中日ドラゴンズ 荒木 雅博選手【後編】「練習では緊張して、試合では気楽に小技を決めよう」
前編ではバントにおける「間」の取り方と、技術・メンタルの概論について取り上げました。後編はバント時のフォームなど、さらに具体的な話が飛び出していきます。
フォームはクロスでもオープンでも、適した方でよいバスターについて解説する荒木 雅博選手(中日ドラゴンズ)
荒木 雅博選手との「小技話」は概論から具体論へ。まずバント時のフォームは「クロス型」と「オープン型」。どちらがいいのだろうか?ここも達人の答えは明快である。実体験に基づいたこんな話から講習ははじまった。
「僕も色んなバントの名人から教えて頂きました。中日ドラゴンズで選手・コーチだった川相 昌弘さん(通算533犠打の世界記録保持者・現在は読売巨人軍三軍監督)や、(2012・2013年に中日ドラゴンズコーチの)平野 謙さん(現役通算NPB2位451犠打・現:ルートインBCリーグ群馬ダイヤモンドペガサス監督)にも。ただ、お2人のバントの構えは真逆なんです。川相さんはクロスして構えますし、平野さんはオープンで構える。ですので、練習の中で自分に合うものを探していくことが重要です。自分に合うかどうかですね」
ちなみに右打者である荒木選手のバントフォームは中日ドラゴンズ入団当初にクロス・オープンを両方試した上で「バントの際に角度をつけやすいし、バットがインパクトの際に寝ないようにする」ため、右脚を引いてのクロス型。ただ、1998年から3年間挑戦していた左打席では「一塁に走る動きをスムーズにするため」オープン型でバントをしていた。
要は練習をいかに活用できるか。球児の皆さんもぜひ、練習で様々な形を試し自らに最も合ったスタイルを見つけ出してほしい。
荒木選手直伝「バント成功」へのメカニズムでは、いよいよ荒木 雅博のバント技術に迫っていこう。最初はバッティング同様にスクエアに構え、バットを1回出す。荒木選手によればこの「1回出す」がルーティングの中で欠かせない要素となっている。
「ここで『これ以上、バットを後ろに下げないよ』という位置を作って、ここでバントをするイメージを決めるんです」
[page_break:バント向上は打撃向上にも通じる、そして「真面目にやりすぎない」も大事]そして投手がフォームに動き出した時に後ろ足を引いてバントの態勢に入り、あらかじめ決めたバットの位置で当てる。バスターの場合は、そこから投手の腕がトップの位置に来た時に脚を戻しバットをトップの位置に戻す。これこそがバント・バスターを決める荒木選手のメカニズムである。
ここを基本に、ランナー二塁の際は三塁手の前に転がす意識をより強く持つ。右投手と左投手とでは異なる投球ラインを頭に入れるなど、荒木選手は微調整を施しながら日々の試合に臨んでいる。「僕も他の選手のバントを見ていますが、バントのうまい人は大概そうしていますね。森野 (将彦)もそうです。アイツはバント、実はうまいんですよ」。そう言ってニヤリと笑う荒木選手であった。
バント向上は打撃向上にも通じる、そして「真面目にやりすぎない」も大事ティーバッティング中の荒木 雅博選手(中日ドラゴンズ)
とはいえ、バントや小技の練習はフリー打撃に比べて楽しくない。成功して当たり前、成功しないと怒られる。そんな経験は球児の誰もがあることだろう。ただ、荒木選手はバントの向上は他の部分にも効用をもたらすことを説く。「引いて当てるバントの動きは打撃向上にも通じるんです。ですから、自分は調子の悪いときはバントの練習を多めに入れています」
その荒木選手も2008年・北京五輪では「2番・二塁手」として5度の犠打機会を全て成功。「あれだけ緊迫した中で犠打を決められた」ことが今のプレースタイルにつながっていると話してくれた。
さらに、この北京五輪を通じて荒木選手は外国人投手に代表される「動くボール」へのバント対応策も学んだ。自分も動きの中でバントをしてしまう。言い換えれば「真面目にやりすぎずバントをする」である。
「ツーシームに身体が固まったらファウルになるので、セーフティーバントのような身体の動かし方の中でバントしてしまう。固まって失敗するくらいなら、勢いでやってしまうのもアリですよ。深く考えると本当に身体は動かなくなるので、その時は身体を動かした方がいいです。僕も若いころはそんな体験がありました。試合の序盤でバント失敗して、終盤にバントをしなければならない大事な場面が来た。その時は、身体の力を抜いて『二塁でアウトになったら仕方ないやん』と思って遊びのような感覚で決めました。まあ、周りにはそんなこと言えませんけどね」
これは球児の皆さんには新鮮な感覚。「ボールの上を打ってバットをダウンスイングで打ちすぎない。究極に言えばアッパー気味にボールの上を打てばゴロになる」エンドラン成功の秘訣と共に覚えておいた方がよさそうだ。
[page_break:小技に悩む高校球児たちへ]小技に悩む高校球児たちへ小技理論について熱く語る荒木 雅博選手(中日ドラゴンズ)
「本当に深いですよね。打つことに比べて地味ですけど、大事なことですよね」
約30分間、話をしながら自分でもしみじみと小技の深さを感じ取っていた荒木 雅博選手。最後に小沢に悩む高校球児たちへのアドバイスをお願いすると、ここでもこんな深い話をしてくれた。
「練習でうまくいっても、試合でうまくいかないことはよくあると思います。そんな時は練習の中でわざと身体をガチガチにしてみて何球かやってみて、その後にリラックスしてやってみる。
試合で失敗した状況を練習の中で作ってみて、力が抜けた状態も練習でやって。そうすれば試合でガチガチになって時『俺、練習でもガチガチした状態でやっていたわ。あんな感じでやれればいいわ』と思い出せればいい。力を抜きたくても抜けない状況になるのが試合ですから、肩を上げてやってみるのもいい。失敗したら経験になるし、それで野球が終わるわけでもない。そんなに深く考えないことです」
インタビュー後に見せて頂いたバント練習でも、一塁側・三塁側に寸分たがわずボールを転がしていく荒木 雅博選手。180センチ74キロのその身体には「小技」のメソッドが存分に詰まっている。
「今年は口から心臓が飛び出るような緊張した場面の中で野球をやってみたい。それは練習ではさすがにできませんけどね」ととびきりの笑顔でインタビューを締めてくれた荒木選手。2016年も地味であっても、荒木 雅博でなくてはできない仕事を難なくこなすその流儀は、谷繁 元信監督の下、5年ぶりのセ・リーグ制覇、9年ぶりの日本一を目指す中日ドラゴンズ。そして現在、非常に厳しい状況下にある故郷・熊本県に勇気を与える存在に必ずなるはずだ。
(文=寺下 友徳)
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