4日、インテル会長ジャチントン・ファケッティが入院先のミラノ・トゥモーリ病院で他界した。享年64歳の若さでの突然の訃報に国営放送を始め各テレビ局はトップで報道、イタリア国内が哀悼の意を表明した。1958年16歳で名門インテルのユニフォームに袖を通した長身DFファケッティは順調に頭角を現し、1963年に代表デビューを飾った。代表キャップ94試合3得点、W杯出場3回の輝かしい経歴に加え人格者として主将を任される存在だった。

36歳で現役に終止符を打ったファケッティは1985年、インテル幹部として第2の人生を歩み始める。現インテル・オーナーであるマッシモ・モラッティの右腕として2001年に副会長、2004年にはついに会長職に就任。代表時代のイメージを活かし、クラブの顔としてモラッティ・オーナーと二人三脚でクラブの発展に情熱を注ぎ続けた。

毎年恒例の大型補強が結果に繋がらず、厳しい批判を浴びる事は一度や二度ではなかった。だが、事態は一変。今季終了目前に発覚したカルチョ・スキャンダルによりユベントス、ACミランなどの名門が不正に絡む中、インテルは唯一の“潔白ビッグクラブ”として評価を上げた。クラブ経営に対する彼の真摯な姿勢がようやく世間に認められ始めた矢先だった。

突然の訃報は代表にも伝わった。代表監督ドナドーニは「子供の頃から憧れの存在だった。素晴らしい人格者だったのに・・・」、現主将でインテル所属歴もあるDFカンナバーロは「彼のプレイスタイル、ライフスタイルはエクセレントだった。実質2年間のインテル時代、主将として人間として学ぶべき存在だった」と追悼声明を発表した。

ネガティブ・イメージが漂うカルチョ界にあって、人格者ファケッティの死は関係者に衝撃を与えた。6日、ユーロ予選対フランス戦に挑むイタリア代表、“四つ星エンブレム”を胸に、喪章を袖にパリの地に立つ。