DVの暴力は、新たな暴力を生む。(イメージ写真:東雲吾衣)

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にぎやかな通りから一本入った路地の一画に、ひっそりと存在を隠すようにその店はある。気づかずに通り過ぎてしまい、もう一度注意深く辺りを見回すと、店名が書かれた扉を見つけることができた。店の雰囲気は、「存在を隠さなければならない」「加害者から逃げなければならない」という、DV問題が抱える特徴を体現しているのだろうか。都内某所、あるDV(家庭内暴力)被害者の支援団体が運営するレストランを訪ねた。

 DV被害者のための市民団体の代表・野本律子さん(58)は、DV問題を「あなた自身がパートナーとの関係で“自分を生きていない”と思ったら、それはDVです」と話す。多くのDV被害者の相談にのってきた野本さんは、穏やかだが言葉の端々に強い意志を感じさせる口調で「DV」について説明した。

自身のDV体験

 野本さん自身もDVの被害者だ。家にこもりがちで無職だった夫を置いて22年前、35歳の時に小学校5年生の娘を連れて都内の家を出た。夫はアルコール依存症。家で酒を飲んでは暴言を吐き、物を壊す日々が続いた。しかし、それは怒りに駆られた衝動的な破壊行為ではなく、妻が大事にしている物を“選びながら”壊すという意図的な行為だったのだと野本さんは振り返る。

 家を出てから1年以上かかって、ようやく離婚が成立した。離婚が成立するまでの間も、無職の夫に現金を渡し、「金がないので何も食べられない」という電話があれば食べ物を持って家を訪ねた。「わたしが我慢すれば彼は立ち直るのではないか」という葛藤(かっとう)が彼女の心を支配したのだという。しかしある日、フッと目からウロコが落ちる瞬間が訪れた。手渡した食べ物を投げつけられ、「立ち上がるのは彼自身でしかないんだ」と痛感したのだ。

世代間連鎖 暴力が暴力を生む

 離婚後も虚脱感から鬱(うつ)状態になり、カウンセリングを続けることになる。その中で気づいたことは「母との関係」。野本さんは「世代間連鎖」という言葉を使って、母と自分との関係、そしてDVを含む暴力問題を説明する。

 アルコール依存症などの問題を抱える男性をパートナーに選ぶ女性達は、親が同じような問題を抱えていた場合が多い。「暴力が暴力を生む」とよく言われるが、家庭内暴力は子どもの配偶者選択にまで影響を及ぼす。それが「世代間連鎖」なのだ。

 野本さんの父親もギャンブル依存症で、母親に暴力を振るっていた。しかし、普段は子煩悩な父親について、野本さんは「母よりも好きだった」と明かす。娘は、母親が父親に暴力を受けているとき、父親に媚びることでその場を取り繕おうとしていたという。

DV被害者支援 母への思い

 母は治療も受けないまま、自分がDV被害者だったことも知らないまま一生を終えた。母に共感できるようになったのも、DV支援がきっかけ。母を供養したいという思いもあるのかもしれない―。野本さんは現在のDV支援活動への思いをつぶやくようにこう語った。

 DV問題への意識の高まりを受け、DV防止法が成立したのが2001年。保護対象を拡大するなどした改正DV防止法は04年に施行されたが、支援は不十分だと野本さんは指摘する。DV支援には「相談」「安全確保」「法的支援」「再生」の4つのステージがある。しかし、法律で対応しているのは「安全確保」のステージのみ、被害女性達が駆け込むことができるシェルターも2週間という制限付きの保護となる。家庭内暴力DVに対応する支援者と公的支援の連携がスムーズに行かず、重大な被害に繋がるという例も少なくない。

 しかも、DV支援を行う民間団体も日本にはまだ数えるほどしかないのが現状だという。

企業のDV支援

 企業のDV支援の現状はどうだろう。日本で、社会貢献活動としてDV問題に特化した支援を行う企業はまだ少ない。

 そんな中、マイクロソフト(本社・東京都新宿区、ダレン・ヒューストン社長)は、「DV支援の先駆け的存在」(東京ボランティア・市民活動センター担当者)として、関係者からも注目される活動を行っている。

 同社は2002年から2年間、DV被害者女性のためにIT(情報技術)スキルの講習会を開催し、自立のための就職を後押しするCSR(企業の社会的責任)活動を行ってきた。受講者は600人ほど。そのうち約35人が就労を果たした。被害者に直接講習を行うだけではなく、ボランティア活動などを行うNPOにもITスキル講習のための指導を行い、受講者の裾野を広げていきたい考えだ。

 DV被害者がまず直面するのは経済的な問題。幼い子どもなどを抱えている場合、自活のすべを探しあぐねて、家を出ることをためらうケースも多い。同社の支援は、そのような被害者に就労のためのITスキル講習を行い、自立の手助けをしようという点で画期的だ。ITスキルを身につけることで、これまで就労経験がなかった女性でも、事務職などに就ける可能性が広がるのだという。

 社会貢献部の緒方麻弓子部長は同社のDV支援について、「ITの活用というマイクロソフトの強みを生かし、女性たちの自立に貢献できる」と話す。また、この講習はITスキルの習得だけではなく、被害者の自尊心や自信の回復にも役立っているのだという。「自信のない人は、また同じ(DVの)輪の中に入ってしまう。自立していこうという気持ちが大事。その手助けをしたい」(緒方部長)。

 しかし、企業のDV支援はなかなか進まないのが現状だ。その理由に関して、ある関係者は「日本社会がDVを家庭内の問題として、第3者の介入をタブー視してきたためではないか」と話す。「企業の中でも決裁権を持っているのは男性。DV問題は男性には耳の痛い話」とする関係者もいる。また、支援自体の難しさを挙げる関係者も。DV支援を行う際には、セキュリティーにも神経をとがらせなければならず、被害者の個人情報保護や安全な場所の確保など、課題は多い。(つづく

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