プロの探偵も舌を巻く! ネット民の恐るべき個人情報特定法と行動力

写真拡大

10月7日、衣料品チェーン「ファッションセンターしまむら」で店員に言いがかりを付け、土下座写真をツイッターに投稿した40代の女性が強要罪で逮捕された。一部マスコミがようやくこの時点で女性の氏名を報道したのだが、実はインターネット上ではそれよりはるか前から“炎上”が起こり、彼女の個人情報を暴き立てて晒す“祭り”になっていた。

「ウレぴあ総研」でこの記事の完全版を見る【動画・画像付き】

ネット上で暴かれた個人情報は多岐にわたり、氏名・住所・生年月日・ツイッター以外のSNSアカウント名・マイカーの車種とナンバー・家族構成などなど……なぜか実家住所や出身高校名まですっぱ抜かれており、あげくにはスネーク(後述)行為によって本人や家族の写真まで撮影されていたのだ。

プロの捜査機関でも探偵でもないネット民が、どうやってこれほど詳しい個人情報を集めることができたのか。今回は過去の事例をいくつか挙げながら、その主な手法と、派手で痛快な“個人情報晒し”の裏に潜む危険性を調べてみた。

■情報集めの基本はSNSのログ調査

この夏に流行したいわゆる一連の「バイトテロ」(参考記事『【バイトテロ】犯人、店、親、ネット民…犯罪自慢で「法的責任」どこまで!? 弁護士に聞いた』 [ http://ure.pia.co.jp/articles/-/16861 ] )もそうだが、SNSが発端となる炎上騒ぎには一定のパターンがある。

・まず常識の欠けたユーザーがSNSに犯罪自慢を書き込む
・またたく間にその書き込みがSNSで拡散
・ネット掲示板の2ちゃんねるなどに飛び火し、住人による“個人情報の特定”が始まる
・調べられた個人情報は各種SNSにフィードバックされ、再び拡散

こうした個人情報を暴くのはおもに2ちゃんねる利用者であり、とりわけ「既婚女性板」にいる鬼女(きこんじょせい→きじょ)たちが主役を担うことが多い。彼女ら――実際に女性とは限らないが――は、普段こそ芸能人のゴシップや家事育児の悩みについて話したりしているが、ひとたび事件が起きればおそるべき情報収集能力を発揮する。そのため猛者が集う2ちゃんねる内でも「最強勢力の一つ」「鬼女板だけは敵にまわすな」と恐れられている。

鬼女に代表される特定班の有志は、まずネット上に魚拓を取ってからSNSの過去ログ(書き込み履歴)調査を開始することが多いようだ。

ここでいう魚拓とは、当事者がアカウントを消して逃亡した時に備えて証拠のツイートなどを保全しておくサイトのこと。「ツイッ拓」がその一例だ。

証拠保全しながらログをたどっていくと、過去の書き込みから当事者のさまざまな情報が見えてくる。あとはそこから芋づる式に辿っていくだけ。ツイッターでフルネームと誕生日を取得→mixiやフェイスブックで同名のユーザーを特定→さらに深い個人情報まで斬り込んでいく……という具合だ。この調査の進行度は常に2ちゃんねるなどの関連スレッドにアップされ、多くのネット民が情報共有しながら効率よく調べを進めていく。

SNSを取っかかりにした個人情報収集は、冒頭のしまむら土下座事件をはじめ、ステーキハウス「ブロンコビリー」を閉店に追いやったバイトテロ事件、「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」で迷惑行為を繰り返した大学生の事件など、ほとんどの事件で有効に活用されている。これらの当事者はありとあらゆる個人情報を割り出され、拡散させられたあげく、訴訟・逮捕・謝罪・停学・内定取り消しといった厳しいペナルティが課せられる末路となった。


鬼女たちが頼るのはSNSのログだけではない。いつもは「役立たず」「未成年や特定の国籍に配慮しすぎ」と蔑視しているマスコミをも積極的に活用している。その一例は2011年に起きた大津いじめ自殺事件。あるテレビ番組でこの件の関連書類が画面に映ったとき、黒塗りの修正が不十分だったため関係者名が透けて見える状態だったのだ。ここから2ちゃんねるでの「犯人晒し」は一気にヒートアップ。加害者(未成年)の氏名、写真、親の勤め先まで特定・拡散される事態となった。

また、2012年に報道され、学校側のあまりに不誠実な対応が問題となった仙台の高校での根性焼き事件。マスコミは具体的な学校名を伏せて報道したが、ニュース画面に映った背景(建物)から2ちゃんねるの住人たちが特定に成功した。このときに利用されたのがGoogleの提供するストリートビュー機能。おそらく報道で伝えられた「仙台市内の私立高校」という断片的ヒントをもとに人海戦術で総ざらいし、同じ風景のストリートビューを探し出したものと思われる。とんでもない執念である。

2ちゃんねる最強の調査力を誇る鬼女には他にもさまざまな伝説があり、「ニュースでモザイクがかかっていたにも関わらず木々の並びだけで場所特定した」「鉄棒の長さと高さだけから学校名を特定した」「鬼女板にスレッドが立って70分後にはもう住所特定していた」など、もはや“あんたらどこの国の秘密諜報員だよ”と言いたくなるほどだ。

■恐るべき“スネーク”たちの行動力

鬼女をはじめとしたネット上の特定班は、ときに現地へ赴いての調査も行なう。これは某有名ゲームに登場する凄腕エージェントにちなんで「スネーク」と呼ばれている。鬼女=スネークのように誤解されがちだが、鬼女に限った名称ではない。現地で潜入調査をするネット民、またはその行為自体をスネークというのだ。

スネークが活躍した印象的な事例としては、2011年の正月にお茶の間を賑わせた「グルーポンおせち事件」がある。

サイトに掲載された物とはまったく違うスカスカおせち料理が送られてきたこの件で、あるネット民が問題となった店舗を訪れてゴミの中から納品書を回収してきたという。写真付きでアップロードされた納品書によるとキャビアがランプフィッシュの卵だったり、鹿児島産黒豚がアメリカ産だったり、ずいぶん露骨な偽装表記をしていたことになる。この成果はのちに報道されたニュース内容と一致しており、2ちゃんねるのスネークがいかに有能かを広く知らしめた。

また、冒頭のしまむら土下座事件でも、当事者が鬼女のスネークによって撮影されネットに広く拡散することとなった。この撮影には100万円近い高級機材が用いられたとも言われ、鬼女の本気度がうかがい知れる。

しかし最初から不特定多数に公開されているSNSのログ収集とは違い、こうしたスネーク行為は「高度に秘匿されるべき個人情報」を積極的に暴くことにもつながるため、現実でもネット世界でも批判意見は少なくない。“知る権利”と“犯罪者への制裁”は、個人情報の保護よりも優先されるのか? 難しい問題である。

■プロも舌を巻く特定能力

このようにありとあらゆる手段で個人や企業の情報を集め、拡散させるネット民たち。その特定能力はプロから見てどれくらいの水準にあるのだろうか。元探偵のフリーライター・有沢呉蘭氏にいくつかの写真や事例を見せ、コメントをもらった。

「この写真(しまむら土下座事件の女性が車に乗りこむシーン)、やや画質が粗い点と相手がまったく撮影者に気づいていない点から、超望遠レンズを使って撮影したと思われます。大型のズームレンズは住宅地だと目立ちますから、撮影者はあらかじめ車で乗り付けて路肩などに止め、隠れて車内から撮ったのではないでしょうか。この画質なら証拠能力は充分で、なにより被写体と車のナンバーまで同じフレームに収めた構図が見事です。探偵の仕事としては満点ですね」と有沢氏は言う。

グルーポンおせち事件でゴミを漁って納品書を入手した件については、
「探偵の世界ではガーボロジーと呼ばれる手法ですね。簡単そうに思えますが、目標のゴミをすばやく正確に回収する計画性と実行力、それに袋を開けた瞬間の鼻が曲がりそうな悪臭に耐える根性などが要求されます。法律面での是非はともかく、成果だけ見ればこれもプロ級です」

さらに、部分的には本職さえも超えているという。「テレビに映った鉄棒や木などから正確に住所を特定する能力は、おそらくプロ以上です。こういった調査は人海戦術が基本ですから、全国あちこちに多数散らばるネットユーザーの独壇場でしょう。もし探偵社がこれを計画的にやろうと思ったら、とほうもない手間とコストがかかり現実的ではありません」

有沢氏は「もちろん本職の探偵にしかやれない調査手法はとても多いですが……」と前置きしながら、「今回見せてもらった分野の特定能力はプロと同等、もしくはそれ以上のように感じました」と話す。

■うかつな行動が招くリスク・問題点

ただし調査能力がプロに匹敵するとしても、問題点は残る。前出の有沢氏は2つの点を指摘する。

「1つ目は、責任の所在が曖昧なところです。たとえば離婚案件ですと、浮気調査は探偵、調停や訴訟になれば弁護士といった具合に責任の所在がはっきりしています。ですがネット上で暴露される個人情報は匿名ソースなので、いくらでも不完全な、または捏造した情報を拡散できます。『もし間違った情報が広まってしまったら誰が責任を取るのか?』という問題は常にあるでしょうね」

たしかにツイッターは別名「デマッター」と揶揄されるように、不正確な情報が広まってしまい問題になったケースは数え切れない。今回の記事テーマに合う事例だと、ある有名タレントが大津いじめ事件について書かれたネット上の誤情報を信じてしまい、いじめに関わった生徒と家族の情報をブログに載せ激しく糾弾した。ところがその一部にまったく無関係な人の情報があったことが判明。タレントは謝罪することとなった。

ヘビーなネット民は「2ちゃんねるやSNSで広がる情報の大半は嘘だから疑ってかかれ」という常識を知っているが、世の中そんなリテラシーがある人ばかりではない。“祭り”の熱狂のなかでろくに検証もされず間違った情報が書き込まれ、それがSNSを通じて事実のように拡散してしまうのだ。

「問題の2つ目は、潜入行動(スネーク)する人の安全確保ですね。プロの探偵はきちんと教育を受け、数をこなした経験がありますから、どこまで潜入していいのか、どこで引き返すべきかの線引きがきちんとできます。でも一般人はそうとは限りません。

たとえば風俗街まで相手を調べに行ったとき、うっかり暴力団のテリトリーを侵してしまい『あんたそこでカメラ持ってなにしとんのや?』と問い詰められる危険は常にあるんです。それに物騒なご時世ですから、住宅街での張り込みもいまや容易ではありません。付近住人から通報されるリスクは昔よりずっと高くなりました」

なるほど、攻め(撮影)にばかり気を取られ、自身の守り(通報リスク)がおそろかになることは素人だと多そうだ。ましてや犯罪者の個人情報を晒すスレッドで周囲から「スネークご苦労様。次も期待してます!」といった激励を受ければ、危険を顧みず突き進んでいってしまうかもしれない。

マスコミや法律は加害者ばかり守り、被害者の人権が置き去りにされがちな現代の日本。記者だってその理不尽にたびたび憤っている市民の一人だ。しかし自分たちに“大義”があるからといって、個人情報を晒すために何をやっても良いというわけではない。怒りや功名心に駆られて道を誤ることなく、冷静な判断力も常に持ちあわせていたいものだ。

こちらのレポートもどうぞ!
【バイトテロ】犯人、店、親、ネット民…犯罪自慢で「法的責任」どこまで!? 弁護士に聞いた [ http://ure.pia.co.jp/articles/-/16861 ]
弁護士に聞いた! 「ネットを騒がせた“キケンな書き込み”」は違法? [ http://ure.pia.co.jp/articles/-/15033 ]
元探偵が明かす、個人調査の実態と個人情報漏れの予防法 [ http://ure.pia.co.jp/articles/-/9303 ]
最大の敵は"依頼者"だった!? 元探偵が語る「受けてはいけない調査依頼」 [ http://ure.pia.co.jp/articles/-/14688 ]
元探偵が教える! “浮気調査するか悩むとき”やってはいけないNG行動7 [ http://ure.pia.co.jp/articles/-/17382 ]