金融頼みには限界がある!大胆すぎるほどの政策が必要だ
アベノミクスの「第1の矢」である日銀の量的緩和政策後、マーケットは大きく反応し、多少の波乱はあっても円安・株高基調が続いてきた。物価も上がり始めた。だが、安心してはいけない。長期デフレにつかりきった家計や企業は円安・株高だけでは動じなくなっている。今こそ大胆な政策が求められている。
量的緩和とは、中央銀行がマネタリーベース(おカネの発行量)を継続的に増やすことだ。「100年に一度の大津波」といわれた2008年9月のリーマン・ショック後、米国のFRB(連邦準備制度理事会)を筆頭に米欧が実施してきた(下のグラフ参照)。日銀は安倍政権になって背中を強く押され、やっと追随した。
やり方は金融市場を活用する。まず、中央銀行は金融機関から国債などの金融資産を買い上げる。金融機関はそのおカネで株式を買えば、株価が上がる。銀行から融資を受ける消費者は住宅や車を買う。企業は株式市場から資金調達しやすくなり、設備投資を増やす。こうして需要が増える。他方、発行量が多い通貨の値打ちは、量の少ない通貨よりも落ちるので、通貨安となる。すると輸出が有利になる。通貨レートが安くなれば、物価が上がる。デフレは止まるし景気もよくなるはずだ、というシナリオだ。
米国は3次にわたる量的緩和によって、1930年代のような大恐慌は避けられた。そして、実体景気のほうは遅遅としながらも次第に上向いている。だが、日本は米国とは金融構造が大きく異なる。
早い話、日本の家計金融資産の54%は現預金で、株式などの証券資産は14%に過ぎない(2013年6月末現在)。米国とは真逆の状況で、株高による資産増効果は小さい。日銀の政策委員会の大勢は来年の消費者物価上昇率を消費税増税の影響分を含め3%前後とみているが、1年物の定期預金の利率は0・025%にすぎない。インフレ分を勘案すると家計資産はかなり目減りするだろう。
円安効果の波及も遅い。勤労者は3%以上の賃上げがないとフトコロ具合が悪くなる計算だが、企業雇用の3分の2を担う中小企業の多くは円安に伴う仕入れ原材料コストの上昇を販売価格に転嫁できない。大企業は別としても、賃上げも消費税増税分の価格転嫁も容易ではない。家計資産と賃金の双方から見ても、消費税増税はデフレ促進要因なのだ。
下のグラフは2012年10月を100とした各種経済指標だ。円安で株価はグンと押し上げられている。ところが、家計消費水準は消費税増税前の駆け込み需要のある住宅を除けば1年前より悪い。株高による高揚感は、東京・銀座の欧州製高級車店をブランド物で着飾ったセレブでにぎわせるだけのようだ。
円安でも一向に輸出が伸びず、貿易収支の赤字が増え続けている。量で見ると、輸出は東日本大震災後、最近に至るまで下落基調が止まっていない。輸入量は2010年初めから増加の一途をたどった後、アベノミクス開始後は伸びが止まったものの、赤字は高水準のまま推移している。リーマン・ショック後、さらに東日本大震災後の超円高局面で日本企業は海外生産拠点を増強し、そこからの部品・完成品の輸入を増やしている。日本からの現地への輸出型から、現地から日本への輸出型へとビジネスモデルを切り替えたのだ。それを元に戻すには、さらに円安を促進して定着させるしかない。
マーケットでは、今後の景気下降に備え、日銀の追加緩和を期待する向きが多い。だが、過去1年間ではっきりしたのは金融頼みの限界だ。日銀が動けば確かに株価は上昇するだろうが、マーケットはいずれ日本株売りの口実を探すにちがいない。それに追加緩和の余地は大きくない。
今後の焦点となるのは「第2の矢」の財政出動と「第3の矢」の成長戦略だが、いずれも迫力不足だ。5・5兆円の経済対策では消費税増税による家計負担8兆円を補えない。ならば、残る成長戦略の重みが増すが、これまでの戦略案は官僚の作文にとどまり、成長を担うべき主人公たちの顔が見えない。
本来、日本の今後を支える若者や現役世代、野心的な企業家、農業者たちの主導で新たな消費ブームや国内投資を沸き起こすことを考えるべきだ。規制緩和も法人税率引き下げも、そのためならば大胆すぎるほど大胆であってよい。
田村秀男(たむら・ひでお)
産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員
日本経済新聞ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、日経香港支局長、編集委員を経て現職。『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『円の未来』(光文社)、『財務省「オオカミ少年論」』(産経新聞出版)、『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)など著書多数。今、政府・日銀の金融経済政策運営に対して数多くの有益な提言を行なう気鋭のジャーナリストとして注目を集めている。
この記事は「WEBネットマネー2014年3月号」に掲載されたものです。
量的緩和とは、中央銀行がマネタリーベース(おカネの発行量)を継続的に増やすことだ。「100年に一度の大津波」といわれた2008年9月のリーマン・ショック後、米国のFRB(連邦準備制度理事会)を筆頭に米欧が実施してきた(下のグラフ参照)。日銀は安倍政権になって背中を強く押され、やっと追随した。
米国は3次にわたる量的緩和によって、1930年代のような大恐慌は避けられた。そして、実体景気のほうは遅遅としながらも次第に上向いている。だが、日本は米国とは金融構造が大きく異なる。
早い話、日本の家計金融資産の54%は現預金で、株式などの証券資産は14%に過ぎない(2013年6月末現在)。米国とは真逆の状況で、株高による資産増効果は小さい。日銀の政策委員会の大勢は来年の消費者物価上昇率を消費税増税の影響分を含め3%前後とみているが、1年物の定期預金の利率は0・025%にすぎない。インフレ分を勘案すると家計資産はかなり目減りするだろう。
円安効果の波及も遅い。勤労者は3%以上の賃上げがないとフトコロ具合が悪くなる計算だが、企業雇用の3分の2を担う中小企業の多くは円安に伴う仕入れ原材料コストの上昇を販売価格に転嫁できない。大企業は別としても、賃上げも消費税増税分の価格転嫁も容易ではない。家計資産と賃金の双方から見ても、消費税増税はデフレ促進要因なのだ。
下のグラフは2012年10月を100とした各種経済指標だ。円安で株価はグンと押し上げられている。ところが、家計消費水準は消費税増税前の駆け込み需要のある住宅を除けば1年前より悪い。株高による高揚感は、東京・銀座の欧州製高級車店をブランド物で着飾ったセレブでにぎわせるだけのようだ。
円安でも一向に輸出が伸びず、貿易収支の赤字が増え続けている。量で見ると、輸出は東日本大震災後、最近に至るまで下落基調が止まっていない。輸入量は2010年初めから増加の一途をたどった後、アベノミクス開始後は伸びが止まったものの、赤字は高水準のまま推移している。リーマン・ショック後、さらに東日本大震災後の超円高局面で日本企業は海外生産拠点を増強し、そこからの部品・完成品の輸入を増やしている。日本からの現地への輸出型から、現地から日本への輸出型へとビジネスモデルを切り替えたのだ。それを元に戻すには、さらに円安を促進して定着させるしかない。
マーケットでは、今後の景気下降に備え、日銀の追加緩和を期待する向きが多い。だが、過去1年間ではっきりしたのは金融頼みの限界だ。日銀が動けば確かに株価は上昇するだろうが、マーケットはいずれ日本株売りの口実を探すにちがいない。それに追加緩和の余地は大きくない。
今後の焦点となるのは「第2の矢」の財政出動と「第3の矢」の成長戦略だが、いずれも迫力不足だ。5・5兆円の経済対策では消費税増税による家計負担8兆円を補えない。ならば、残る成長戦略の重みが増すが、これまでの戦略案は官僚の作文にとどまり、成長を担うべき主人公たちの顔が見えない。
本来、日本の今後を支える若者や現役世代、野心的な企業家、農業者たちの主導で新たな消費ブームや国内投資を沸き起こすことを考えるべきだ。規制緩和も法人税率引き下げも、そのためならば大胆すぎるほど大胆であってよい。
田村秀男(たむら・ひでお)
産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員
日本経済新聞ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、日経香港支局長、編集委員を経て現職。『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『円の未来』(光文社)、『財務省「オオカミ少年論」』(産経新聞出版)、『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)など著書多数。今、政府・日銀の金融経済政策運営に対して数多くの有益な提言を行なう気鋭のジャーナリストとして注目を集めている。
この記事は「WEBネットマネー2014年3月号」に掲載されたものです。