実際、飯田は空中戦で負けなかった。絶対的な高さがチームに安心感を与えた。昇格を決めたホンダロック戦まで正念場の5試合は失点わずか1だった。松田不在のなかでしぶとい守備を見せた。

「マツさんに甘えてばかりじゃいけないと思ったから」飯田はそう言ってほほ笑もうとしたが、うまくはいかなかった。

 今シーズン、山雅は攻守の両輪がかみ合う形でJ昇格を決めた。しかし、それは綱渡りの昇格だった。開幕8試合は2勝3敗3分けと負け越し、一時は16位まで沈んでいる。その後、巻き返して順位を上げたものの、リーグ中盤で松田を失い、再び失速した。

「マツさんのためにも」の心境になるまで時間はかかったという。

「自分はマツさんがいなくなったことを理解できなかった。不思議と泣けなくて。たぶん、受け入れられなかったんだと思います。しばらくはサッカーに気持ちが入らなかった」山雅の主将である須藤右介(ゆうすけ)は、岐路に立たされていた頃をそう振り返っている。

「自分は“マツさんのためにも”という言葉は使いたくなかった。あの人はピッチにいてもいなくても目指すべき存在だったから。自分たちで結果を残すしかなかった。でも終盤の2試合を欠場したときは、『マツさん、お願いします!』と祈りました」

 山雅は松田の加護を得たのか、最後は5連勝で勝ち点を稼ぎ、帳尻を合わせた。松田という存在が山雅を変えたことは間違いない。世界標準で戦ってきた男が与えた刺激は、選手を、クラブを、そしてスタジアムを沸騰させた。

「マツさんのためにも」

 それは山雅がよりどころとした最後の砦(とりで)だったのかもしれない。彼らはJリーグ昇格という目標を果たした。だが、真価が問われるのは来季である。

「おい、さっさとJ1に行くぞ!」 もし松田が生きていれば、次なる山を目指しているに違いない。

(取材・文/小宮良之 撮影/益田佑一)

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