英語教科書「エレン先生」騒動の問題点はどこか

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東京書籍の中学1年英語教科書「NEW HORIZON」に出てくるキャラクター、エレン・ベーカー先生がかわいいと話題になったのが、4月5日のこと。


「NEW HORIZON」は今まで、目の大きくない落ち着いたイラストを使っていた。リニューアル後のエレン先生は目がぱっちり開いており、コケティッシュなアニメ絵柄に。
エレン先生は金髪碧眼の、童顔お姉さん。ボストンレッドソックスの大ファンで、バットのスウィングの真似をしながら笑顔で話す様子は、大変おちゃめ。
インタビューによると、「挿絵がきっかけで英語に興味を持ってもらえるのではないか」という期待から絵を変えたそうだ。

Twitterではエレン先生の話題が爆発。最初に発見した人があげたツイート(今は消されています)は瞬く間に5万RT超え。6日にはピクシブ百科事典ニコニコ大百科にページがすぐ作られた。
エレン先生の二次創作イラストは一気にTwitterやpixivにあふれかえり、ニコニコではテーマソングまで作られる過熱っぷり。中川翔子も描いていた。

ここまではよくあるお祭り。
騒動は、Twitterユーザーの一人が東京書籍に問い合わせたことからはじまった。

権利者への問い合わせ事件


エレン先生の素材(コラージュを作るための画像切り抜き)を作っていたあるユーザーが、東京書籍に利用してもいいか、と問い合わせた。
すると教科書著作権協会から「利用許諾申請書が必要」「使用料が発生する可能性がある」と答えが返ってきたことをTwitter上で報告。
この内容に「なぜ問い合わせをした!」という声が殺到した。
ツイートには、たくさんの誹謗中傷のレスが飛ばされ、現在アカウントは残っていない。
なおイラストを描いた電柱棒は、自分のインタビューがネット上のファンが創作する際の不安を煽ったのではないかと心配し、ホームページに「あんまり気にせず楽しんでください」と書いている。

イエスでもノーでもない


たとえば小学館では複製・二次創作・翻訳の禁止をホームページ上に載せている。これが2011年に「厳ししすぎるのではないか」と話題になった。
しかし、講談社芳文社などでも、全く同じ内容のことを、ずっと前から掲載している。
これは「言っておかないといけないこと」としてのテンプレートだ。

小学館は「どこの出版社でも明記されているはずです」「作家さんが喜んでくれるようなことや、作家さんとファンとの交流を阻害するものであるはずがありません」とゲッサン編集部Twitterで明示。
講談社は2012年、二次創作について「別に同人誌製作を禁止したりはしておりません」と言っている。
追記として「「著者がダメというものはダメ」ということですが、、、これは当たり前ですよね。」とも。
バンダイナムコゲームスの原田勝弘は2013年に、「現時点の法律では著作権に関わるものは版元からケチをつけない限り違法化されません」「こういう問題を正面きって聞かれると企業としては杓子定規な答えにしかなりません」と述べている。

二次創作の扱いに、イエス・ノーはない。常にグレーだ。
出版社ごとによって全く変わる物であり、作品の内容によっても変わる。
作者がNGと言ったらNG、という裁量次第なところもある。

「使っていいですか?」と許可を求められるのは、企業側も困ってしまう。
作者が仮に二次創作やコラージュを見て喜んでいたとしても、NGと言わざるを得なくなってしまうのだ。

文化圏の違い


ここまでは、アニメ・マンガ・ゲーム界隈の話。
エレン先生の件では、東京書籍側がその文化の中にいない。
出版社と二次創作者の「暗黙のルール」は、今まで長い時間をかけて築いてきた独自のバランス感覚。
この枠に入らない企業の場合、「暗黙のルール」が通じるとは限らない。

もう一つの問題は、オタク文化に浸かってきた時間の差。
同人誌、ニコニコ、pixiv、2ch、その他二次創作界隈に長くいる人は「暗黙のルール」を見聞きし、理解するように訓練(ユーザー間のやりとりなどで)されてきた

しかしそれらの文化に接していない人は、暗黙のルールの存在をそもそも知らない。
むしろ「許可を取る」のが当然だと考える人は少なくないだろう。

このギャップが埋まらず、事故が起きてしまった。
別の誰かが同じことをする可能性も十分あった。

Twitterの影響力



2000年くらいに、絵本「赤いくつ」の主人公カーレンがアニメチックなイラストで、かわいいと話題になったことがある。
イラストやSSが数多くアップされ、ファンサイトもできた。
盛り上がり方は、エレン先生と全く同じだ。
大きく違うのは、話題に参加した人の母数。

エレン先生の人気はTwitterを媒介として、ものすごく多くの人に広まった
スピードがとにかく早い。トレンド入りし、ハッシュタグでつながり、元ツイートがRTで拡散される。
カーレンの時は「自分から見に行かないと見えない」という一面があった。エレン先生はほっといてもどんどん目に入ってくる。
「暗黙のルール」を知らなかった人のところにも、簡単に届いてしまう。友達との会話感覚では収められない。
人気も騒動も、たった一人の無名なユーザーの発言がきっかけなのだ。
全世界から容易に見えてしまうTwitter上で、話題はひたすらに肥大化してしまった。

エレン先生の話は、ぼんやりとしたまま収束に向かうだろう。
「はっきりさせない文化」をあらゆる世代の人が理解できる土台を作り、起きた問題への誹謗中傷を減らすのは、開けたネット上ではあまりにも難しい。
ただ今回の騒ぎを元に、ファン活動の仕組みを知らなかった人たちが、考えるきっかけにはなるはずだ。

(たまごまご)