90年以上の歴史を持つ老舗百貨店・松屋の銀座店。直近は店舗の売り上げが好調に推移している(撮影:今井康一)

「脅威」と思われた外部環境の変化だったが、意外にもプラスの効果が大きかったようだ。

東京・銀座に店を構える老舗百貨店の松屋。90年以上前からたたずむこの銀座店(以下、松屋銀座)が活況を呈している。今年7月以降、同店の売上高は前年同月比でプラス基調を維持しており、直近の11月は前年同月比12.3%増という高い伸びを示した。

呼び水となった「GINZA SIX

2016年は訪日客の高額消費が落ち込み、苦戦を強いられた松屋銀座だったが、今年の夏以降、潮目が変わりつつある。きっかけは、今年4月に銀座松屋の近隣に大型のラグジュアリーモール「GINZA SIX(ギンザ シックス)」が開業したことだ。

ギンザ シックスはJ.フロント リテイリングの中核企業である大丸松坂屋百貨店の松坂屋銀座店の跡地を中心に開発。運営は大丸松坂屋百貨店以外にも、森ビルや住友商事など複数社で行っている。

J.フロント リテイリングの山本良一社長は「開業以降、1日平均入店客数は平日で約4.3万人。土日祝日で各約6.7万人。このペースでいけば、当初目標としていた年間2000万人を超えるだろう」と手応えを感じている。

話題性のある商業施設が近くオープンすれば、松屋銀座のような近隣店舗にとっては顧客を奪われるため、売り上げが落ち込む要因となりかねない。だが、ギンザ シックスが呼び水となり、銀座エリアを訪れる人が急増。訪日外国人や日本の地方客を中心に、「普段とは違う顧客層が銀座エリアに増えている」(松屋の帯刀保憲専務)という。

この好機を逃すわけにはいかない。そこで松屋銀座が仕掛けたのが、百貨店の定番イベントである催事の強化だ。

1900年代初頭に誕生した日本の百貨店は単に店頭での小売りを展開してきたのではなく、地域文化の構築に寄与してきた歴史がある。行楽施設が少なかった時代から「家族で楽しめる場」として、美術展や地方物産展などの催事を頻繁に開催してきた。


松屋銀座で11月末から12月上旬にかけて開催した「ムーミン パペット・アニメーション展」。土日は入場までに10分以上の行列ができていた(記者撮影)

高級ブランドなどのテナントを集めて運営するショッピングセンター型のギンザ シックスは、全館で統一した催し物や地域密着型のイベントを展開することが難しい。そのため、松屋銀座は催事強化こそが、ギンザ シックスとの差別化になるとみており、百貨店としての「原点回帰」とも言える催事の再強化に乗り出した。

催事の数は倍以上に増加

松屋銀座では芸術などと絡めた展示会「文化催事」の回数は、年間で10本程度だったが、今2018年2月期は前期(2017年3〜8月)だけで16本も実施。下期(2017年9月〜2018年2月)も約10本を計画している。加えて、男性用スーツのバーゲンなど売り出しものを中心とする「物販催事」も積極化している。

松屋銀座の催事の特徴は、ターゲット顧客を明確にし、趣味趣向に着目した内容を打ち出している点にある。また、催事と連動した売り場を各フロアに設けて、全館を挙げて取り組んでいることも際立つ。 


物販コーナーでは、ムーミンの関連商品として、クッキー缶やほうじ茶などが販売されており、女性客中心の購入が目立っていた(記者撮影)

たとえば、11月末から12月11日まで開催した「ムーミン パペット・アニメーション展」は、同店で4回目となるムーミン展で、最も人気のある催事の1つだ。

今回は12月に公開されたムーミンのパペット・アニメーションで使用された人形やセットの模型を展示。1000種類以上のグッズを販売する物販コーナーも併設した。ターゲットとして設定していたOLや中高年の女性層、家族連れなどが数多く押し寄せた。


松屋銀座のリビングフロアではムーミンのイラストが入った食器が販売されていた(記者撮影)

「最近の催事は写真を撮ってもらって、インスタグラムなどのSNSで発信してもらって『なんぼ』の世界」(松屋銀座の担当者)と、エレベーターの扉や通路案内など店内の随所にムーミンのイラストをあしらうなど、ファンを意識した細かな仕掛けも打った。

それだけではない。ムーミンの作家トーベ・ヤンソンがフィンランド出身ということもあり、松屋銀座はムーミン展と同時に、「ライフ イン フィンランド」展を開催。7階のリビングフロアではフィンランドの食器や家具などを販売。地下の食品売り場には、日本初上陸となるフィンランドのクラフトビールやチョコレートをそろえた。

状況が一変するリスクも

ほかにも、11月の初旬に展開した「アロマフェア」では35〜50歳の女性をメインターゲットに100種類以上のアロマを販売したほか、毎年2月ごろに開く「中古カメラ市」や、春と秋に行われる「着物市」も顧客からの支持が高く、定番催事となっている。

これらの取り組みが実を結びつつあり、松屋の今上期の売上高は426億円(前年同期比2.2%増)、営業利益5.6億円(同122.2%増)と増収増益で着地。通期でも売上高890億円(前期比3.1%増)、営業利益19億円(同53.1%増)と、回復軌道を描く。

ただ、松屋銀座の改装費用や減価償却費が利益を圧迫し、2016年2月期の水準(売上高929億円、営業利益26億円)には達していない。集客は順調ながら、現在旺盛な訪日客需要は各国の政策ひとつで状況が一変するリスクもはらんでいる。催事強化という「熟練戦術」で本格回復を狙う松屋だが、同時に外部環境の変化に耐えうる「次の一手」も求められている。