入試は予備校と文科省の茶番/純丘曜彰 教授博士
/予備校や文科省がゆとり教育の名のもとに高校の学習範囲に制限し、入試を自分たちの利権にしてしまった。このため、大学側の主軸は推薦やAOにシフトしている。人生は抜き打ち試験。試験範囲など決められてはいない。/
みごと的中、もなにもないだろ。いまや大半の大学の入試問題は、予備校や出版社が外注で作っているのだから。近年、入試が複雑多岐になりすぎて、大学には全部の問題を準備している余裕も能力も無い。入試問題を当てちまうなんて、それは大学入試のカヤの外の連中の話。前世紀には予備校が大学教員の直近の研究を調べ上げて問題を当てる、なんていうのもはやったが、いま大手がそんなことをしたら、学生集めのコンサルタントとして入り込んでいる大学との信頼関係が崩れてしまう。
なんでこんなことになってしまったのか。もともとは無理をしても問題は大学が独自のものを作っていた。ところが、クセが強いだの、高校の学習範囲を逸脱するだの、予備校のほうが文句をつけてきた。いまから考えてみれば、これも当初からの連中の計略くさい。そのうえ、2000年には大学審議会までケツ持ちに回って、外部の専門家の協力を得るのは検討に値する、などと言い出した。2007年になってようやく文科省が慎重な対応を要請したが、これまたきれいごとでは済まない。少子化で縮小傾向の旧師範学校系教育学部閥に仕事を分捕り返し、高校の学習範囲を知らしめるため、私学に大量の団塊世代国立退職教員を送り込みたい、というような思惑があったようだ。
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みごと的中、もなにもないだろ。いまや大半の大学の入試問題は、予備校や出版社が外注で作っているのだから。近年、入試が複雑多岐になりすぎて、大学には全部の問題を準備している余裕も能力も無い。入試問題を当てちまうなんて、それは大学入試のカヤの外の連中の話。前世紀には予備校が大学教員の直近の研究を調べ上げて問題を当てる、なんていうのもはやったが、いま大手がそんなことをしたら、学生集めのコンサルタントとして入り込んでいる大学との信頼関係が崩れてしまう。
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