久住昌之「グルメ漫画なんて一つの流行でしょ」「昼のセント酒」対談

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サラリーマンが昼から仕事をサボって銭湯に入り、湯上がりにビールを呑む──テレビ東京系連続ドラマ『土曜ドラマ24 昼のセント酒』原案の久住昌之氏と、ドラマのコミック版を手がけた魚乃目三太氏の対談。互いの作品の話から、話題は自在に脱線しながらも、やがて創作論へと収束していく。“食”漫画家の矜持を見た後編──。
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魚乃目三太『しあわせゴハン』は『孤独のグルメ』に似ている


久住 魚乃目さんの『しあわせゴハン』、どの話も好きだけどね。俺の作品と同じだなと思ったんだよ、すごく。ただ、グランドジャンプで連載でしょ? メジャー誌、と思いましたね。ジャンプ的な読者をちゃんと楽しませるように、ちゃんとやってるなぁと。和泉晴紀さん(『食の軍師』作画)はそれがしたいんだけどなってない人。で、谷口ジローさん(『孤独のグルメ』作画)ももうちょっと大人の落ち着いた感じで、ジャンプ的な人ではない。『しあわせゴハン』は普通に漫画好きな人が読んで、ちゃんと面白いな、ホロッとくるな、って思えるものになってる。この味噌汁のやつなんてまいったね。素晴らしい。漫画でしかできないことをやってる。美味しそうに食べてるところがちゃんと描けた上で、そこにどう持ってくか、「どうして美味しかったか」って過程がキモなんで、そこは俺と似てると思いましたね。頭の中でバカなことを言ってるか言ってないかの違いだけで(笑) 自分は絵を描かないんで、頭の中で言ってる言葉が変だっていうことで勝負してるわけだけど。
魚乃目 ……うれしいなぁ……。
久住 その中で、次々に〆切が来て、毎回違う表現を考えよう、どういうシチュエーションにしようっていう工夫がずっと続いてるのが素晴らしい。谷口さんがすごいのは、あれだけキャリアがありながら、毎回どこかしらに必ず新しい描き方とか表現をしてくる。『しあわせゴハン』にもそういうのをすごく感じます。……言葉がないからやらざるをえないんでしょうが(笑)
魚乃目 そこを手を抜くとバレバレですからね(笑)


久住 かき氷の話も好き。すごくいい話だよねえ。食べてるのがかき氷ってのがまたいい。目玉焼きのやつだって、普通食べて「美味しい」なのに、食べないのに読者としては「これ絶対美味い!」ってなる。いろいろ工夫してるなって。
魚乃目 感情を揺さぶる漫画を描きたい、とは常に思ってます。
久住 もうなくなっちゃった渋谷のベーカリーで、リーフパイを買うと店のおばちゃんが「こわさないでね」って言うんだよ。自分が作ったものを大事にしてるっていうか。大したことじゃないんだけど、その一言に、なんかいいなあ、っていうね。『しあわせゴハン』読んでると、魚乃目さんはそういうのを描いてると思うよ。言葉にならない「何か」を見つけて、工夫して描いてる。派手ではないけど、心に残っていく漫画じゃないかなって思います。昔の担当が、会社を移って大きいところに行って。そしたら編集者全員が全員「100万部売れるにはどうするか」っていつまでもグジグジぼやいてて驚いたって。「私は今まで『毎週毎週、今回を面白くするにはどうしたらいいだろう』って必死に仕事をしてたから、周りの社員が何を言ってるかわかんなかった」って言ってた。100万部が目標になっちゃったら、デッカイ企業の戦略や広告代理店の仕事だよ。漫画は違う。毎週毎週楽しませるための工夫の積み重ねだよ。編集者は勘違いしちゃいけない。


真の芸術は「なっちゃった」で生まれる?


久住 『しあわせゴハン』はサイレント漫画だけど、いいものってのは、いじりようが無いんだよねぇ。これに台詞入れるとか入れないとかじゃなくってさ。音楽だってそうだけど、これに何か足したらもっといいんじゃないかって言うけど、いいものってのはここでバランスが出来てるんで。「なっちゃった」っていうね。ダ・ヴィンチのモナリザも、あれは偶然ああいう絵を描けちゃったんだろうね。あの絵だけ最後まで自分で手放さないで持ってたんでしょ? 未完成って自分では思ってて、人には見せられないんだけど、これ以上筆を入れるべきではない、って天才の直感でわかってたと思う。美ってのはそういうもんで、人間が全部支配できるもんじゃないんだよ絶対。美のことはよくわかんないけど「面白さ」もそういうもんだと思う。
魚乃目 俺、『孤独のグルメ』がそれに近いような気がするんだよなぁ。あの話にあの絵ってのが、あれ以外ないように思うんですよ。どう計算しても。
久住 俺に企画を持ち込んだ「月刊PANJA」の編集者が、「谷口ジローさんでやりたい」って言ったんだよね。そういう「よく実現したな」っていう企画じゃなきゃ、本当に面白くはならないんだよな。100万部狙いじゃ、こういう長生き漫画は生まれなかったと思う。
魚乃目 あの時期の谷口ジロー先生の、あの絵じゃないと。あの空気感とあのコマ割りと、あのこだわり感、それに久住さんのこだわりが負けてないというか、なんやろう、才能同士ケンカしてる感じ……。
久住 土山しげるさんが俺の原作で『漫画版 野武士のグルメ』やる時に、谷口ジローの呪縛から逃れるのがものすごい大変だったってね。
魚乃目 それは俺もいやですよぉ。もう正解なんですよね、あれが。

ドイツ料理と食えば常温ビールも美味い


魚乃目 酒が呑めるようになって20年くらい経ちますけど、ドイツとかで常温で呑む気の抜けたビール、あれはあれで美味いですね。なんなんだろうなぁ、ドイツ料理に対してあのビールって合うなあ、ってのが。
久住 ロンドンで呑むエールも日本みたいに冷えてない。でも美味いんだよね。その土地の酒飲みが、美味しくしようとして作ってるからね(笑) そこで呑めばうまいんだよ、やっぱり。俺、20年前に初めて西海岸でコカコーラ飲んで、「うまいなあ」って初めて思った(笑) コカコーラは西海岸の地酒だね(笑) 地酒は地元で地のものをアテに呑むに限る。
魚乃目 バドワイザーがうまいのもそういうことですよね。
久住 日本で呑んだらなんか水っぽいじゃん。水ビールじゃん。ジャケットデザインに現れてるように。だけどセントラルパークあたりの芝生で、フリーライヴかなんか見ながら呑むと、ああ、こういうとこのものなんだなって。コロナなんかも、俺正直ビールの仲間に入れたくないんだけど、メキシコで呑んだら美味しいんだろうな。でも、青島ビールはものによってすごく味が違うんだよ(笑) 中国でも台湾でも、同じラベルでも味にすごいバラつきがあって、すっごくいい加減なんだよあれ(笑) そこも含めて、いいなって思うけど。


人間の脳は縄文時代から変わらない


魚乃目 4歳になった上の娘が音楽教室に通い始めまして。これは「ド」の音です、っていう正解を、耳で聴いて口から出す、ってことから教えなきゃいけない。
久住 絶対音感って元からあるもんじゃなくて、訓練で絶対音感をつけてあげる、ってことだよね。「ド」ってのはこういうものだ、っていうやり方を教えてあげるかどうかの話。音符とか全部便宜上のものだから。音でしかないものをみんなに分かるようにするために、五線譜を考えた人がいて。インドなんかドレミファソラシドよりもっと細かいからね。似た話で、サヴァン症候群と呼ばれる人の中には、パッと見た風景をすぐ描ける人がいる。写真みたいに見てるんだ。それはごく小さな子どももそうらしいんだ。ただ描けないけど。写真みたいに記憶してるらしい。でも写真みたいに見てるとものすごく脳の容量を使うから、その能力は言葉を覚えると全部なくなっちゃう。「今見たものは“おうち”だ」ってテキストで記憶した方が、圧倒的に脳の容量を食わない。コンピュータに似てるよね。コンピュータでいえば、人間って一回も脳の「バージョンアップ」ってしてないんだよね。現代人は、縄文人より自分たちの方が頭がいいって思ってるけど、それは大間違い。ホモサピエンスから考えたら25万年ぐらいほとんど同じマシンでものを考えてる。経験値が25万年分ぐらい増えて、脳の作業をスーパーコンピューターで代行できるようになったぐらいでしょ。だから、ギリシャ神話とか、古代中国の思想書とか、今読んでも人間の真理を描いてるってのはそういうことなんだよ。「美味しい」って感覚も、実はあんまり変わらないと思うよ。「このマンモス美味しい!」「こないだとれたのより美味いぞ」「いや、それは腹減ってるからだ」「自分で狩ったから美味いんだ」とか、同じようなこと言ってたと思うよ(笑)

影響を受けたグルメ漫画は?


久住 無いね。
魚乃目 (笑)
久住 「グルメ漫画」ってさ、ひとつの流行でしょ。俺、流行に興味ないんだよ。消えてしまうもんだからね。若い頃の写真を見て「こんなの着てて恥ずかしかった」なんて(笑) たとえば今は「肉」ブームでしょ。なんか雑誌見ても紙面がやたら「赤い」んだよ。流行だよあれは。そのうちに違うものになる。だから「グルメ漫画の影響を受ける」なんていうと、そんなもの流行の後追いの後追いでしょ。「グルメ漫画」なんていう枠の中でものを見てたら、新しい面白いものは見つからないよ絶対。もっと大きい意味で、それこそ原始時代から今まで、「美味しい」ってのは何も変わらない、ものすごく原始的なものなんだからさ。そこをどういう切り口で描けるかっていう可能性を見つけていくのが編集者で、それを実践するのが漫画家だと思うよ。だから、むしろとんでもない提案をして、そこから漫画家が「いや、それは描けないから……じゃあどうしようか」ってなっていくのか。
魚乃目 もしくは「よし、やったろか!」ってなるのか。
久住 「無茶言いやがってあいつ!」「だけど俺も嫌いじゃないから(笑)」みたいな。
魚乃目 「分かる分かる」って。
久住 グルメなんて言葉を使うようになったの自体が流行りで、80年代ぐらいのことだからね。あと20年もしたらグルメなんて言葉使ってないかもしれないんだよ。「グルメグルメって、あの頃はバカじゃねえの」って。太宰治が文章のことについて書いてたのがおかしかったんだけど、「食欲における淫乱」だって(笑) グルメ狂いはまさにそうでしょ。いろんなもの食いたい食いたい、ってのは、いろんな女とやりたいやりたい、って言ってるやつとあんまり変わんないってことを、グルメな人は思った方がいいよ。恥ずかしいことなんだよ。欲なんだから。


今後作りたい漫画は?


魚乃目 感情を揺さぶる漫画は絶対描いていかないとって思いますね。昔高校の時に電車の中で読んだりした漫画を、何年後かに思い出すことあるじゃないですか。それってたぶん感情を揺さぶってるんですよ。だから企画がどうとかはその上での話で。
久住 きっかけだよね、企画は。俺が知らない銭湯に行こうとか、知らない街を歩こうってのは、自分の感情を揺さぶるものに会いに行ってるんだよね。必ず会うんだよ、知らない町に行くと。大人になってるからかもしれないけど。今日行った下落合の駅前に「山ゆり」って喫茶店があってさ。そこで今月のおすすめコーヒーのブレンドの名前が「牡丹」っていうさ。飲んでみたら、美味しいんだよね。どうして牡丹って名前をそこに付けたんだろう、どんなことがあったんだろう、って。小さなことでも、想像力を働かせたり、妄想したり、そこから今までになかったものが生まれる。そういうものに出会えないと、そういうもの作れない気がして。俺なんか、この年になると自分の記憶とか全部使い尽くしててさ。
魚乃目 ホントその通りですよね。
久住 マスターたち、ご夫婦なら年が離れてるなあ、とか、かっこいい男だったんだろうなあ、とか思ったりさ。実は世の中にはそういうもんがたくさんあってさ。見つけるかどうか、気付くかどうか。だけど、いま多くの人は考える前にスマホ出して「下落合 山ゆり 牡丹」で検索でしょ。それで由来が分かったところで、なーんにも生まれないよ。

切り絵とブルースとグルメ漫画とショッピングモール


魚乃目 久住さんの切り絵、かっこいいですよね。ブルースのミュージシャンのとか。
久住 やっぱ好きだからだね。そいつの音楽を聴きながらずっと作ってる。ジョン・リー・フッカーとかB.B.キングとか。ブルースって、誰でも分かる悲しみを歌ってるんだけど、「朝起きたら俺の女がいない」って、泣き笑いじゃん。それは音楽にも出ててさ。そりゃものすごく悲しいけど、ウキウキするような音楽でもあるわけ。そこがブルースが生き残った理由で、俺が好きなとこなんだよね。王様も貧乏人もブルーな日はあるぜ、おんなじだよ、っていう。食い物について書いたりするってのもそれでさ。どんな金持ちもホームレスも腹は減るし、うまいもの食ったらうまいわけ。そこんとこから考えればいろんな漫画はできるけど、それを「グルメ漫画」とか言ったら、どんどんどんどん狭くしてしまって、ちゃっちいものになっちゃうよ。今売れればいいっていう……なんだか郊外型ショッピングモールみたいなものを描きたいのかってね。いやいや、ジャンプは描かせたいんだろうな、ショッピングモールを(笑)

土曜ドラマ24『昼のセント酒』
テレビ東京系 毎週土曜深夜0時20分
主演・戸次重幸

(取材・構成 星野哲男