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1000万人の孤独死予備軍と奮闘する人々

 誰にも看取られずに家でひっそりと亡くなる孤独死――。それは年間約3万人に上る。そして、予備軍は、なんと推計1000万人に達するという。孤独死が多発するアパートやマンションで、孤独死予備軍と奮闘する人々の今を追った。
(ノンフィクション・ライター 菅野久美子)

【写真】どろどろに溶けた遺体――壮絶な孤独死現場

毎年死人が出る新宿の“孤独死アパート”

 東京都新宿区の一等地に“孤独死アパート”と呼ばれるアパートがある。

 電気メーターをひとつひとつチェックしていくのが、このアパートの大家である藤田幸則さん(仮名・41歳)の仕事だ。

「本当はスリッパを履かなきゃいけないのですが、汚いんで、いつも土足で上がっていくんですよ」

 藤田さんはうんざりした顔でそう言うと、靴のままズカズカと廊下に上っていった。築50年のアパートがギシギシと揺れる。

 全15世帯。風呂、トイレなしのアパートで、家賃は3万円〜5万円。昔からの住人は家賃を上げられないために幅があるのだという。今は1部屋を除いて満室で、そのほとんどが生活保護の受給者だ。このアパートでは最近だと、ほぼ1年ごとに孤独死が起こっている。

 ここでは孤独死は、ありふれた出来事なのだ。そのため、本来であれば次の入居者には告知すべきところだが、あまりに日常茶飯事のこととあってか、次の入居者に一切告知もしていないのだという。

「毎月、電気メーターの確認に行くんです。それでメーターが回ってないと、あぁ、孤独死してるなってわかるんです」

 メーターがしばらく回っていないことが分かると、藤田さんはすぐに警察を呼ぶ。グロテスクな現場が苦手な藤田さんは、できるだけ遺体を見ないようにしている。部屋の中に入ってから確認する手もあるが、それだと腐敗した遺体を目にしてしまうからだ。

 警察が遺体を運び出した後は、すぐに清掃業者を呼び、清掃させる。それでも夏場だと、死後1か月が経過した遺体は、ハエとうじが大量発生して溶解している。物件の回転率が高いのだけが救いだと、藤田さんは苦笑いする。

 ニッセイ基礎研究所の調査によると、日本で、1年間に起こる孤独死者はおよそ3万人。しかし、孤独死の特殊清掃を手掛ける業者に聞くと、「その数倍はある」と断言する業者もいる。その孤独死の大半を占めているのがセルフネグレクトだ。

重度の糖尿病でも、毎朝ファミレスでとんかつ

 訪問看護師で、セルフネグレクトなどのよろず相談を受ける「さえずりの会」を主宰している山下みゆきさん(54歳)も、孤独死予備軍と長年向き合ってきた一人だ。今、気を揉んでいるのは、糖尿病を患っている佐藤幸恵さん(仮名・70代・女性)だ。佐藤さんは、血糖値が一度、計測器の針が振り切れるほどに高くなり、路上で倒れているのを発見され、救急搬送された。

 それ以降、山下さんは、この女性を数日おきに訪問して、血糖値を測ったり、薬を服用させるなどの訪問看護を行っている。女性が住む埼玉県の3LDKのマンションは、幾層にもごみが堆積した足の踏み場がないほどのゴミ屋敷。ドアを開けると、すぐにツンと異様な臭いが鼻につく。奥にあるキッチンは、もはやたどり着くことすらできないほどのゴミの山だ。

 佐藤さんは、お風呂にも入らず、同じ洋服を毎日着ているせいで、お尻のあたりは、生地が摩耗して、下半身の一部が露出している状態だった。

 佐藤さんは、常時おむつをつけており、口の空いたビニール袋の中には、糞便にまみれたおむつが、そのまま置きっぱなしになっている。

 そこからは、この世のものとは思えない凄まじい悪臭が漂っている。

 俗に言う、典型的なセルフネグレクトだ。セルフネグレクトとは、簡単に言うと、自己放任のこと。病気などにより、身の回りのことができなくなったりするなどの状態を指し、この佐藤さんのようなゴミ屋敷もそれに当たる。孤独死者の約7割以上はこのセルフネグレクトが占めているという調査結果もあり、深刻な社会問題となっている。

 山下さんはセルフネグレクトについてこう語る。

「いつか、佐藤さんが家の中で倒れて、孤独死しているんじゃないかと気になって仕方ないんです。私たち医療者が訪問できるのは、数日おきなので、毎日様子を見に行けるわけじゃない。一番の心配は、偏った食生活による急死ですね。そのマンションのすぐ近くにファミレスがあるんですが、佐藤さんは、毎朝、ファミレスでとんかつ、ハンバーグを食べているみたいなんです。そんな不摂生な生活をやめようとしない。それで血糖値が一気に跳ね上がるんです。いつ高血糖の発作が起こって、意識障害で倒れていてもおかしくないというくらい、危険な状態になっているんです」

 佐藤さんは、大学卒業後、都内で秘書として定年まで勤め上げた。いわば、バリバリのキャリアウーマン。3LDKのマンションは持ち家で、ローンは完済済みだ。独身でひとり暮らし。兄弟はいるが、親族は、ゴミ屋敷ということもあって誰も彼女に関わろうとはしないのだという。年金の中から、好きな物を食べたいときに食べて、買いたいものを買う。そんな生活がたたって、深刻な糖尿病を患って数年が経過していた。

 最近ではマンションのゴミ置き場にすら行くことが面倒とあってか、共有フロアにおむつの汚物が入ったゴミ袋をそのまま置きっぱなしにするようになった。そのため、あまりの異臭で同じマンションに住む周囲の住民から苦情が絶えない。それを耳にしたマンションの管理人が、しぶしぶ撤去するという日々が続いているのだという。

買い物依存とセルフネグレクト

 佐藤さんはしかも極度の買い物依存だった。テレビショッピングやポストに投函されたチラシを見ると、欲求を抑えられずにすぐ電話して購入してしまう。しかし、商品がいざ届くと、興味を失って、箱の中身も空けずに放置する。その繰り返しによって、部屋は未開封の段ボールや、新品の洋服、家電などで溢れ返り、ゴミ屋敷になっていく。

 山下さんは、セルフネグレクトの人は、買い物依存の率が高いという。

「バッグを買ったり、洋服を買ったり、靴を買ったり。それで一瞬は心が満たされるんです。テレビショッピングとか、視覚的なものに刺激されて、どんどん際限なく注文してしまうんです。でも、捨てられずに部屋の中にモノが溜まっていく。その繰り返しでゴミ屋敷になってしまう。あとは意外にも、女性も家電製品が好きなんですよ。可愛い色の新商品が出たりとか、パステル系の家電を見るとつい欲しくなって、持っているのに、同じ家電を2個も3個も購入してしまうんです」

 ゴミ屋敷などのセルフネグレクトは、本人の命に関わることもある。2016年5月に千葉県北西部の住宅地で、両足が壊死してしまった高齢の女性が、家の中で身体が半分ゴミに埋もれた状態から、危機一髪で救出されていたというニュースが世間を騒がせた。

 セルフネグレクトには、孤独死の危険が常につきまとうと言っても過言ではない。

 佐藤さんも孤独死寸前の状態から救出された一人だ。

 ある日、食事配達業者の男性が訪問した際に、全く身動きがとれなくなっている佐藤さんを発見した。佐藤さんは崩れ落ちたゴミの中に埋もれ、圧迫骨折を起こして、その場から動けなくなってもがいていたのだ。苦し気にうめきながら、必死の表情で、業者の男性に水を求めた。そのまま放置されていたら孤独死してもおかしくはなかった。佐藤さんは「水道の水でいいから、ペットボトルに入れて今すぐちょうだい!!」と絶叫した。

「それでガブガブ呑んで、何とか生還したんです。かなりの体重がある方なので、ドスンと座って、そのままごみに埋もれて、骨折してしまったんでしょう。身動きが取れなかったらしく、皮膚がただれていて、褥瘡(じょくそう=床ずれのこと)もできていましたね。すぐに病院に搬送されたのですが、その骨折が治ると、また病院から自宅に戻されてしまい、結局、今もゴミ屋敷で生活しています」

 2016年10月にはゴミ屋敷の火災が大々的に報道された。

 福島県郡山市で、地元でも知られていたゴミ屋敷が全焼し、住民とみられる男性が死亡しているのが発見されたのだ。ゴミ屋敷は、ただでさえ燃えやすいものが堆積しており、もし周囲にでも引火したら、大惨事になりかねないだろう。

 また、これからの季節で心配されるのが、熱中症死だ。高齢者は、体温の調整機能が鈍くなるため、室内でも夏場は熱中症にかかりやすい。

 そのため、いつ、佐藤さんが家の中で孤独死しているか、山下さんは気が気ではないのだという。

最後は本人の自覚にかかっている

 しかし、一番のネックは本人が、そんな生活に問題があるとは思っていないことが多いことだ。

「佐藤さんもそうなのですが、ゴミ屋敷に住んでいる方は、まずゴミをゴミとは思っていないことが多いんです。彼らにとっては、ゴミではなくて、全てが宝物なんです。身体面においては、“私なんて、いつ死んでもいいのよ”と言いながら、自分の身体を痛めつけるような高カロリーの好きな物を、好きなだけ食べるんです。ある意味、ご本人にとっては、それが幸せなのかなと思うときさえあります。

 でも、それでは医療者としては良くないから、糖尿病の注射をしたり、自分でもコントロールできるように、何度も訓練をしてもらうんです。でも、結局それは一時的なもの。最後は本人の自覚というか、認識にかかっているので、そこがセルフネグレクトという問題の根深いところだと思います。それには、私たちのような医療者も含めて、誰かが常時介入していくことが大切ですね」

 しかし頭ごなしに食生活を注意しても、さらに自暴自棄になり、拒絶されることも多い。そこで山下さんは、佐藤さんがぬいぐるみ好きで、テレビショッピングで買ったぬいぐるみに向かって話し掛けているのを利用した。自分が好きなものに関しては、佐藤さんは目を輝かせて話してくれる。そんな些細(ささい)な会話をとっかかりにして、少しずつ信頼を得ることで、医療行為にもしぶしぶながら応じてもらっているのだという。

 それでも、佐藤さんはかろうじて医療の網の目に掛かっている分、まだ幸せなほうかもしれない。高齢者は、民生委員の訪問が典型的だが、いろいろな人の網の目に掛かりやすい。しかし、若年者が一度セルフネグレクトに陥ると、誰の目にも触れないまま死を迎えることもある。

 孤独死の大半を占めるセルフネグレクトは、失業や離婚、病気などさまざまなことがきっかけで起こるもので、誰でもそのような状態に陥る可能性がある。孤独死予備軍1000万人時代――、決して他人事ではないのだ。

<プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。