東京都港区。

東京の中心であるこのエリアには、数多くの“ロマンス”が詰まっている。ドラマみたいな出来事や、ドラマ以上の出来事が港区で過ごしていれば、降りかかってくることもある。

この“港区ラブストーリー”は、2007年に出逢った26歳の女と24歳の男の2016年までの恋模様、“あの日、あの時、港区のあの場所で”の様子を描き出していく。



2007年、麻布十番の居酒屋で知り合った、ラジオ局勤務のさとみとテレビ局でADをしている潤。年齢が近く、仕事でも同じような業界に身を置き、お互い港区に住んでいる二人。さとみに一目惚れした潤は真剣に告白するが、さとみの返事は…?




2008年:赤坂サカスがオープン


AKB48が初出場を果たした紅白を友人宅で見て、さとみの2007年は幕を下ろした。新たな恋は始まっていない。さとみのことを運命の相手だと言った潤とも、結局付き合うには至っていない。

『天現寺カフェ』での思いがけない告白は、嬉しくなかったと言えば嘘になる。だが、こちらが運命を感じていないのに熱烈なアピールをされても、温度差が広がるばかりだ。

潤にはきちんと断ったが、それでも彼は「そんなに簡単に諦めないよ」と言って、さとみが面倒に思わない程度に連絡を寄越し、「軽く飲みに行かない?」と誘ってくる。さとみは断ることが多いが、気まぐれで行くこともある。

予定のない金曜の夜や、仕事のストレスが溜まって飲みたい時には遠慮せず愚痴を言っても、潤は聞いてくれる。言いたいことを言ってスッキリしたら「明日も早いから、もう帰るね」と言ってあっさり帰る。

そんな風に、わがままな素振りをしても「そこも可愛いよ」と言ってくれる彼は、恋愛感情は湧いてこないが、気楽で居心地が良い。さとみは、異性の友人としてなら最高なのにな、と度々思うばかりだった。

そして、潤の告白から半年以上が過ぎた頃。テレビでは女芸人が親指を立てて「グ〜」と言うだけのギャグが大流行し、どこのコンビニへ行っても青山テルマの「そばにいるね」が流れていたある日、藁にもすがる思いで、さとみは潤へ電話した。


さとみ、仕事のピンチ!頼れるのは、潤だった…?


「久しぶり。急で悪いんだけど、タレントの早川ユウのマネージャーを紹介してくれない?」

潤は、携帯から流れるMr.Childrenの「Sign」の着メロに起こされた。早朝に受けた電話の向こうからは、さとみの切羽詰まった声が聞こえる。どうにか働き出した頭で聞くと、さとみが提出した新番組の企画に、タレントの早川ユウを使いたいのだが、一度オファーを断られたのだと言う。彼ありきでないと通らない企画で、これをどうしても通したいさとみは、担当マネージャーを直接紹介してもらえないかと潤に頼んできたのだ。

さくらテレビでADをしている潤は、何度か現場でユウと一緒になったことがある。彼の担当マネージャーとは、番組の打ち上げで何度も飲み、かわいがってもらっているのだと、以前さとみに話したことを思い出した。

「一度繋いでもらえれば、あとは頑張るから」とさとみは言った。正面からオファーを出しても、売れっ子の場合、担当マネージャーまで話が上がらないこともあるのは、潤もよくわかっている。

一旦電話を切ると、潤はベッドからのそりと這い出て、携帯の電話帳からユウのマネージャーのアドレスを探した。



待ち合わせ場所は、3月にオープンしたばかりの赤坂サカスにした。今日は珍しくさとみから潤を誘い、ご馳走するつもりでBizタワーに入っている『デリリウムカフェ』を予約している。潤に先日のお礼をするためだ。




彼が直接担当マネージャーに話しを繋いでくれたおかげで、一度断られたオファーも通り、新番組の企画は順調に進んでいた。さとみも意外な程とんとん拍子にうまくいき、潤にきちんとお礼をしたかったのだ。

待ち合わせに現れた彼が、「時間あるならちょっとこの辺歩いてみない?」言うので、赤坂BLITZやACTシアターの方まで歩いた。歩きながら、今度は一緒に舞台でも観に来ようと誘われた。夕暮れ時のこの時間、日が長くなったことに気づき、夏が近づいていることを感じてさとみは嬉しくなった。


潤、思わずあのセリフを口走る!


ビールで乾杯して、さとみがあらたまって潤へお礼を言うと、「さとみちゃんの役に立てて嬉しいよ」と本当に嬉しそうな顔をする。優しいなと思いながらも、やはり彼へ恋愛感情が湧くことはなく、気づけば過去の不倫の話しを赤裸々に語っていた。

「別れないって言いながらも、私の方が好きっていうから、いつか一緒になれると思ってた。」

ベルギービールを3杯飲んでアルコールがまわり、少しだけ涙を浮かべながらさとみは言う。潤は少し困った顔をしながら彼女を励まし「俺だったら、さとみちゃんにそんな思いは絶対させないよ」とアピールも忘れなかった。

潤は、明るい話題に変えようと、「7月に、やっとiPhoneが発売されるね。俺、高校生の時からdocomo信者だったからSoftBankに替えるのは抵抗あるけど、それでもiPhoneにしようと思ってるよ。さとみちゃんもiPhoneに替えたりする?」と話しを振っても、反応はイマイチだ。

潤が、どうしたものかと思っていると、彼女は、持っていたグラスを置いて、右手を見ながらつぶやいた。

「必死で、この手で掴もうとしていた幸せは、幻想だったのかな。」

「じゃあ、左手開けてごらん。俺、いない?」

反射的に、潤は言った。一瞬の沈黙のあと、さとみが「…え?」と言って声を出して笑うと、潤は右腕で口と顔を覆いながら、顔を赤くしている。

「やばい、すっげー恥ずかしい…!何、俺」と言って驚いた顔をしている彼を見て、さとみはさらに笑いが止まらなかった。

この日を境に、さとみからも彼を誘うようになった。だがタイミングは合わず、逆に潤から誘われても、さとみの仕事が立て込んでおり、断ることが続いた。結局会ったのは、1ヶ月以上後で、北京オリンピックの開幕が近づいたある日の夜だった。




久しぶりに会った潤は、妙にそっけなく、なんだかとても冷たかった。いつもさとみのことを褒めてばかりいた彼が、なんだかよそよそしく、さとみが話しを振っても盛り上がらない。

会って1時間程で「帰ろうかな」と呟くと、「そっか。気をつけて」としか言わない。いつもであれば一度は引き止め、近くまで送ると言う彼が、今日は何も言ってこない。3日前、メールで約束した時は嬉しそうな文面だったから余計に不思議だった。

帰ると言った手前、さとみは会計を済ませて店を出る。帰り道、携帯を開いても彼からの連絡はこない。好感度が上がっていただけに、潤の態度の変わりように戸惑った。

ー他に好きな子でもできた…?ー

さとみはこの日、家に帰っても潤のことばかりを考えていた。

次回vol.3:潤のそっけない態度の理由は、まさかの…



天現寺カフェ:全国から選りすぐりの品を集めた‘お取り寄せ’がコンセプト。併設しているカフェではお取り寄せスイーツを1カットからいただくことができ、スイーツに合う飲み物や、こだわりのワインと料理も楽しめる。専属のブレンダーが、季節や体調に合わせてブレンドするハーブティーは30種類以上を常備し、心と身体にピッタリな一杯に出会えるはず。

ベルギービール デリリウムカフェ レゼルブ:樽生だけで50種類、ボトルを合わせれば100種類以上のベルギービールを揃えるビアカフェ。ベルギーの醸造家と直接交渉して輸入したビールが豊富に揃うほか、フランス、スペイン、アルザスなどのワインも充実。黒毛和牛門崎熟成肉や白金豚Tボーンなど、ビールに合うメニューが楽しめる。