12月3日に行なわれたドイツ・ブンデスリーガで、疑問を誘う判定があった。ライプツィヒ対シャルケ戦で、前半開始早々に下されたPKである。

 ライプツィヒのFWヴェルナーが相手ペナルティエリア内へ侵入すると、シャルケのGKフェールマンが足元へ飛び込んでいく。ヴェルナーは倒れ、ダンカート主審はPKを宣告した。

 GKフェールマンは驚きの表情を浮かべ、すぐに主審へ詰め寄った。自分はヴェルナーに触っていないと、主審に体当たりするぐらいの勢いで主張する。視界判定は覆らず、フェールマンはイエローカードを受けることになる。

 前半開始早々に生まれたこのPKは、当然のことながら試合の結果に影響を及ぼした。シャルケが一度は同点に追いついたものの、勝利したのはライプツィなのである。昇格1年目でブンデスリーガに旋風を巻き起こしているクラブは、リーグ戦の連勝記録を「8」に伸ばした。

 しかし、試合が終わってもPKにまつわる論議は続く。

 ドイツの地方紙『WAZ』は、フェールマン、ヴェルナー、そしてダンカート主審のコメントを掲載している。それによれば、ヴェルナーは「フェールマンは自分に触っていないと主審に伝えた」というのだ。

 ダンカート主審は「ヴェルナーとは何も話していない」と否定したが、自らの非は認めた。「テレビを後で見ると、ミスジャッジであったことは明らか。申し訳ない」と発言したのである。

 PKをめぐるジャッジは、Jリーグのチャンピオンシップでも物議を醸した。11月29日の決勝第1戦で、浦和レッズに与えられたPKである。

 利益を得る者と不利益を被る者を、PKははっきりと色分けする。それが微妙なジャッジであれば、PKを取られたチーム側から不満が漏れるのは避けがたい。

 ゴールラインを割ったかどうかについては、ゴールラインテクノロジーが主審の補助をしてくれる。追加副審もいる。だが、ハイテク技術が導入されていっても、主審をロボットにすることはできないだろう。ということは、PKにまつわる微妙な判定は、これからも起こり得る。

 今回のダンカート主審のように、ドイツ・ブンデスリーガでは主審のコメントを新聞で見つけることができる。取材を受けている、ということだ。

 一方のJリーグは、主審自らが記者の前に出てくることは基本的にない。「何を言っても言い訳に聞こえてしまう」とか、「批判が巻き起こっているところに、さらに火に油を注いでしまう」といった判断が、働いているのだろうか。

 自分がシャルケのサポーターだったらどう感じるか、と考えてみる。

 いまさら誤審を認めたところで、試合の結果は変わらない。ライプツィヒにPKが与えられなければ、シャルケは最低でも引き分けることはできた。勝点を盗まれたような気持ちになるかもしれない。

 ただ、「もう終わったことだ」として沈黙を守られたら、それはそれで歯がゆくてやりきれない。行き先を見つけられないストレスが、ずっと燻ってしまう気がする。
次にダンカート主審がシャルケのゲームを担当したときには、それまでよりも厳しい眼で見てしまう。そして、シャルケが微妙な判定を受けるたびに、「またかよ」という気持ちがどんどんと膨らんでいく。たとえば、勝点1差でCLの出場権を逃したりしたら、ライプツィヒ戦が真っ先に思い浮かぶだろう。最終的にはダンカート主審を、敵視してしまうかもしれない。

 それならば、ミスはミスだったと認めてくれたほうが、まだしも前向きな関係を築くことにつながると思う。何よりも、キックオフ前から不信感を抱くような関係は、誰にとっても幸せではないと思うのだ。