大学の学費が高騰を続ける2つの理由
■国立大学の学費は16年間で6割増加
少子化で子どもの数が減っているのに、なぜ学費は上がっているのか――。そんな疑問を抱く人も多いだろう。事実、国立大学の授業料は、1990年の33万9600円から53万5800円へと約6割も上昇。「国立大学に入学してくれれば何とかなる」という親の期待は通用しないのかもしれない。
大学は全入時代と言われて久しく、入学希望者が入学定員を下回る状態の大学は増え続けており、「2018年問題」でさらに加速する可能性もある。下げ止まっていた18歳人口が再び減少に転じると予測されているからだ。「需要が減れば価格が下がる」というのは経済の基本原理だが、学費においてはなぜそれが通用しないのか。
日本総研経営戦略クラスター長・主席研究員の東秀樹氏は「国の政策転換が学費の値上げにつながっている」と指摘する。
そもそも国立大学の運営費は、国の「運営費交付金」がその多くを占める。16年度で約44%だ。この交付金が年々下がっている。「これは04年に国立大学が法人化され、受益者負担へと政策が転換されたからです」(東氏)
国立大学は、高等教育への機会均等を確保するために設置されているが、国の財政が厳しいことから「一定の受益者負担を求めよう」ということだ。実際、法人化された04年度から16年までの12年間で1470億円(11.8%)の交付金が削減されている。削減された分を授業料の値上げで賄ってきた。
「15年12月、文部科学省はこのまま交付金の削減が続くと、国立大学の授業料が31年度には年間約93万円になると試算を公表し、物議を醸しました。のちに文部科学省はあくまで計算上の数字で実際に上がることを決定したのではないと撤回しましたが、財政が厳しいなか、今後政府がどれだけ教育に財源を割くことができるかは難しい問題です」(東氏)
年間約93万円とすれば、さらに約40万円の値上げを想定していることになる。国税庁の調査をもとに概算すると、会社員の平均月収は約35万円(15年分)。約54万円という現在の学費は月収の約1.5倍。学費が約93万円まで上昇すれば、月収の約2.7倍に。そこまで学費を負担して大学に通わせる意味があるのか、という費用対効果としての疑問も生じる。
国立大学の「運営費交付金」に当たる私立大学の「私立大学等経常費補助金」の支給はほぼ横ばいだが、もともと支給金額が少なく、収入の多くを学生からの学費で賄っている現状がある。一方で人件費や設備費、研究費などの経費が年々かさんでいるため、私立大学でも授業料の値上げが続いている。
■進学は金銭的価値が重視される時代に
「大学に通う価値を親子で考え直してみる必要があるでしょうね」(東氏)
東氏によると、大学を卒業した場合の価値は金銭的な価値と非金銭的な価値に分けられるという。金銭的な価値の代表は、「生涯賃金の上昇」だ。学費を上回る収入増があれば進学の価値がある。対して非金銭的価値の代表は「学歴」だ。進学率が低いときには、「大卒というだけでいい会社に就職できる」「周囲から尊敬される」などのメリットがあった。
「全入時代にあっては、非金銭的な価値は、今までと比較して相対的に下がりますから、金銭的価値がより問われる時代になります」(東氏)
労働政策研究・研修機構の発表によると、引退までの生涯賃金は高卒男性が約2億4500万円。対して大学・大学院卒の男性は約3億2000万円と明らかに多い(図表2左)。しかし、これは平均値。ファイナンシャルプランナーの菅原直子氏はこう指摘する。
「高卒で従業員数1000人以上の大企業に就職した場合と、大学・大学院卒で従業員数10〜99人の中小企業に就職した場合で見ると、高卒のほうが生涯年収は高くなります」(図表2右)
■東大と下位大学、生涯賃金で7600万円の差
大企業に就職できないのであれば、大学進学は意味がないとも言える。大学別に年収を見てみるとどうか。転職サービス「DODA」の調査によると、平均年収ランキングのトップ10には難関大学が並ぶ(図表3)。東京大学と下位の大学では年収で200万円近い差が生じている。この差が変わらないとすれば、22歳から60歳までの38年間の生涯賃金では7600万円の差が出る。
「家計に余裕がある場合や給付型の奨学金を獲得し学費負担に無理がない場合には、子どもを大学進学させてもいいでしょうが、家計が厳しい場合には、進学する意味があるか、しっかりと考える必要があるでしょう」(菅原氏)
東氏は、子どもを大学に進学させる意味があるかどうかを判断するために「今後は2つのリテラシーが欠かせなくなる」という。ひとつは情報リテラシーだ。今後は大学や学部によって、金銭的な価値が大きく左右される可能性が高い。たとえば、いま話題のAI(人工知能)の進化で数多くの職業がなくなると言われている。このような時代の流れに対応した職業選択をするためには、情報を収集して判断するリテラシーが求められる。
もうひとつは金融リテラシー。学費を賄う方法として、さまざまな奨学金やローンがある。借りるべきか、借りるならどれが最も有利なのか、判断するリテラシーが必要だ。また、子どもの判断能力を養うことも重要だ。
「親が知っている範囲で構わないので、『この仕事ならこの程度の収入が得られる』ことを子どもに教え、職業の選択をイメージしやすくすることも大切」(菅原氏)だという。
大学を卒業しても正社員になれず、奨学金の返済に苦しむ新社会人が多い。そんな思いをさせないために、進学時点での選択が重要になっている。
(向山 勇)