【北朝鮮】脱北ギタリストが語る「宣伝ソングで政治姿勢がわかる」
2000年代後半に脱北するまで、北朝鮮の金日成、金正日政権下で、朝鮮労働党専属楽団のギタリストを務めた経験を持つ「脱北ミュージシャン」、李相峯(イ・サンボン)氏(仮名・年齢非公表)。独裁体制を礼賛する宣伝歌、軍歌には、その時々の政権の思惑や意向が如実に反映される。
前回記事で、李氏が披露した「イムジン河」は金日成政権時代の歌で、対話による朝鮮半島統一を目指す金日成国家主席の「温和路線」を象徴していた。
しかし、息子の金正日総書記は、政権の座に座って路線を180度転換。南北統一のためには武力行使も辞さぬ「強硬路線」に舵を切った。
消えた「平和」の文字その変化は、宣伝ソングでも見て取れる。
「金正日政権になって、金日成時代の『平和統一』というスローガンから『平和』の文字が消えました。と同時に、宣伝歌にも好戦的な色彩を帯びた楽曲が増えてきたのです」(李氏)
李氏が動画で披露するのが、その時代を象徴する歌のひとつだ。
タイトルは「あなたがいなければ祖国はない」。「あなた」とは金正日氏を指し、歌詞には、聴いているほうが気恥ずかしくなるほどの礼賛フレーズがちりばめられている。
「軍事パレードの時によく歌われる行進曲です。工場、企業での集会イベントの時にも全員で合唱することが多い。歌う時にはその場の全員が立って右手の拳を握りしめるのが常です。1980年代を代表する歌です」
トップ就任前には、朝鮮労働党の宣伝部に籍を置いていた金正日総書記。映画や音楽などの芸術分野に特に力を入れていた金正日が政権を掌握すると、宣伝ソングの量産化が一気に加速。同時に、楽団の組織化も進められたという。
「楽団にもランクがあって、おもに5段階に分けられていました。最上ランクにあるのが、正日氏の肝いりで創設された『普天堡(ポチョンボ)電子楽団』と『旺載山(ワンジェサン)軽音楽団』などです。その下に軍や警察などの専属楽団、17歳〜30代半ばまでの若い朝鮮労働党員らが所属する『金日成社会主義青年同盟』などが続きます。さらに、その下には行政府専属の楽団、各地方の企業や工場の専属楽団があり、国民の末端にまで主体(チュチェ)思想を行き渡らせようとする強い意思も感じさせます」(李氏)
ちなみに、前出の「金日成社会主義青年同盟」は、張成沢氏亡き後、金正恩第1書記に次ぐ「ナンバー2」の座に就いた崔竜海・朝鮮人民軍総政治局長の出身母体でもある。そこでは、楽団が奏でる宣伝ソングによって「金王朝」体制を支える若者たちの洗脳が日常的に行われていたであろうことは想像に難くない。
歌によって国民の心を支配し続けてきた「金王朝」。3代目の正恩氏もその流れを継ぐことになるのか。
「あなたがいなければ祖国は無い」
激しい暴風を引き飛ばして
新年を抱かせてくださる金正日将軍
あなたがいなければ我々もなく祖国もない
未来も希望もみな 引き受けてくださる
民族の運命である金正日将軍
あなたがいなければ我々もなく祖国もない
(取材・文/浅間三蔵)