男と女の関係なんて信じられない。世界を「逆転」させた映画が全米で話題
「男は男を、女は女を好きになるのがふつう」
「男と女の関係なんて信じられない。地獄に落ちる」
こんな「逆転」した世界を描いた19分の短編映画がある。
タイトルは「Love Is All You Need?」(「愛こそすべて?」)。ビートルズの「All you need is love」をもじったもの。アメリカで製作された映画で、脚本はキム・ロッコシールズとデビッド・ティルマン。2011年に多くの賞を受賞した。
日本では、BS10のスターチャンネルの番組「It's SHOWタイム」の「海外新作情報 fromハリウッド」で7月25日に紹介された。7月26日から8月1日のあいだ、スターチャンネルのwebサイトで限定公開されている。(※8月1日追記:公開期間が8月8日まで延長)
主人公はカリフォルニア郊外に住む10代の女の子・アシュリー。
2人の母、2人の祖父、2人のおじ、そして弟が1人と、「完璧なアメリカの家族」の中で生まれ育った。
この世界では、同性同士が愛し合い、結婚するのが「ふつう」。男女が近づくのは政府が定めた「ブリーディング」の期間だけで、それ以外でも関係を持つものは「ブリーダー」「ヘトロ(ヘテロ)」と揶揄され差別を受ける。つまり、同性愛者が一般的で、異性愛者が少数派という「逆転」した世界なのだ。
アシュリーは、幼いころに「男性に惹かれる自分」に気づく。その思いが一般的に見て「おかしい」とはわかっていても、抑えることはできなかった。
学校生活の中で、女の子を恋愛対象にせず、男の子と仲良くしたがるアシュリーは、「ヘトロなのでは?」という疑いの目で見られ始める。アシュリーには好きな男の子ができ、彼と手をつなぐ。それを発見され、アシュリーはいじめを受け始める。
苦しむアシュリーに、教師は「子供のころの気の迷いだ。彼女でもつくればいじめはおさまる」と言い、母も「あなたが悪いんじゃないの?」と告げる。アシュリーの生活は息苦しさを増していくが……。
「当たり前」のものを入れかえて描くことで、現状の違和感に気づかせたり、皮肉る手法はSFなどではおなじみ。この「Love Is All You Need?」も、直接的すぎるほど直接的に「逆転」した世界を描いている。
アメリカでは、LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスセクシャル)への差別や偏見が多い。もちろん、同性婚が認められるなど、マイノリティの権利も尊重されるようにはなってきているが、これは差別と偏見の裏返しだ。差別を受けるから、権利を獲得するように戦ってきた結果、現在がある。
映画のアイデアの発案者であるキムは、ホームページでこのようなことを言っている。
「10代の同性愛者へのいじめや自殺が、最近話題になっている」
「同性愛は、世界的に社会で認められつつある。けれど差別や偏見はまだいたるところに存在していることを、メディアを通じて広げる必要があると思った」
そして、「アシュリーに起こったことは、この世界のどこかの子どもに実際に起こったことだ」と結ぶ。
キムがふれているように、アメリカでは2010年ごろから、同性愛者であることに悩んで自殺を選ぶ10代の若者が増えている。このことは大きな社会問題になっていて、多くの励ましのメッセージビデオやキャンペーンが生まれた。
「Love Is All You Need?」は2011年の映画。まさにリアルタイムの社会問題を扱った映画であると言えるだろう。
映画を見ていると、描かれているいじめのひどさに眉をひそめる。また、「異性愛者である」だけで、教会で「地獄に落ちる」と言われるのにも驚く(映画は逆転しているので、つまり現実の世界では「同性愛者は地獄に落ちる」という意味になる)。国民の多くがキリスト教徒であるアメリカでは、この光景は日常的なものなのだろうか。
どうしても考えてしまうのは、「日本ではどうなのだろう?」ということだ。自分の記憶をさかのぼってみる。中高生のとき、同性愛者のクラスメイトがいたかどうかはわからない(割合では、1クラスに1人はいると言われている)。彼/彼女に対するいじめがあったかどうかもわからない。
日本におけるLGBTの差別や偏見について話題にするとき、「宗教の考え方による差別意識がないぶん、アメリカのような差別はない」「日本はLGBTに対して無関心という態度をとりがちなので、積極的な差別ではなく消極的な差別になる」という立場をとる人が多いように思う。もちろん、この言説は100%間違いではない。
では、「Love Is All You Need?」で描かれている光景は、日本には存在しないものなのか?
この問いに答えてくれる調査がある。2013年に民間団体「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」によって行われたもので、テーマは「LGBTの学校生活実態調査」。インターネットを通じて、「現在10歳以上35歳以下」「関東地方で小学校〜高校生の間を過ごした」の条件に該当するLGBT当事者609名から回答を得た。
結果は、約70%がいじめを経験。言葉によるいじめがもっとも多いが、暴力を振るわれるものや、服を脱がされるなどの性的ないじめもある。いじめてくる相手は同級生がほとんどだが、11%が教師からいじめを受けたと告白。半数が、いじめ被害を他人に訴えることはできなかった。
自殺を考えたのは32%。そのなかには、実際に自傷行為に至った人も多い。
日本では、このような調査はほとんど行われていない。この調査だけですべてを判断してはいけない。けれど、苦しんでいる子どもが存在していたこと、今も存在しているだろうことは確かに言える。
「確かに衝撃的な作品だね。こういうことが起こるの、わかってしまう気がする。差別は本当によくないよね。まあ日本では、こんなにひどくないだろうけど」
映画を見終わってこのような感想を抱いたとするならば、それは大きな間違いだ。
(青柳美帆子)
「男と女の関係なんて信じられない。地獄に落ちる」
こんな「逆転」した世界を描いた19分の短編映画がある。
タイトルは「Love Is All You Need?」(「愛こそすべて?」)。ビートルズの「All you need is love」をもじったもの。アメリカで製作された映画で、脚本はキム・ロッコシールズとデビッド・ティルマン。2011年に多くの賞を受賞した。
日本では、BS10のスターチャンネルの番組「It's SHOWタイム」の「海外新作情報 fromハリウッド」で7月25日に紹介された。7月26日から8月1日のあいだ、スターチャンネルのwebサイトで限定公開されている。(※8月1日追記:公開期間が8月8日まで延長)
2人の母、2人の祖父、2人のおじ、そして弟が1人と、「完璧なアメリカの家族」の中で生まれ育った。
この世界では、同性同士が愛し合い、結婚するのが「ふつう」。男女が近づくのは政府が定めた「ブリーディング」の期間だけで、それ以外でも関係を持つものは「ブリーダー」「ヘトロ(ヘテロ)」と揶揄され差別を受ける。つまり、同性愛者が一般的で、異性愛者が少数派という「逆転」した世界なのだ。
アシュリーは、幼いころに「男性に惹かれる自分」に気づく。その思いが一般的に見て「おかしい」とはわかっていても、抑えることはできなかった。
学校生活の中で、女の子を恋愛対象にせず、男の子と仲良くしたがるアシュリーは、「ヘトロなのでは?」という疑いの目で見られ始める。アシュリーには好きな男の子ができ、彼と手をつなぐ。それを発見され、アシュリーはいじめを受け始める。
苦しむアシュリーに、教師は「子供のころの気の迷いだ。彼女でもつくればいじめはおさまる」と言い、母も「あなたが悪いんじゃないの?」と告げる。アシュリーの生活は息苦しさを増していくが……。
「当たり前」のものを入れかえて描くことで、現状の違和感に気づかせたり、皮肉る手法はSFなどではおなじみ。この「Love Is All You Need?」も、直接的すぎるほど直接的に「逆転」した世界を描いている。
アメリカでは、LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスセクシャル)への差別や偏見が多い。もちろん、同性婚が認められるなど、マイノリティの権利も尊重されるようにはなってきているが、これは差別と偏見の裏返しだ。差別を受けるから、権利を獲得するように戦ってきた結果、現在がある。
映画のアイデアの発案者であるキムは、ホームページでこのようなことを言っている。
「10代の同性愛者へのいじめや自殺が、最近話題になっている」
「同性愛は、世界的に社会で認められつつある。けれど差別や偏見はまだいたるところに存在していることを、メディアを通じて広げる必要があると思った」
そして、「アシュリーに起こったことは、この世界のどこかの子どもに実際に起こったことだ」と結ぶ。
キムがふれているように、アメリカでは2010年ごろから、同性愛者であることに悩んで自殺を選ぶ10代の若者が増えている。このことは大きな社会問題になっていて、多くの励ましのメッセージビデオやキャンペーンが生まれた。
「Love Is All You Need?」は2011年の映画。まさにリアルタイムの社会問題を扱った映画であると言えるだろう。
映画を見ていると、描かれているいじめのひどさに眉をひそめる。また、「異性愛者である」だけで、教会で「地獄に落ちる」と言われるのにも驚く(映画は逆転しているので、つまり現実の世界では「同性愛者は地獄に落ちる」という意味になる)。国民の多くがキリスト教徒であるアメリカでは、この光景は日常的なものなのだろうか。
どうしても考えてしまうのは、「日本ではどうなのだろう?」ということだ。自分の記憶をさかのぼってみる。中高生のとき、同性愛者のクラスメイトがいたかどうかはわからない(割合では、1クラスに1人はいると言われている)。彼/彼女に対するいじめがあったかどうかもわからない。
日本におけるLGBTの差別や偏見について話題にするとき、「宗教の考え方による差別意識がないぶん、アメリカのような差別はない」「日本はLGBTに対して無関心という態度をとりがちなので、積極的な差別ではなく消極的な差別になる」という立場をとる人が多いように思う。もちろん、この言説は100%間違いではない。
では、「Love Is All You Need?」で描かれている光景は、日本には存在しないものなのか?
この問いに答えてくれる調査がある。2013年に民間団体「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」によって行われたもので、テーマは「LGBTの学校生活実態調査」。インターネットを通じて、「現在10歳以上35歳以下」「関東地方で小学校〜高校生の間を過ごした」の条件に該当するLGBT当事者609名から回答を得た。
結果は、約70%がいじめを経験。言葉によるいじめがもっとも多いが、暴力を振るわれるものや、服を脱がされるなどの性的ないじめもある。いじめてくる相手は同級生がほとんどだが、11%が教師からいじめを受けたと告白。半数が、いじめ被害を他人に訴えることはできなかった。
自殺を考えたのは32%。そのなかには、実際に自傷行為に至った人も多い。
日本では、このような調査はほとんど行われていない。この調査だけですべてを判断してはいけない。けれど、苦しんでいる子どもが存在していたこと、今も存在しているだろうことは確かに言える。
「確かに衝撃的な作品だね。こういうことが起こるの、わかってしまう気がする。差別は本当によくないよね。まあ日本では、こんなにひどくないだろうけど」
映画を見終わってこのような感想を抱いたとするならば、それは大きな間違いだ。
(青柳美帆子)