県立加治木高等学校(鹿児島)【後編】

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 前編では、加治木の日々の取り組みの中から何が結果につながったかを解き明かしてきましたが、後編では選手達に春季大会を振り返ってもらいながら、チームの総和・相乗をどう作るかを考えていきます。

春4強を振り返る

準々決勝でシード大島に勝利し、4強入りを決めた加治木ナイン

 大会直前はインフルエンザの脅威にさらされた中で勝ち取った4強を、今選手たちはどのように考えているか。「楽な試合は1試合もなかった。全部が苦しい試合だった」。リードオフマンの井料 央智(3年)は言う。1回戦から準決勝まで6試合で、先制したのは3回戦の吹上戦だけ。残りの5試合はすべて相手に先制された。大会前の練習試合でもほとんど勝てなくて「このチームで本当に勝てるのか?」(井料)という不安もあったが、勝ち進んでいく中で、いつしか先制されても「慌てることなくいつも通り」と思えるようになった。

「力はないけど、強い相手には向かっていこうという気持ちはみんな持っていると思います」と海田 真裕主将は言う。春の大会の組み合わせ抽選会で、どこと当たりたいかを部員に尋ねると、秋に屈辱の初戦敗退した池田の名前が真っ先に挙がった。その池田とは4回戦で再戦し、9回裏、4番・海田主将のタイムリーで劇的なサヨナラ勝ちでリベンジした。

 5月の南日本招待野球では帝京(東京)と対戦。加治木の前に対戦した春優勝の神村学園が2桁失点の大敗を喫し、尻込みしそうになったが「逆に開き直って、思い切ってぶつかり、全国クラスの強豪のどれだけ通用するか、楽しもう」という気になったと井料。1点を争う緊迫した好ゲームとなり、9回に代打・森下 泰生(2年)のレフト前タイムリーで同点に追いついた。その裏、サヨナラ負けだったが、春につかんだ手ごたえが甲子園常連校相手にも通用することが確かめられた貴重な経験だった。

 春の大会は「ベンチの雰囲気も良かった」と井料は言う。背番号20で三塁コーチャーだった吉村 謙吾副主将(3年)はどんな展開でも声を途切れさせないように、ベンチを盛り上げることを心掛けていた。「技術的なアドバイスをすることが僕にはできないけど、特に下級生でミスをした選手には、気持ちを切り替えて前向きに頑張れるような声掛けは意識しました」

 一戦ごとに「選手が自分に与えられた役割が分かってくるようになった」と前野 忠義監督は言う。意表を突くセーフティーバントを仕掛けるなど出塁にこだわった井料、池田戦、大島戦、ここぞという場面でタイムリーを放った海田主将、準々決勝、準決勝では完投した堀田 千弘、インフルエンザにかかるまではリリーフでゲームを締めた竹 隼弥、ベンチを盛り上げた吉村副主将…1人1人が今自分に求められている役割を理解し、それをできる限りやり切ろうとして気がついたら4強に勝ち残っていた。

[page_break:チームに「総和」「相乗」が生まれるとき]チームに「総和」「相乗」が生まれるとき

春4回戦は海田 真裕主将のタイムリーでサヨナラ勝ち(県立加治木高等学校)

 鹿児島でトップといわれる鹿児島実や神村学園の選手の個の力を10とすれば、加治木の選手は「海田や井料で6か7ぐらい。他の選手は5ぐらいだと思います」と語る前野監督。

 普通にぶつかれば勝ち目はないかもしれない。しかし個の力量の差10:5の通りの結果に必ずしもならないところに、野球の、特に高校生がやる野球の醍醐味がある。強豪が10ある力を出し切れずに敗れるときもあれば、5の力が何倍にもなって力が上のチームを凌駕するときもある。

 チームスポーツとは、「個の力」をいかに「総和」するか、あわよくば「相乗」を生み出すかを競う。そう考えると、春の加治木は、「インフルエンザ」というアクシデントがあったことが一つの「触媒」になり、チームが団結した。集中力が研ぎ澄まされ、それぞれが自分たちの役割を果たそうとすることで、いくつもの総和、相乗効果が生まれて勝ち取った4強といえるのかもしれない。そう考えると、「アクシデント」や「逆境」のすぐ近くに「快進撃」を作るヒントが隠れているともいえる。

 加治木は日ごろ、サッカー部やラグビー部とグラウンドを共有している。そのサッカー部が、1月の県新人大会で15年ぶりとなるベスト4進出を果たした。サッカーの全校応援をしながら「自分たちも全校応援の舞台で野球がしたい」(海田主将)気持ちになった。グラウンドを接していると、打球が飛ぶなど迷惑をかけてしまうが、主将同士は同じクラスで仲が良く、「今度は俺たちを全校応援連れて行けよ」と発破をかけられるという。

 互いを切磋琢磨していく良いライバル関係が生まれるのも、お互いに「狭いグラウンド」という逆境に負けず、上を目指そうという高い意識があるからだ。この春は「インフルエンザ」やサッカー部の活躍がプラスに作用し、4強という結果を得ることができた。では今度の夏はどうやって「快進撃」を生み出していくか。

 堀田は「ベスト4入りしたことでこれからは周りから注目されるようになる。このベスト4に恥じない野球ができるよう、これからも厳しく追い込んでいきたい」と言う。春4強だからといって「自分たちが本当に強くなったとは思っていない」と海田主将。日ごろの短い練習の中で集中し、工夫しながら「ユニホームを加治木色に染める」努力を怠れば、相手との戦いの前にチーム内でレギュラーに残れない。

「ベンチの中だけでなく、スタンドの控え部員たちとも一体になれるようにしたい」と吉村副主将は言う。フィールドで戦う9人、ベンチに入れる20人だけの総和や相乗に加えて、ベンチに入れなかった部員も含めた56人の力を結集させる。それが保護者や学校、地域の力をも巻き込み、「見えない力」を味方につけたとき、加治木の甲子園初出場が見えてくるのかもしれない。

 5月28日、サッカー部はインターハイ鹿児島予選で44年ぶりの決勝進出を果たした。鹿児島城西に0対2で敗れて惜しくも準優勝に終わったが、おそらく野球部員たちは「7月は俺たちが優勝して甲子園を」と燃えているに違いない。

(取材・文/政 純一郎)

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