今回は、ある35歳男性が留学したケースを取り上げます。写真はイメージ(写真:iStock/franckreporter)

「いつか仕事辞めて海外に行ってやる」

5月の長期連休が明け、満員電車のストレスに耐えながらそんな思いを胸に秘めている方は、日本にどれくらいいらっしゃるのでしょうか。

留学の仕事をしている中で、30歳以上、特に30代後半で留学を考えている方は、年々増えていると感じています。30代後半というと、一昔前は会社の中では中間管理職に就き、もう少し頑張れば課長職も目前、結婚して中学生くらいの子どもがいるといったイメージだったかもしれません。ですが、今はかなり様子が違います。

同じ会社で長年勤め上げれば、出世して給与も上がるといった終身雇用の前提は薄れ、ビジネスの上でもより瞬発力や実践力が求められる機会が高まってきています。勢いのあるベンチャー企業を中心に、20代でよりクリエイティブでITリテラシーの高い若者が台頭してきており、先輩社員からコツコツやることの美徳を学んだアラフォー世代は、今後30年近く仕事をするにあたり、焦りを感じ始めていても不思議ではありません。

筆者が留学のお手伝いをした次に出てくるAさんもそんな一人だったのかもしれません。

Aさん 35歳(男性)量販店店長の場合

もともと旅が好きだったAさんは、学生の頃はバックパッカーとしてアメリカ大陸を横断するなど、海外志向の強い人でした。ただ、英語を仕事で使うという自信もなく、就職したのは地元の大手紳士服量販店でした。持ち前の真面目さとコミュニケーション力の高さを活かして、27歳の時に店長に昇進、一見すると順調な生活を送っていました。

しかし30歳になると、同期や後輩たちの出世が目立つようになります。その上、もともと人手不足やクレーム処理のため休日返上で働き詰めだったのもあり、この頃から頻繁にめまいがするようになり、ひどい日は仕事に行けない日も出てきました。

「このまま歯車として一生働き詰めでいいのか」と、この頃から何度も考えるようになり、Aさんの仕事に対するモチベーションは著しく低下していきました。

そして35歳になったとき「このまま同じ会社で働いても、出世も見込めないし、もしこのまま、めまいが悪化して倒れたとしても会社は何もしてくれない」。そう思ったAさんは、10年以上年勤めた会社を退職しました。

そこで、英語とビジネスを学び直して、昔の念願だった外資系のアパレル企業への転職を目指そうと決意しました。正直なところ、どん底だったモチベーションの回復も図ろうという狙いもあったそうです。

一念発起して35歳でカナダに留学

3カ月間の準備期間を経て、カナダ・トロントの大学に半年間の予定で留学をしました。トロントを選んだのは、他の留学先に比べて日本人が少なめで、今までAさん自身が行ったことがない国だったから。新しい環境で再出発をしたいという気持ちだったそうです。

英語を使うのも、ほぼ大学生の時以来だったため、読み書きはなんとかできるものの、会話は挨拶すらままならない状態でした。英語のレベル分けテストでは、Lower Intermediate(初級と中級の間)と診断されて、授業がスタートしたといいます。クラスメートには年下が多いものの、ドイツ・イタリア・メキシコ・ブラジル・韓国・台湾と国際色豊かで、特に欧米の参加者は見た目や振る舞いも大人っぽく見えるため、それほど違和感はなかったそうです。

授業は実際とても興味深いものでした。会話中心のため、特にテーマごとのディスカッションになると、国ごとの考え方の違いが出て面白かったといいます。それぞれの国で盛んなスポーツや食生活について、またあるときは高齢化問題や環境問題など、英語だけでなく自分の意見を発信するということの難しさを実感する機会となったようです。

逆に自分の意見を発信できたのは、ビジネスの話題になったときでした。実際に先生よりも仕事の経験値が豊富であったため、クラスメートより一目おかれる瞬間があり、自信がついたと振り返ります。

トロントでの半年間の留学の成果として、英語のブレイクスルー(わからない状態からわかる状態に変わる瞬間)を経験しました。日系メディアでのインターンシップも経て、最終的には英語で簡単なプレゼンテーションができるレベルまで上達したAさん。意外なことに、社会人留学の最大の収穫は、英語とは別のところにあったそうです。

それは、徹底的にリフレッシュできた結果、仕事へのモチベーションが以前にもまして高まったということ。半年後には、早く日本で仕事に復帰したい、学んだことを試してみたい!という気持ちになったようです。

前向きになれた理由は、他にもありました。留学前は11年間の会社生活の中で、自分のキャラクターを固定化してしまい、会社や周囲の期待に応えるべく勝手に可能性を狭く見積もっていたことに気付いたのです。海外では会う人全員が初対面なので、ゼロイチで新たに自己を発信する必要があり、新たな自分の可能性についても知る機会となりました。

帰国後は、念願だった外資系のアパレルの管理職として内定をもらうことができました。しかし、新たな分野となる留学ビジネスに挑戦することに決めました。留学する人を支援するコンサルタントの道を選んだのです。給与や職位も下がるため、どちらかと言うと険しい道への決断でしたが、人生後半に向けてより可能性を広げることができる気がしたから、そう決断したそうです。

現在は、持ち前のコミュニケーション力と営業力を活かして、グローバルな舞台で活躍されています。これからは、外資系の教育機関にキャリアアップしていくそうです。

Aさんの事例から学ぶ成功のポイントとして、「留学前の会社勤めでの一定の実績」「独身もしくは家族の理解がある」「留学予算がある(Aさんの場合 6カ月で190万円)」の3つの要素が挙げられます。今回のAさんが半年間の留学で得たものをまとめると以下のようになります。

Aさんが社会人留学で得たもの 

英語について

英語力の向上(TOEIC 600点→815点)
ビジネス英語習得の修了証
海外での職業経験(日系のテレビ局でのインターンシップ)

英語以外について

心身ともにリフレッシュ(めまいも改善)
自信がつきモチベーションの向上
自己再発見

人生100年と言われる中で、人生後半での巻き返しを図るべく、アラフォーの海外での学び直しも少しずつ増えています。

日系企業の間では、復職のリスクがありますので、MBA留学以外は今までは社会的に認めにくい選択でしたが、日本の働き方も変化している中で、今後は選択肢の一つにしてもいいのではないでしょうか。