右遊間の恋
米シアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだ川崎宗則。マイナー契約とは言え、憧れのイチローと同じチームでプレーできるチャンスを掴んだだけに、毎日が楽しくて仕方がない様子だ。
わが国のスポーツ紙は、そんな川崎の言動を紹介しているが、一方でチーム関係者、現地のメディア、ファンは川崎とイチローの関係をどう見ているのだろうか。
今年31歳になる大人が、尊敬してやまないとは言え、一人の男と野球をするためだけに、母国でのキャリアも、安定した生活も捨てたのだ。
わが国では師弟愛と美化されているが、現地では師弟愛を越えた、ある種の特別な関係と勘違いされていないか。かなり大きなお世話だろうが、気になる。
わが国のスポーツ紙は、そんな川崎の言動を紹介しているが、一方でチーム関係者、現地のメディア、ファンは川崎とイチローの関係をどう見ているのだろうか。
今年31歳になる大人が、尊敬してやまないとは言え、一人の男と野球をするためだけに、母国でのキャリアも、安定した生活も捨てたのだ。
これまでにも人種、国籍、文化、宗教、言語など、数々の壁を越えてきたメジャーリーグだが、いまだにアンタッチャブルな領域がある。選手の同性愛だ。過去に犯罪や禁止薬物の使用に手を染めた選手の復帰は許しても、同性愛の選手は認めていない。
ある調査によると、アメリカ人男性の4〜10%が同性愛者と言われている。またニューヨーク州、マサチューセッツ州、コネチカット州、アイオア州、バーモント州、ニューハンプシャー州などでは、同性同士の結婚が認められている。
それにも関わらず、メジャーリーグが同性愛者に厳しい目を向けているのは、同性愛者がメジャーリーグのタフでマッチョなイメージを損なうとされているためだ。
だからメジャーリーグは、リーグから同性愛の選手を排除しようとする。1976年から1979年にかけオークランド・アスレチックスやロサンゼルス・ドジャースで活躍したグレン・バークは、自伝「アウト・アット・ホーム」で同性愛者であることを告白したが、同時にドジャース時代に球団が「もし便宜上、(異性との)結婚に同意してくれたら、豪華なハネムーンをプレゼントする」と、バークの性癖を隠蔽しようとしたことを暴露。バークはこれを拒否しアスレチックスに放出されたが、新天地でもビリー・マーチン当時監督に「クラブハウスに同性愛者は要らない」と言われ、失意のままユニフォームを脱いだ。
1987年から1995年にデトロイト・タイガース、ドジャース、わが国の近鉄バファローズ、サンディエゴ・パドレスでプレーしたビリー・ビーン(アスレチックスのGMとは同姓同名で、別人)は、女性とのデートを装い、ゲイ・バーに入り浸っていた。
彼の自伝「ゴーイング・ジ・アザー・ウェイ」では、ドジャース時代、トミー・ラソーダ当時監督が同性愛者を侮蔑するジョークを乱発していたことを明らかにした。
他にも、ニューヨーク・メッツなどでプレーしたマイク・ピアッツァ、クリープランド・インディアンスなどに所属した多田野数人に疑惑の目が向けられると、球団はわざわざ否定、釈明の場を用意した。
そんな背景から、選手たちは例え同性愛者だとしても、それをひた隠しにする。デーブ・パローンはメジャーリーグで18年間審判を努め、同性愛の噂と球場外でのスキャンダルで職を失ったが、1990年発刊の自伝「マスクの後ろで:野球界での二重生活」で、「今や、メジャーリーグは同性愛の選手だけでオールスター・チームを構成できるようになった」と衝撃的な事実を明らかにしたが、同性愛の選手たちはその事実に口を閉ざしている。
スポーツ・イラストレイテッド誌の調査でも、回答の86%が「スポーツの世界に同性愛者がいること」を是認していたが、68%が「選手自身が同性愛者であることを告白することは、経歴に傷がつき、社会的信用を失う」と答えた。
メジャーリーグでは、同性愛はタブー。2010年に現役を引退したケン・グリフィー・ジュニアは、「同性愛者がチームメイトでもかまわない。プレーできるなら、それでいい」と、同性愛者に理解を示した。昨年タンパベイ・レイズでプレーしたジョニー・デーモン、先日引退を表明したボストン・レッドソックスのティム・ウェイクフィールドも、テレビ番組で同性愛者のコンサルタントがファッションについてアドバイスしたり、背中をマッサージすることに、特に反対しなかった。
だが、彼らは本当に少数派。多くのメジャーリーガーは、同性愛について口を閉ざしている。まさに、触らぬ神に祟りなしといったところか。
そんなメジャーリーグと同性愛を描いた小説が、ピーター・レフコートの「二遊間の恋 大リーグ・ドレフュス事件」(文春文庫)だ。
架空の球団ロサンゼルス・ヴァレー・ヴァイキングスの遊撃手、ランドルフ・マッカーサー・ドレフュス、通称ランディはチームを代表する選手。攻守に渡る活躍で将来の殿堂入りは確実で、町には彼の名前を冠したスーパー・マーケットもあった。才色兼備の妻、双子の娘にも恵まれ、プライベートも充実していた。
そんなランディが恋に落ちたのは、ダブル・プレーコンビのパートナー、2塁手のディガー・J・ピケット、通称D.Jだった。
初めての感情に戸惑いながらも、やがて互いの距離を縮めていくランディと、D.J。ついには一線を越えてしまう。
このことが公になり、ヴァイキングスのダブル・プレーコンビはコミッショナーに永久追放の処分を下されるのだが、はたして、この裁定は正しいのか。自由の国アメリカの国技であるベースボールは、愛する二人に自由を与えないのか。
興奮した男性器を「ルイスビルスラッガー」(バットのブランド)と言ったり、同性愛者を「左打者」と表現するなど、語り口は軽妙で読みやすいが、突きつけるテーマは実に重い。
特に終盤、グラウンドから追放されたランディとD.Jが、クーパーズタウンにある野球の殿堂を訪れるシーンにはぐっと来るものがある。
ただならぬ恋で、夢にまで見た殿堂入りへの道が閉ざされたランディは、殿堂に並ぶ、先達のレリーフを見て、隣のD.Jに言う。
「壁にかかったただの銅板だ。こんなものがなにになる?」。
ランディが改めて、野球ではなく愛を選んだ瞬間だった。
もちろん、イチローと川崎はランディとD.Jではない。だが、二人の愛をメジャーリーグはどう受け入れるのだろうか。
ある調査によると、アメリカ人男性の4〜10%が同性愛者と言われている。またニューヨーク州、マサチューセッツ州、コネチカット州、アイオア州、バーモント州、ニューハンプシャー州などでは、同性同士の結婚が認められている。
それにも関わらず、メジャーリーグが同性愛者に厳しい目を向けているのは、同性愛者がメジャーリーグのタフでマッチョなイメージを損なうとされているためだ。
だからメジャーリーグは、リーグから同性愛の選手を排除しようとする。1976年から1979年にかけオークランド・アスレチックスやロサンゼルス・ドジャースで活躍したグレン・バークは、自伝「アウト・アット・ホーム」で同性愛者であることを告白したが、同時にドジャース時代に球団が「もし便宜上、(異性との)結婚に同意してくれたら、豪華なハネムーンをプレゼントする」と、バークの性癖を隠蔽しようとしたことを暴露。バークはこれを拒否しアスレチックスに放出されたが、新天地でもビリー・マーチン当時監督に「クラブハウスに同性愛者は要らない」と言われ、失意のままユニフォームを脱いだ。
1987年から1995年にデトロイト・タイガース、ドジャース、わが国の近鉄バファローズ、サンディエゴ・パドレスでプレーしたビリー・ビーン(アスレチックスのGMとは同姓同名で、別人)は、女性とのデートを装い、ゲイ・バーに入り浸っていた。
彼の自伝「ゴーイング・ジ・アザー・ウェイ」では、ドジャース時代、トミー・ラソーダ当時監督が同性愛者を侮蔑するジョークを乱発していたことを明らかにした。
他にも、ニューヨーク・メッツなどでプレーしたマイク・ピアッツァ、クリープランド・インディアンスなどに所属した多田野数人に疑惑の目が向けられると、球団はわざわざ否定、釈明の場を用意した。
そんな背景から、選手たちは例え同性愛者だとしても、それをひた隠しにする。デーブ・パローンはメジャーリーグで18年間審判を努め、同性愛の噂と球場外でのスキャンダルで職を失ったが、1990年発刊の自伝「マスクの後ろで:野球界での二重生活」で、「今や、メジャーリーグは同性愛の選手だけでオールスター・チームを構成できるようになった」と衝撃的な事実を明らかにしたが、同性愛の選手たちはその事実に口を閉ざしている。
スポーツ・イラストレイテッド誌の調査でも、回答の86%が「スポーツの世界に同性愛者がいること」を是認していたが、68%が「選手自身が同性愛者であることを告白することは、経歴に傷がつき、社会的信用を失う」と答えた。
メジャーリーグでは、同性愛はタブー。2010年に現役を引退したケン・グリフィー・ジュニアは、「同性愛者がチームメイトでもかまわない。プレーできるなら、それでいい」と、同性愛者に理解を示した。昨年タンパベイ・レイズでプレーしたジョニー・デーモン、先日引退を表明したボストン・レッドソックスのティム・ウェイクフィールドも、テレビ番組で同性愛者のコンサルタントがファッションについてアドバイスしたり、背中をマッサージすることに、特に反対しなかった。
だが、彼らは本当に少数派。多くのメジャーリーガーは、同性愛について口を閉ざしている。まさに、触らぬ神に祟りなしといったところか。
そんなメジャーリーグと同性愛を描いた小説が、ピーター・レフコートの「二遊間の恋 大リーグ・ドレフュス事件」(文春文庫)だ。
架空の球団ロサンゼルス・ヴァレー・ヴァイキングスの遊撃手、ランドルフ・マッカーサー・ドレフュス、通称ランディはチームを代表する選手。攻守に渡る活躍で将来の殿堂入りは確実で、町には彼の名前を冠したスーパー・マーケットもあった。才色兼備の妻、双子の娘にも恵まれ、プライベートも充実していた。
そんなランディが恋に落ちたのは、ダブル・プレーコンビのパートナー、2塁手のディガー・J・ピケット、通称D.Jだった。
初めての感情に戸惑いながらも、やがて互いの距離を縮めていくランディと、D.J。ついには一線を越えてしまう。
このことが公になり、ヴァイキングスのダブル・プレーコンビはコミッショナーに永久追放の処分を下されるのだが、はたして、この裁定は正しいのか。自由の国アメリカの国技であるベースボールは、愛する二人に自由を与えないのか。
興奮した男性器を「ルイスビルスラッガー」(バットのブランド)と言ったり、同性愛者を「左打者」と表現するなど、語り口は軽妙で読みやすいが、突きつけるテーマは実に重い。
特に終盤、グラウンドから追放されたランディとD.Jが、クーパーズタウンにある野球の殿堂を訪れるシーンにはぐっと来るものがある。
ただならぬ恋で、夢にまで見た殿堂入りへの道が閉ざされたランディは、殿堂に並ぶ、先達のレリーフを見て、隣のD.Jに言う。
「壁にかかったただの銅板だ。こんなものがなにになる?」。
ランディが改めて、野球ではなく愛を選んだ瞬間だった。
もちろん、イチローと川崎はランディとD.Jではない。だが、二人の愛をメジャーリーグはどう受け入れるのだろうか。
バックスクリーンの下で 〜For All of Baseball Supporters〜
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