■選手がクラブに対して感じるメリット

漁夫の利というのだろうか、カターレ富山がちょっと景気のいい感じになっている。

富山は東京ヴェルディからFC東京に完全移籍した中島翔哉を預けられた。しかも契約期間は一年間。じっくりと育ててくださいと言わんばかり。実際「安間(貴義監督)さんなら安心して預けられる」というところが決め手だったようだし、これは安間監督の人徳と言えるかもしれない。

安間監督と言えば、ヴァンフォーレ甲府時代に大木武現ジュビロ磐田U-18監督の許でヘッドコーチを務めた人物だ。そした富山のスタッフ陣を見ると、YKK時代からの選手/コーチである宇野秀徳コーチ、中川雄二GKコーチとともに、米田徹コーチの名前がある。米田コーチもまた、大木武、安間貴義の両名とともに甲府で指導に当たっていた。

つまり戦術は異なるにしろ、安間監督+米田コーチには大木イズムが受け継がれている。そして大木監督がフェイバリットに掲げるサッカーはゼーマン監督のそれだけでなく、かつての読売クラブも、だ。三段論法っぽくなってしまうが、安間サッカーとヴェルディのタレントには親和性があるはずだ。中島翔哉が羽ばたくにあたり、不足はない。

ここで考えなくてはいけないのは、選手がクラブに感じるメリットである。たとえば大木監督と同時に京都サンガF.C.を退団した秋本倫孝が富山を移籍先に選んだ理由に、大木監督と同様、甲府時代の指揮官である安間監督が指揮を執っているから、というところも入ってくるだろうことは想像に難くない。

つまりクラブの魅力は、施設やホームタウンの賑やかさ、クラブの格、高年俸だけではないということだ。

■プロビンチャにとって参考にすべき富山モデル

現状、海外移籍を除き、国内で移籍のメリットを感じられる上位クラブは、浦和レッズ、名古屋グランパス、セレッソ大阪、ガンバ大阪くらいのものだろう。しかしそれ以外のクラブでも選手を惹きつけることができないわけではない。

たとえばFC東京はマッシモ・フィッカデンティ監督の招聘と同時に、エルメス・フルゴーニ氏をGKテクニカルアドバイザーに就任させ、ブルーノ・コンカ氏をコーチで入閣させた。フルゴーニGKテクニカルアドバイザーは、権田修一がわざわざ自費でイタリアへと渡り会いに行った人物である。その名伯楽が自分のクラブの練習場で毎日指導してくれるというのだから、これがゴールキーパーにとって嬉しくないはずがない。モチベーションを高めた4人のゴールキーパーは、新鮮な気持ちでトレーニングに励み、ぐんぐん才能を伸ばしている。

その魅力が、富山の場合は安間監督なのだ。白崎凌兵の清水エスパルスからの期限付き移籍期間延長も、安間監督の契約延長があったからだと聞く。白崎自身も他のクラブからのオファーは断っている。ローン移籍に出す移籍元のクラブにしてみれば、選手がよい状態で育成されているほうがいいに決まっている。選手自身もそう考える。

お金がなくとも、順位が低くとも、地方のクラブであっても、選手を惹きつける魅力を持つことはできる。富山の場合は、練習と試合で己の質を高められるという内容の充実。そしてそれを担保する安間監督の存在だ。これは、他のクラブでも真似ができることだ。よい指揮官を獲得すること。そこによい選手が集まってくる。

富山型は今後、プロビンチャにとり、参考にすべきモデルのひとつになるのではないだろうか。

そして富山も、下位にずっと留まるつもりはない。傍観する立場のわれわれでさえ中島に白崎を足しただけで富山が上位に進出しそうな気がしてくるのだから、内部の人々はそうとう盛り上がっているのではないだろうか。

今シーズン、富山のGKは水谷雄一である。京都サンガF.C.から期限付き移籍加入していた守田達弥がアルビレックス新潟へと完全移籍で「栄転」。京都時代に守田の先輩だった水谷が守田の移籍によって空いた穴に入ってくるとは、なんという因果か。この水谷の獲得は京都時代にプレーオフを経験している点を安間監督が見込んでのことらしい。6位以内に入ればJ1昇格プレーオフ。きっと経験は活きる。過去、二年連続でプレーオフに敗れた秋本も、その経験を伝えてくれるだろう。そしていざ本番となれば、恩師の大木監督もアドバイスをくれるはずだ。

いつの間にかカターレ富山がとんでもないことになっていた。昇格争いに向け、彼らは本気だ。

■著者プロフィール
後藤勝
東京都出身。ゲーム雑誌、サブカル雑誌への執筆を経て、2001年ごろからサッカーを中心に活動。FC東京関連や、昭和期のサッカー関係者へのインタビュー、JFLや地域リーグなど下位ディビジョンの取材に定評がある。著書に「トーキョーワッショイ」(双葉社)がある。
2012年10月から、FC東京の取材に特化した有料マガジン「トーキョーワッショイ!プレミアム」をスタートしている。