札幌大谷高等学校(北海道)【前編】
創部8年目の札幌大谷が、いよいよ本格的に戦力を整えてきた。北海道では唯一、硬式野球部のある付属中学からの内部進学組と、全道各地から集まってきた選手たちがうまく融合し、今春はついに初の全道制覇。2013年秋の全道大会準優勝以降、成績の振るわなかった新鋭校がようやくカラを破り、本物の力をつけ飛躍の時を迎えようとしている。
昨秋の屈辱をバネに船尾 隆広監督の指示を真剣な表情で聞く選手たち(札幌大谷高等学校)
ピリピリとした空気に包まれていながら、時間はゆっくりと流れている。マネジャー4人を含めた74人の部員が1つのボールに集中し、それぞれが次に何をすべきかを冷静な頭で考えている。地に足の着いた練習ができるようになった今、札幌大谷のグラウンドには確かな手応えが漂い始めていた。「まだまだ不満はありますけどね。それでもみんながそれぞれ役割を果たそうという感じにはなってきました」と、船尾 隆広監督(45)はサラリと言ってナインの動きを見つめていた。
今春の札幌支部予選では、初戦の札幌北陵戦こそ7回コールド勝ちだったが、2回戦からはどちらに転んでもおかしくない展開が続いた。特に代表決定戦の札幌国際情報戦では4失策と守備が乱れ、それがことごとく得点に結びつくという、典型的な負けパターン。それでも1点差に迫られた8回途中から、3番手で登板した1年生エース・菊地 吏玖がしのぎきり、何とか逃げ切った。
「これまでなら完全に負けていた内容。まあ、そこでもうひと踏ん張りできたところが、成長したといえるんですかねえ」と指揮官はやや辛口だが、チームにとって自信になったことだけは間違いない。その証拠に全道大会では支部予選以上の粘り強さを発揮し、ついに頂点を極めてみせた。
昨秋はこれ以上ない屈辱を味わった。札幌支部予選の準決勝、今春のセンバツ出場校となった札幌第一に0対10の5回コールド負けと、完膚なきまでに叩きのめされた。「あの負けがこのチームのスタートになりました。これまでと同じことをやっていたら、また同じ結果になりますから」と、船尾監督は冬場のメニューをガラリと変えた。投手陣には毎日ボールを持たせ、ローテーションを組んで投げ込ませてきた。野手陣も室内練習場で投手の生きた球を打つ実戦的なフリー打撃を繰り返した。
オフ期間中も常に実戦感覚を持たせ続けたことで、自然と野球のことを考える時間は増えていった。「練習のための練習」になりやすい冬場の練習が「試合のための練習」になり、知らず知らずのうちに野球に向き合う姿勢も変わっていった。「選手にずっと言い続けてきたのは、試合の中での1球のボールの扱い方。まだ気を抜いたらすぐにミスが出てしまいますけど、大事に扱おうという意識は守備の面にみえてきてます」と、船尾監督は少しずつチームの変化を感じ取っていた。
[page_break:1年生エースを盛り立てる投手陣とクリーンナップ]1年生エースを盛り立てる投手陣とクリーンナップ札幌大谷高校のクリーンナップ(左から3番木村 洸揮選手、4番片岡 新吾選手、5番濱崎 裕生選手)
今春からのチームを象徴するのが、1年生右腕をエースに抜てきしたことだ。船尾監督は春先からの練習試合で抜群の安定感をみせた菊地に、何のためらいもなく背番号1を与えた。「上級生に刺激を与えるとかではなく、単純に一番結果を残したのが菊地。まあ、体も態度もデカいですけどね」と181センチ、79キロの1年生を笑いながら評価した。
学年に関係なく、チームにとって必要な戦力を起用していく実力主義を徹底するが、そこには必要以上に肩に力の入った「厳しさ」といったものは感じられない。勝つためには何が必要かということを誰もが理解し、納得できる空気がチームの中に生まれたからこそできることといえる。
もちろん「体も態度もデカい」大物には、その期待に応える雰囲気が漂っている。「先発した試合も、リリーフした試合も、投げる前にしっかり気持ちをつくることができました」と、菊地は堂々と胸を張った。公式戦初登板となったのは、支部予選2回戦の古豪・札幌南戦。先発して3回に1点を先制されたが、すぐに同点に追いついてもらうと、その後は圧巻のピッチングを披露。テンポのいいマウンドさばきと抜群のコントロールで相手打線を手玉に取った。2回二死、最後の打者を迎えたところで降板したが、8回2/3を6安打1失点と背番号1に恥じない投球をしてみせた。
「先輩方が“オレたちが守って打ってやるから、思い切って投げろ”っていってくれていましたので。安心して投げられました」と、さすがにコメントだけは1年生らしく謙虚にまとめた。準決勝の札幌光星戦、さらには「投げさせる予定はなかった」と船尾監督がいう代表決定戦では、いずれもピンチの場面でマウンドに上がり、見事火消し役も務めている。
全道大会でも大物ぶりを発揮した。大会前日に行われる公式練習の集合時間になんと遅刻。円山球場での練習に参加させてもらえなかったばかりか、罰としてグラウンドの周りを13キロも走る羽目になった。「1度は起きたんですけど、また寝てしまって…。マネジャーの方の電話で目が覚めたのが集合時間でした。時計を見て思いっきり叫んでしまいました」と頭をかいたが、これで終わらないのが大物たるゆえんだ。
翌日、開会式直後の立命館慶祥戦に先発すると、7安打4失点ながら完投してみせ、チームの春の全道初勝利に貢献した。「あんなことがあったからこそ、何があっても一人で投げさせるつもりだった。でもこの1試合で夏に使えるメドがついたんで」と指揮官をあっさり納得させてしまい、その後の登板機会はなかったが、存在感はタップリと見せつけた。
後編では1年生の活躍に刺激を受けた3年生たちがどんな思いで夏へ向けて臨んでいるのか。そして船尾監督の指導論について伺いたいと思います。
(取材・文/京田 剛)
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