県立加治木高等学校(鹿児島)【前編】

写真拡大 (全2枚)

「快進撃の作り方」とはなかなか核心を突くテーマである。「作り方」がどこかにあるなら、もっといろんな学校が甲子園に行っているだろう。昨秋初戦敗退だった加治木が、ノーシードから春の鹿児島大会で4強入りしたのは「快進撃」といえる。だが「快進撃の作り方というテーマで取材したいのですが…」と加治木・前野 忠義監督に問うと「うちですか?」と驚かれた。

 池田、大島のシード校に勝って4強入りしたとはいえ、鹿児島の本当の強豪である鹿児島実、神村学園、樟南などの強豪私学に勝ったわけではない。過去、前野監督が見てきた加治木の中でも特別能力の高い選手が集まっているわけでなく「力はないチーム」と感じているから、自分たちが春の4強で「快進撃」をやった実感がないのだ。

 ただ「うちが勝つとしたらこういう展開しかない」と言える試合で勝ち進んだ手ごたえはある。加治木の春の戦いを振り返り、彼らの日々の取り組みの中から何が結果につながったか、解き明かすかたちで筆を進めていくことにしよう。

インフルエンザの猛威

海田 真裕主将(県立加治木高等学校)

 春の鹿児島県大会の加治木は、快進撃どころか、下手をすると大会を棄権しなければならないかもしれなかったアクシデントに見舞われた。開幕を1週間ほど前に控え、インフルエンザが猛威を振るったのである。部員6人がかかり、インフルエンザまでいかなくても熱発など体調不良者が続出した。主将で4番の海田 真裕主将(3年)や3番・是枝 虎太郎(3年)らもその6人の中にいた。体調が回復して練習に参加できたのが開幕の前日だった海田主将は「ちゃんと試合ができるかも不安だった」という。

 初戦の串良商・垂水戦は開会式翌日の3月21日。これ以上感染させないためにも開会式の参加をキャンセルし、試合の移動もバスではなく、各保護者に車で送ってもらうようにした。串良・垂水戦は先制され、点はとるものの、投手陣が今一つで、危うく初戦敗退になりそうな薄氷の勝利だった。

[page_break:「加治木色」に染めるために!]

勝利の校歌を歌う加治木ナイン

 インフルエンザは予想外のアクシデントだったが「良い意味での緊張感が生まれた」と前野監督。インフルエンザも治まり、大会終盤は通常通りバスでの移動に戻したが、投手陣だけは保護者の送迎をお願いしていた。にもかかわらずリリーフで好投し、勝利に貢献していた竹 隼弥(2年)が4回戦の池田戦の後でかかった。大会終盤を迎えて貴重な投手陣の1人が離脱するのは痛かったが「あれでエースの堀田(千弘・3年)が『自分がやらなければいけない』気持ちになって、準々決勝、準決勝で完投できた」(前野監督)。

「お前ら、絆が深かったんだね」。海田主将は飯野 敦部長に言われた。学校内でここまで大量に患者が出た部は他になかった。「飯野先生に言われて、マイナスなこともそんな風にプラスに考えることができた。良い意味での焦りができ、集中力が出てみんなでカバーしていこうという雰囲気が生まれた」(海田主将)

 その飯野部長が3月の異動で川内に転勤となった。4月になれば、飯野部長がベンチに入れなくなるが、3月いっぱいの試合には部長としてベンチに入ることができる。「1つでも多く勝ち上がって、飯野部長と一緒に野球をやろう」が部員たちの密かな合言葉だった。

「加治木色」に染めるために!

 加治木の練習を取材に行ったのは5月18日。中間試験が終わった後の午後、姶良市の姶良球場が取れたので、ぜひその日に来てほしいと前野監督から連絡を受けた。日ごろの練習は学校のグラウンドでサッカー部やラグビー部とグラウンドを共有している。公式戦でも使う球場での練習は加治木にとってはまたとない貴重な練習時間だ。

 真っ先に目を引いたのは全身真っ白なユニホーム姿である。新1年生も含めた部員56人が帽子からソックスまで白で統一された練習着というのは、最近ではあまり見かけないような気がする。「始めたのは前任の廣瀬 裕二監督(現・鹿児島中央副部長)の時ですね」と前野監督。

 廣瀬監督の時、アンダーシャツだけは試合用と同じ紺色だったが、3年前、前野監督が就任してからはアンダーシャツも白で統一した。「『汚れが落ちにくい』と保護者には不評なんですが…」と前野監督は苦笑する。白に込められているのは「3年間、このユニホームを汚して、自分の色、そして加治木の色に染める」ためだ。

[page_break:狭い場所でも効率的に!]

めったにできない球場練習では思い切り打ち込む(県立加治木高等学校)

 平日は授業が16時15分に終わる。「うちは授業後のショートホームルーム(SHR)がないので、すぐ部活が始められるんです」と前野監督。平日の練習は18時半までと決められているから、他の学校がSHRに当てる15分程度の時間でも活用できるのが「ありがたい」のだ。

 普段、練習は狭いグラウンド、短い時間の中でやらなければいけないので「狭い場所でもできる練習のアイディアはいつでも考えています」(前野監督)。めったにない球場練習で上級生が意気揚々と打球を飛ばしている後ろでは、新1年生が基本練習のゴロ捕りをしていた。構えるとき必ず片足を上げて低い姿勢をとってから捕球に入る。

「こうすると必ず低い姿勢で打球に入れるようになるんです」と前野監督が解説する。都城工の監督に教わった練習法だった。この日は、OBで鹿児島大4年の田畑 陽平さんがユニホームを着て練習に参加していた。春のリーグ戦は終わったが、もう少し野球を深く追求してみたくて秋のリーグまで残るという。「自分の進路の勉強をしながら、野球との両立を目指す。みんなもお手本にして欲しい」と前野監督が部員たちに紹介していた。

 大学でつい最近学んだ捕球練習法を田畑さんは部員に教えていた。打者のインパクトの直前でジャンプして、打球に反応する動きだ。「テニスでサーブを待つ姿勢と同じですね」と田畑さん。サーブをレシーブするテニス選手や、PKを待ち構えるサッカーのGKは軽くジャンプしながらタイミングを計り、どちらにボールがきても対応できるような姿勢をとっていることにヒントを得たものだ。田畑さんが前野監督にその「メカニズム」について説明すると、早速、前野監督は内野手全員を集めて、田畑さんの指導を仰ぎ、その捕球練習をやらせてみた。

 片足立ちで低い姿勢を維持する練習と、インパクトの前にジャンプしてタイミングを計る練習、一見すると真逆な動きをしているように見えるが「僕もどの練習がいいのか、見極めています」と前野監督は言う。片足立ち練習は「低い姿勢で打球に入る」という基本動作を身に着けるために、インパクト、ジャンプはより実戦向き。そう考えれば、狭い場所でもできる新たな野球上達法があることを監督自身も学べたことになる。

 インフルエンザがありながらも、苦しい試合を乗り切り、勝ち進んだ加治木ナイン。後編では春季大会を振り返りながら、快進撃を作るには何が必要なのかを考えていきます。

(取材・文/政 純一郎)

注目記事・【6月特集】快進撃の作り方