中国では今、“過去最大規模”とも言われる深刻な大気汚染が発生している。

1月29日、中国の環境保護省は有害物質を含む濃霧が約130万平方キロメートルにわたって国土を覆っていると発表した。実に日本の3倍以上の面積だ。

濃霧に含まれているのは「PM2.5」と呼ばれる有害物質。人体の気管に容易に侵入することで危険視される、大気エアロゾル粒子(大気中に浮遊する微粒子)のうち、直径が2.5ミクロン以下の粒のことだ。

世界保健機関(WHO)の基準では1立方メートル当たり25マイクログラム(1マイクログラムは1mgの1000分の1)が限界値だが、昨今の北京市内では1立方メートル当たりで400マイクログラム前後が検出され続けている。アメリカ大使館の計測器が、1月中旬に基準値の35倍以上である886マイクログラムを観測したとの情報もある。

北京の地元紙によれば、今回の大気汚染の原因は、厳冬期を迎えた市内で消費される石油・石炭ストーブや排ガスによる汚染物質の排出だ。それに加えて、天津市や石家荘(せっかそう)市、保定(ほてい)市といった、環境汚染の規制基準が緩い郊外都市からの煙や煤(すす)の流入も大きいのだという。

中国当局の対応も、現地在住者の間に不安を広げている。北京に在住する日本人駐在員の川本修二さん(仮名・30代)が語る。

「当局発表だと、北京の大気汚染状況は12年連続で『改善』しているらしいです(笑)。でも、日本人や現地の中国人で健康に気を使っている人たちは、これらをまったく信じていない。アメリカ大使館が発表するPM2.5の検出数値の情報を収集して行動していますよ。スマホで大気汚染観測アプリをダウンロードして自衛策を立てる日本人も多くいます」

とはいえ、現地在住者がとれる対策は限られている。

「1月上旬に日本大使館から外出自粛を呼びかける一斉メールが流されたこともあり、自宅に引きこもる日本人が多いですね。『北京の汚染度はイラク戦争の戦場並み』『チェルノブイリ並み』などとデマも多く流れていますし、駐在員のなかには心が折れて帰国してしまう人も少なくありません。心身ともに限界ですよ」(川本さん)

同じく北京市内に住む、現地企業勤務の澤村千恵子さん(仮名・40代)も言う。

「インターナショナルスクールに子供を通わせている日本人や欧米人の家庭では、テスト期間中でも子供を学校に行かせない親もいます。子供を汚染された空気に触れさせたくないのです。試験に落ちるより、子供の命を守りたいんでしょう」

現地報道によれば、市内の病院ではこの大気汚染により呼吸器系疾患を訴える患者が急増中。ある児童病院では、せきやノドの痛みを訴える外来患者を一日に800人以上も診察しているという。

汚れた大気を吸い込む人体内部でも、深刻な“汚染”が起きることは想像に難くない。中国最大のネットショップ「淘宝網」には1月11日、12日のわずか2日間だけで約50万枚分ものマスクの注文が入り、北京だけで約14万枚が売れたという。さらに、ダイキンやシャープなどの空気清浄機も飛ぶように売れているようだ。

中国に社会混乱をもたらしつつある大気汚染問題。経済成長に邁進するのは結構だが、環境問題を"二の次”にするのは勘弁してほしい。

(取材・文/安田峰俊)

■週刊プレイボーイ7号「中国の『ダダ漏れ大気汚染』で、日本人に降りかかるこれだけの“被害”」より