳会談で合意しながらも、核兵器やミサイルの廃棄について具体的な対応を示していない。そんな状況で国連演説という機会を与えていいのかというわけだ。しかし、トランプ大統領がいつものように目先の実利を優先するのであれば、強引に実現させるかもしれない。

経験知を生かし自国のペースに持ち込む北朝鮮

米朝首脳会談から半月余りたち、非核化などについてのその後、目立った動きがないこともあって、首脳会談後に公表された共同声明やトランプ大統領の記者会見については、否定的な評価が広がっている。会談直前まで米国が強調していたCVID(”complete, verifiable and irreversible denuclearization”、完全かつ検証可能で不可逆的な解体)に言及していないばかりか、米韓軍事演習の中止をはじめ多くの事柄が「段階的アプローチ」や「同時行動」という原則を主張した北朝鮮のペースで進んでいる。

その最大の理由は北朝鮮側の経験知を生かした外交手法だろう。米朝首脳会談実現をめぐって米朝両国が水面下で駆け引きを繰り広げていた5月中旬、北朝鮮の金桂冠(キム・ゲグァン)第1外務次官が突然、米国のジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)が主張していた「リビア式核廃棄案」に反発して「米朝首脳会談を再考慮するほかはない」いう考えを表明した。

金桂冠氏は北朝鮮問題を知っている人であれば懐かしい名前である。1943年生まれの金桂冠氏はすでに75歳。1998年に外務次官に就任して以後20年間、北朝鮮の核問題などを協議する六者協議を一貫して担当するなど、米国などとの交渉を担当してきた人物である。

今回、金桂冠氏の名前が登場したことに日本外務省幹部らは「まだ、現役でやっているのか」と驚いたほどだ。金桂冠氏に限らず、北朝鮮では外務省幹部の異動は極めて少なく、多くの幹部が長期間、同じ部署で同じ問題を担当しているという。それだけに1990年代以降、核兵器開発をめぐって繰り返し行われた六者協議や米朝間の交渉など担当した官僚たちが現在も残っているとみられる。

彼らが長年にわたって展開してきた北朝鮮の外交は、大国間の考え方の違いや利害関係の対立の隙間をうまくついて、譲歩を引き出すという特徴を持っている。六者協議でも米国と中国、ロシア、そして日本の考え方の違いを巧みに利用して、圧力を回避したり自国の利益を実現しようとしてきた。今回の米朝会談に至る過程を見ても、金正恩委員長が頻繁に中国を訪問したり、ロシアと接触するなど大国を利用する外交手法は健在であり、それを支えているのが古参の外務官僚たちであろう。

北朝鮮外交の専門家を欠くトランプ政権

一方の米国は北朝鮮とは正反対である。本来、北朝鮮との水面下の交渉をすべきは外交を担う国務省であるが、レックス・ティラーソン国務長官が積極的に幹部人事を決めなかったため、主要ポストの多くが政権発足から1年半近くたつにもかかわらず空席のままだった。その結果、米朝首脳会談の事前交渉を担ったのがCIA長官のポンペオ氏(現・国務長官)であり、その部下だった。もちろん、彼らにとって北朝鮮との交渉は初めてのことであり、一から勉強しなければならなかった。

また、トランプ大統領を取り巻くホワイトハウスの大統領補佐官らも事情は同じだった。国家安全保障会議(NSC)の担当者を含め、北朝鮮やアジアについての専門家はいなかった。そのため米国側の要請を受けて日本や韓国の政府関係者が頻繁に彼らと会って、北朝鮮をめぐるこれまでの交渉経緯や合意内容、北朝鮮の交渉スタイルやこれまで合意内容をいかに順守しなかったか、などについて詳細を説明したという。

特にトランプ大統領は米国に届く大陸間弾道弾(ICBM)と核兵器だけに強い関心を持っていた。だが、北朝鮮についての問題はそれにとどまらず、核兵器と同じく大量破壊兵器とされている生物化学兵器を開発している可能性が高いこと、またミサイルについてはICBMだけでなく中短距離ミサイルも地域の平和と安定を脅かしていることなどを説明し、首脳会談のテーマとすることを繰り返し求めたという。結果的にはこうした事務局レベルの努力は、これまでのところ成果を上げているとは言えないようだ。

民主主義の弱点である「選挙」を狙い撃ち

経験知を生かした外交手法に加えて、北朝鮮の交渉術のもう一つの強みは、民主主義の弱点を巧みについている点だろう。

米朝首脳会談が行われたのは韓国の統一地方選挙の前日だった。共同声明で北朝鮮側が「朝鮮半島の非核化」に合意したことなどは、米朝首脳会談を橋渡ししたと主張している文在寅大統領にとっては、これ以上ない朗報だった。当然のことながら、大統領の支持率は80%以上に急上昇し、地方選挙は与党「共に民主党」の歴史的な勝利に終わった。文在寅大統領の政権基盤は一気に強化された。南北いずれが首脳会談の日程を統一地方選の直前にすることを提案したのかは知る由もないが、北朝鮮がそれを意識していたことは間違いない。

同じことが米国についてもいえる。トランプ大統領は11月の中間選挙を強く意識したツイートを連発している。金正恩委員長の秋のニューヨーク訪問が実現すれば、内容はともかく首脳会談など絵になるシーンを作ることが可能になる。それによって大統領の支持率は上がり、中間選挙で共和党に有利に働くことは明らかだ。それを北朝鮮が利用しないわけがない。秋の国連総会出席話が浮上するのも選挙が絡んでいるからである。

民主主義国家の指導者は常に国民の支持率を気にしながら政治を営むことを強いられている。それは金正恩委員長からすれば民主主義国家の政治指導者の弱点であり、うまく利用すれば外交的成果を得ることができる。トランプ大統領が目先の支持率にこだわればこだわるほど、金正恩委員長にとっては事が運びやすくなる。米国がそうした「民主主義の罠」にはまらないだけの忍耐力と、非核化やミサイル廃棄に関する確たる戦略を持つことができるかどうかが、今後のポイントになるだろう。