脳波をキャッチする“ネコミミ型”の新たなコミュニケーションツール|ニューロウェア
集中すると耳がピンと立つ、『necomimi』。脳波を利用したデバイスの斬新性を評価され、米国TIME誌『2011年 世界の発明ベスト50』に選ばれるなど、IT業界に留まらず、広く世間の注目を浴びた。2012年4月には市販もスタート、現在も脳波デバイスのひとつの在り方を体現したモデルとして、アートやテクノロジーの文脈の中で語られ続けている。
『necomimi』を開発したニューロウェアはちょっと変わった組織だ。電通のコミュニケーション・デザイン・センターにある次世代コミュニケーション開発部(当時)のメンバーが、名乗っているチーム名であり、社名ではない。次世代コミュニケーション開発部は文字通り、近未来に実用化するだろうコミュニケーションツールの研究開発やリサーチを行う部署で、ここで扱うプロジェクトのうち、脳波を使ったデバイスやソフトウェア開発時の共通ブランドがニューロウェアとなる。
基本的にプロジェクトでメンバーや提携先が変わるフレキシブルな体制。現在はフリーで商品開発を行っている加賀谷友典氏とクリエイティブ・テクノロジストのなかのかなさんが中心になり『necomimi』開発時のメンバーで現在は電通サイエンスジャムの取締役である神谷俊隆氏と連携してプロジェクトを進めている。
脳波を使った未体験のコミュニケーションツール加賀谷友典氏に話を聞く。
ニューロウェアで商品開発を行う加賀谷友典氏
「コミュニケーションには言語的なものと非言語的なものの2つがあります。言語は会話もそうだし、メールやチャットもそうですよね。非言語的なものはジェスチャーや顔色、声色などですよね。そういう非言語的なコミュニケーションを考えた時、人間が持っている情報で、まだ使っていないものがあるんじゃないか?」
そこで注目したのが脳波だった。
「脳波を使ったコミュニケーションはまだみんな未体験。それをやったら面白いんじゃないか?」
その時に出会ったのがシリコンバレーのベンチャー企業、ニューロスカイ社だった。
「ここが作っていたのが、『シンクギアチップ』という脳波計測用チップだったのです」
脳波の計測用機器は非常に高価だった。しかしその機能を極端に絞ることで、50ドル程度(当時・現在はさらに価格が下がっている)のチップで実現したのだった。
「ニューロスカイ社からおみやげに『シンクギアチップ』をたくさんいただいたので、じゃあこれで何か作ろうかと」
いろいろなアイデアが出た。試作したしたものとしては、表面にLEDを貼り付けて集中すると色が変わって光る帽子、集中しないと開かないドア、集中すると録画するカメラ(後に製品化)……。
「それでいくつか出たアイデアのひとつが『necomimi』だったんです」
チームのなかのかなさんはとてもシャイ。表情があまり出ないタイプで、何を考えているかわからないとよく言われているそうである。そんな自分の代わりに、自分が何を考えているか、外に伝えてくれる道具があったら?
「私のコミュニケーション下手を解消してくれるグッズが欲しいと。それで作ることなったんです」
画用紙を猫耳の形に切って貼り付けてみたロボットキット『Rapiro』を開発した機楽株式会社の石渡昌太氏にメカの開発を依頼、製作が始まった。
「最初、ヘッドギアにモーターが付いた状態で動かしてみたんですが、保留にしようかと思いましたね。まったく面白くない!」
ヘッドホンのブリッジにモーターがついて回転しているだけである。技術的にどうこう以前に、それは面白いないだろう。
「石渡さんが、『試しに何かつけてみますか?』と画用紙を猫の耳の形に切って、貼り付けてみたんです。耳つけたら、全然違う! 衝撃を受けて。明らかに何かを検知して動いているんですよ」
ところが実際の猫の耳を着けてみると、ものすごく難しい。ちょっとした位置や角度でまったく印象が変わる。ロボットがリアルになると気持ち悪くなるという不気味の谷ではないが、リアルさを出すと途端にチープに見えてしまうのだ。
発表と同時に世界中から問い合わせが殺到、海外のイベントにも呼ばれ、熱狂的に受け入れられた。
「『necomimi』は最新技術ではありません。ハイエンドに注目したら、すごい値段になってしまう。逆にローエンドを見れば、性能は100分の1かもしれませんが、価格も100分の1です。最新技術がローエンドに降りてきたところで、安く製品を作る。スケールのインパクトが全然違う。ビジネス的には、安くなるか小さくなった時に新しい分野が立ち上がるチャンスなんです」
加賀谷氏は、これからは機械が人間を迎える時代が来ると予感している。
「脳波によって機械をコントロールする、テレビのチャンネルを変えたりエアコンの温度を変えたりですね、それはみなさんやってきた。でもそうじゃないんじゃないか? ユーザーの脳波を機械がキャッチすることで、見たい番組を自動的に選び、最適な室温に調整してくれる」
スマフォと連動、集中するとスマフォの録画機能が働き、興味を持った対象を記録する『neurocam』
脳波の状態に合わせて、自動的に最適な音楽を選んで流す『mico』
家庭内のあらゆるものとコミュニケーションが可能になる不思議なデバイス『mononome』
秘書や執事のように、言わずとも察して動く、気が利く機械というわけだ。変革は革命として始まるわけではない。小さな変革が無数に集まり、うねりとなって未来を切り開く。その変革のさざ波は、たしかにニューロウェアの取り組みから発信されている。
(取材・文/川口友万)