風洞実験用に作られた、街の模型(※東京工芸大学工学部)。

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東京・中野坂上の駅前を通ると、たいていいつでも風が強く、強風の日には吹き飛ばされそうになったり、雨をともなうときには傘が裏返ったりする。

汐留やお台場など、海に近い街の風が強いのはわかるし、「ビル風」は、もっと高層ビルが建ち並ぶ街をイメージするけど、大きなビルがいくつかあるだけの場所で、なぜ強風が起こるのだろうか。
文部科学省グローバルCOEプログラム「風工学・教育研究のニューフロンティア」、文部科学省共同利用・共同研究拠点「風工学研究拠点」として採択されている東京工芸大学工学部・風工学研究センターセンター長の義江龍一郎教授に聞いた。

「ビル風の問題は高層ビル街特有のものというイメージがあるかもしれませんが、西新宿などは、昔ほど風が強くありません。理由は、高層ビルがたくさん建ったためです」

実は高層ビルがたくさんある場所の場合、他のビルが風をせき止めてさえぎるため、風はあまり入り込まないそう。実は、高層ビル街より、低層住宅街の中にポツンと高層ビルが建つときのほうが、ビル風は起こるそうだ。

大規模建物を建てるとき、周辺環境への影響を予測・評価しなければいけない。これを「環境アセスメント」と言い、対象となるのは東京都では高さ100メートル以上、延床面積10万平米以上の建物のときで、中野坂上駅前のビルは延べ床面積が基準以下のため、対象外らしい。

では、一般的には、ビル風の予測はどのように行われるのか。
「ビル風の予測方法には、『風洞実験』などがあります。大きな扇風機のような機材で自然の風と同様の風を発生させ、そこに模型を入れて、建物や周辺の街並みのも含めた風の流れのシミュレーションを行うものです」
測定点は、高層建物の影響範囲の中で100地点程度。現地で想定される自然の風を風洞内に再現し、建設前と建設後の状況について風速を測定する。
「最近ではコンピュータを用いた数値流体解析でビル風の予測を行う例も増えてきました」

さらに、最寄りの気象台などの長期的観測データと関連付けて、強風の発生確率に基づく評価を行うと言う。
「ビル風で最も問題となるのは、建物の両サイドからの『剥離流』と『吹き降ろし』です。高層ビルができると、本来そこを通過していた風がせき止められ、建物の両サイドにまわりこむことになり、そこに大量の風が流れることで風が強まります」
「剥離流」とは、建物にあたった風が風上面に沿って流れ建物の隅角部から剥離した流れのことで、両サイドに寄せられて縮流するため、強い流れとなる。また、「吹き降ろし」は、建物両サイドで上方から下方に斜めに向かう強い流れのことで、建物の高さが高いほど顕著になり、上方の速い風を地上付近に引きずり降ろすことになると言う。
加えて、2棟の建物が隣接して建設されると、その間の風速が高まるそうで、それを「谷間風」と言うそうだ。東京は南北方向の風向き出現頻度が高いので、東西に2棟の高層ビルが並んで建つと、その間を強い谷間風が抜けることが多くなるそうだ。確かに中野坂上も山手通りを挟んで、高いビルが東西に並んで建っている。

中野坂上駅付近の風の強い場所では、「剥離流」も「吹き降ろし」も「谷間風」も起こっているのだ。

「また、風は周りに何もないところを流れる性質があるため、大きな道路があると、それに沿って流れます」
中野坂上駅付近は山手通りがちょうど南北方向に走っており、東京に多い南北方向の風向きと道の走り方が一致することから、風がより強く流れることも考えられるようだ。
さらに、地形的に「低い場所よりも小高い場所のほうが、風が強まる」傾向があり、小高い場所にあることも影響していそう。風が強くなる要素がたくさん重なっているのである。

ところで、風対策としては、どんなものがあるのか。
「大規模建物がつくられる際、風環境の予測評価によって、計画の途中で建物の形が変わるケースもあります。でも、実際に建物が建ってからの対策は難しいんですよね。いちばん多いのは周辺の植樹です」

他に、ガラスの防風パネルや、生け垣を作ることで、風を散らす対策をとっている街もあるほか、あまりに風害がひどい場合には近隣住民が一致団結して事業者に訴えるケースもあるようだ。

地形や風向き、道、周辺環境など、さまざまな条件が複雑にからみあって起こる強風。予測実験の精度はかなり高いそうだが、それでも予測できない部分もあり、難しい問題のようだ。
(田幸和歌子)