【小林 啓倫】中国の「独居9000万人」と「”空巣老人”1億8000万人」が生む巨大ビジネス…毛穴と血管を持つ「リアル過ぎる」ロボットの使い道
2026年6月30日、中国・深圳。ヒューマノイドロボット企業のUBTech Robotics(優必選科技)が開催した発表会の壇上に、シリコン製の皮膚をまとった男女2体の「人間」が立った。同社が「UWORLD U1」と名付けたこのロボットは、工場で働くためのものではない。人間のそばに寄り添い、会話し、感情を読み取るための「コンパニオンロボット」である。
UBTech Roboticsが発表した「血管と毛穴を持つ」ヒューマノイドロボット
UBTech社の発表によれば、発表当日までの累計受注は1万3361台。「人間そっくり」のヒューマノイドロボットを家庭に売るという、SFの領域だったビジネスが現実に動き出した。なぜ中国企業はこの路線に踏み込んだのか。どれほどの市場が見込まれ、何が課題なのか。そして、この波は日本にも届くのかを考えてみたい。
毛穴と血管まで再現した「U1」
まず製品を見よう。香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)の報道によれば、U1には男性版(身長183センチ)と女性版(同168センチ)の2種類があり、グレードはLite、Pro、Ultraの3段階。最も安い「U1 Lite」は上半身だけのモデルで、価格は11万9800元(約286万円)。頭部、目、口、首などを動かし、主に会話や表情による交流を行う。最上位の「U1 Ultra」は自律歩行やダンスにも対応する高動作モデルだ。女性型は88万元、男性型は99万元(約2100万〜2400万円)と、高級車並みの価格になっている。
いずれもシリコン製の皮膚に血管や指紋、毛穴までが再現されており、静止していれば人間と見分けるのは難しい。高額にもかかわらず受注は好調で、早期購入者への出荷は9月中旬にも始まると報じられている。
中身も凝っている。UBTechの公式発表によれば、U1は全身に88自由度の関節を持ち、人間の基本動作の最大90%を再現できるという。中核となるのが同社の言う「感情AI」だ。20種類以上の感情状態を90%超の精度で識別すると謳う感情特化型のLLM(大規模言語モデル:人間の言語を扱うAIの基盤技術)を搭載し、0.5秒で反応する「速い脳」と、数千億パラメータ級のモデルで深く推論する「遅い脳」を組み合わせる。発話と唇の動きのずれは20ミリ秒以内に抑えられ、「Agent Memory OS」と呼ばれる長期記憶システムがユーザーとのやり取りを蓄積していく。発表会場のスタッフはSCMPに対し、「このロボットは会話ができ、ユーザーとアイコンタクトを保つことができる。販売対象は成人のみだ」と説明している。
プライバシーへの配慮も売りだ。感情AIはRockchip製プロセッサ上でローカルに動作し、ユーザーデータはクラウドに上げず端末内に保存される。公式発表では「ローカル優先の処理、クラウド依存の最小化、ユーザーが管理できるハードウェア的な保護」という3層構造が強調されている。家庭の居間に常時カメラとマイクを持ち込む製品である以上、そして中国製IT機器につきまとうデータ懸念を考えれば、ここを最大のセールスポイントに据えたのは当然の判断と読むのが自然だろう。
発表会に立った創業者の周剣(ジェームズ・ジョウ)CEOは、人とロボットの協働を3段階で描いてみせた。まず危険で反復的な作業から人間を解放し、次にコンパニオンやサービスとして日常生活に入り込み、最終的には人とロボットのシームレスな共生に至る、という道筋である。U1はその第2段階の幕開けを担う製品ということになる。
UBTechは2012年創業、2023年12月に香港証券取引所に上場した「ヒューマノイドロボット上場第1号」である。産業用ヒューマノイド「Walker S」シリーズを自動車工場などに納入しており、自動車業界メディアGasgooの報道によれば、2025年通期の売上高は前年比53.3%増の20億元(約477億円)。うちフルサイズ・ヒューマノイド関連は前年比約23倍の8.2億元(約195億円)に急伸した。U1は、この産業用事業に続く「第2の成長エンジン」と位置付けられている。
「独居9000万人」が生む巨大市場
UBTechはなぜ、ヒューマノイドロボットによるコンパニオンという路線を取るのか。答えは中国の人口構造にある。同社は発表の中で、中国には9000万人超の独居成人と1億1800万人の「空巣老人」(子が巣立った後に単身または夫婦のみで暮らす高齢者)がおり、独居者の10〜20%が精神疾患の臨床基準に該当するとの推計を紹介している。また中国政府の発表によれば、60歳以上人口は2024年末で3.1億人と、総人口の約22%に達した。
政策も後押しする。中国政府は2025年1月、高齢者ケア改革の指導意見(政府や省庁などが、特定の政策分野について基本方針、達成目標、重点施策等を示す政策文書)で、介護分野へのヒューマノイドロボットやAI、ブレイン・コンピューター・インターフェース(脳と機械を直接つなぐ技術)の応用加速を明記した。SCMPの報道によれば、200以上の世帯に200台以上のロボットを6か月以上配備する全国規模の実証プログラムも始動している。国営の新華社は、高齢者ケアロボットの設計や試験の技術基準を定めた国際電気標準会議(IEC)の国際規格が中国主導で策定されたことも伝えており、産業育成と標準化を一体で進める中国の常套手段が、この分野でも展開されている。
市場の見立ては強気だ。UBTechのコンシューマー事業を率いるマイケル・タム氏は発表会で、「人とロボットの共伴は、メンタルウェルビーイングを支える新しいアプローチだ」と述べ、中国の超バイオニック・ヒューマノイド市場が2026年からの10年で数百億元から1兆元規模へ成長するとの見通しを示した。第三者の予測も並べておこう。CNBCによれば、米金融大手Morgan Stanleyは中国のヒューマノイドロボット市場が2026年の約20億ドルから2030年には150億ドル、年間出荷44.6万台に達するとの予測を発表した。同社は2050年には世界市場が5兆ドル・稼働10億台に達し、うち約3億台が中国に集中するとの長期見通しも示している。コンパニオン用途に近い予測では、調査会社Grand View Researchが、ヘルスケア・コンパニオンロボットの世界市場を2024年の20.9億ドルから2030年に54.8億ドルへ拡大すると見込む。地域別ではアジア太平洋がシェア5割超を占め、用途別では高齢者向けが最大セグメントだ。
もっともこれらの数字を扱う際には、調査会社によって「コンパニオンロボット」の定義が大きく異なる点に注意したい。産業用を含むヒューマノイド全体の予測と、家庭向けコンパニオンに限った予測の間には、まだ桁の開きがある。それでも、各予測が共通して指し示す方向は明確だ。ヒューマノイドの主戦場が工場から生活空間へと広がり、その最大の実験場が中国になる、という未来である。U1は、その未来をいち早く製品の形にしてみせた事例と評価できる。

