当時『上方芸能』編集長の木津川計は、「自分の努力で解決できないような欠点を嗤う芸だ」と批判した。この言葉は示唆に富んでいた。たけしの笑いは、それまでのモラルが崩壊しつつあることを、笑いという形で我々に見せてくれたのだ。

たけしは、「お笑い」の域を超えて、社会的に注目される存在となった。そして漫才を捨てて、「笑ってる場合ですよ」「ひょうきん族」などの番組で、アイドル同然の人気を得るようになった。

お笑い芸人を、関西のみならず全国の人が「格好いい」と思うようになったのは、まさにこのときだ。ただ人を笑わせるだけではなく、アーティストや作家のように、社会にも影響を与えられる。そんな芸人はかつてなかった。

私は関西の番組にたけしがゲスト出演をしたときに、初めて話す機会を得たトミーズ雅が、嬉しさのあまり泣き出したのを見たことがある。たけしは芸人にとって、憧れ以上の存在だったのだ。

我々一般の人間も、そうしたたけしに畏敬の念を抱くようになった。それに加えてミュージシャンとしての成功、映画監督としての“出世”。時代の旗手としての颯爽とした姿を目に焼き付けた世代が、今もたけしに、ただならぬ思いを抱いているのだ。

しかし、ビートたけしの“笑い”は、もうはるか以前に枯渇しているのだ。

今の彼は、現役最末期の大捕手、野村克也に似ている。選手としての衰えは、はっきりしているが、その功績の偉大さのために、だれも引導を渡すことが出来ない。一部の感覚の鈍いメディアが、たけしのブランド力にすがって、彼を起用し続けていることもあって、まだ試合に出続けているのだ。

ビートたけし(あるいは北野武)は、笑いを求められない教養番組にも出演している。

こういう時の彼は、楽に見ることが出来る。時代の旗手として走り続けてきたたけしは、真贋を見分け批判する、一級品の眼を持っている。それをとつとつと語るのは、味わい深い。時には鋭い批判も口にする。

「文化人」としての彼は、迫力もあるし、魅力も感じる。

「ご隠居仕事」は、たけしには不足ではあろうが、65歳になった今は、その場所こそが最適だと思える。高く掲げてきた「時代の旗」は、もうぼろぼろになろうとしている。これを降ろして、社会の片隅から、時折鋭い警句を投げかけるような、そんな存在になってくれればと思う。

広尾 晃

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