貫いてきた特異なライブスタイル【完全ファン目線の安室奈美恵論 Vol.3】
2018.03.05
貫いてきた特異なライブスタイル
9月での引退を発表している安室奈美恵のファイナルツアーの火蓋が2月17日、いよいよ切って落とされた。どんなセットリストなのか、衣装は、演出は、編成は…。ググりたくなる衝動を抑え、必死でネタバレ回避をしているファンは筆者だけではないだろう。渋谷の街に街灯フラッグが悲しく揺れた時期を越え、安室奈美恵が復権を果たした理由に迫る――。前回そう予告したが、”復活”ではなく”復権”としたのは、彼女自身が人気再燃のために世間に迎合したわけではなく、世間のほうが彼女の特異性に改めて気づいたのだという認識から。そしてその特異性とは、彼女が単なるアーティストではなく、”ライブアーティスト”であることにほかならない。
MCは、本当にありません
引退発表後こそ、紅白歌合戦に出演したりテレビ番組のインタビューに応じたりと、メディアへの露出が珍しくなくなった安室奈美恵。だが遡ればそれまで、2010年以来なんと7年もの間、地上波のテレビには一切登場していなかった。露出を控え始めた時期は、復権を果たした後もたて続けにヒットを飛ばし、再燃した人気が一過性でないことが証明された頃にあたる。そこから彼女の主戦場が完全にライブとなっていったのは、引退報道の際に多くのメディアで報じられた通り。主戦場がライブであるというこの事実が、まずは安室奈美恵が特異なライブアーティストであるという第一義的な意味だ。
一切のMCを挟まず、踊りながら歌い続ける2時間。安室奈美恵のライブスタイルがそういうものであることもまた、すでに多くのメディアで報じられている。だがそれがかなりイメージしづらいものであることは、ほかのアーティストのライブに行ってMCがむしろメインディッシュ扱いされているのを目の当たりにした経験や、友人知人から最近よく受ける「MCないって本当なの?それってどういう状況?」という質問からも分かっている。完全ファン目線で回答させていただくと、まずは「本当です」。そして具体的には、アンコールの最後に「今日はどうもありがとうございました!また遊びに来てね。(バイバーイ)」という定型文を口にする以外、ずっと踊りながら歌っている状況です。
アンコールの隠れた見どころ
振り返ると、筆者がライブに参戦し始めた2000年頃は、まだ一切なしというわけではなかった。といっても、数曲終わったあたりで「〇〇(地名)の皆さん、こんばんはー!え〜、特に話すことはないんですけど(会場笑)、楽しんで行ってもらえればと思います」程度。話すの苦手なんだな、それより歌と踊りを見せたいんだな、というのがその頃から伝わってきていたし、こちらとしても何より歌と踊りが見たかったので、やがて定型化した時にも不満どころか、違和感すら覚えなかった。MCが時としてメインディッシュ扱いされるのは、大好きなアーティストの人間性が垣間見えるという、ライブの醍醐味がそこにあるからだろう。だが彼女の場合、歌と踊りにこそ人間性が最もよく表れるのだ。
その歌と踊りの特異性については、筆者にとってのファイナルツアー初日である、4月の札幌公演のあとにレポートと併せて詳述していくとして。安室奈美恵は、MCなしに踊りながら歌い続けるというライブスタイルを、世間から落ち目といわれていた時期に確立した。そして、そうしたライブに相応しい音楽性、自分にしか表現できない楽曲を求めて果敢に挑戦を続け、スタイルを貫き通してきた。そんな、作り物とは無縁の本物のアーティストを、いつまでも”過去の人”あるいは”アイドル”扱いしていられるほど世間は盲目ではない。復権はあまりにも当然の結果であったと、筆者は思っている。
最後に、ライブを体験しないと分からない安室奈美恵の特異性をもう一つ。彼女が小顔であることは周知の事実だが、どれほど小さいかについての世間の認識は、正直まだまだ甘いと言わざるを得ない。彼女が顔の周りで持つと、全ての小道具があまりに巨大に見えて、特注品だとごく自然に思わされる。だがそうではないことが、ツアーグッズ=会場でファンが着けているのと同じアクセサリーを髪に着けて登場するアンコールで判明してしまうのだ。今回も着けて出てきてくれるのなら、グッズとして発表されているリボンヘッドバンドが果たしてどれほど巨大に見えるのか、密かに楽しみにしている。
(Text:町田麻子)
(Illustration:ハシヅメユウヤ)
町田麻子
フリーライター。早大一文卒。主に演劇、ミュージカル媒体でインタビュー記事や公演レポートを執筆中。
www.rodsputs.com
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