日産自動車のエスピノーサ社長(右)は、グラウンドへ下り敗れたナインに語りかけた【写真:羽鳥慶太】

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復活して2度目の都市対抗予選…社員と社長が野球部にかけた期待

 社会人野球の頂点を決める都市対抗野球の予選が各地で進んでいる。経営再建中の日産自動車は昨年、休部していた野球部を16年ぶりに復活させた。2年目の今夏は、地区を代表する強豪ENEOSに逆転勝ちを収め、全勝で代表決定戦に進出。ただそこから連敗し、東京ドーム行きはならなかった。会場の横浜スタジアムは休日も社員で埋まり、経営トップが連日登場。敗れた選手たちにかけた「皆さんは勝っている」という言葉に、経営不振に陥った大企業が野球部に期待するものが透けて見えた。(取材・文=THE ANSWER編集部、羽鳥慶太)

 6月13日の第2代表決定戦。日産は2-8で三菱重工Eastに敗れ、17年ぶりの東京ドーム行きを逃した。試合が順延され土曜日となったため、横浜駅の海側にある本社はもちろん休日。その中で3500人もの社員が一塁側のスタンドを埋めた。

 その中にはイヴァン・エスピノーサ社長兼最高経営責任者(CEO)の姿もあった。11日に行われた第1代表決定戦に続き、2試合連続の登場だ。社員と気さくに声を交わし、応援団が陣取るステージにも上がって「ガンバレ! ガンバレ日産!」と、両手を振り上げ雄叫びを上げた。

 5月には当期純損失が5330億円に上るという2026年3月期の決算を発表したばかり。生産拠点の再編など痛みを伴う改革を進行中だ。本当なら「ガンバレ」と声をかけたいのは、野球部だけではないだろう。ただ野球場のスタンドでは、社員とともにそれを大きな声にすることができる。そのエネルギーこそ、25人の野球部員が会社に与えられるものだ。

 この大会、日産は下馬評を覆す戦いを見せた。トーナメントの2試合目は6月9日に行われ、都市対抗で史上最多12回の優勝を誇るENEOSとの対戦。2回までに4点を先行される苦しい展開をひっくり返し、5回には角田蓮内野手の3ランで5-5の同点に追いつく。さらに8回、1死一、三塁から石毛大地主将が右前に決勝適時打を放った。2番手でマウンドに上がったルーキーの白根羽琉投手は7回を1失点の好投。6-5で接戦をものにし、勢いをつかんだように見えた。

 活動再開1年目の昨季も、追い上げることはできた。「でも、逆転するところまでは力がなくて…」と石毛。劇的な一発を放った角田はこの1年の変化を「当たり前のことをまずはやり切ろうと話してきました。自分でプレーを決めつけないことや、一塁ベースの駆け抜けとか。当たり前のレベルを上げようと」と説明する。石毛も「練習試合からこういう展開は多いんです、先制されても点数にビビらず、守備からリズムを作っていくのは体現できたかな」と納得顔だった。

 活動再開2年目、今年こそ全国大会に行くために詰めてきたのが「やり切る力」だ。練習でできないことは、本番でもできない。勝利という結果をつかむために、細かい部分を突き詰める日産の伝統は、休部した15年を越えて今も生きている。首脳陣が伝え、選手がかみ砕く。最後に一歩、前に出るにはどうしたらいいかと考え抜いた末の進歩を見せた。ただ戦いは、ここからが本番だった。

成長見せた夏も…東京ドームに届かず、社長からの意外な言葉

 6月11日、東芝との第1代表決定戦、相手のマウンドには左サイドスローという特殊なフォームの松山仁彦投手が立った。日産は希少な球筋に手を焼き、5回までに出した走者は1人だけ。その間小刻みに失点し0-4とリードを許した。打順が3巡目に入る6回になって、犠飛と角田の適時打で2点を返す。2-5の9回には、4番打者の石飛智洋内野手が中堅バックスクリーンへ飛び込む2ラン。4-5と1点差に迫った。そのまま一歩及ばず敗れたが、熱狂するスタンドには「次は勝てる」との声が渦巻いた。

 苦境からの追い上げはなぜ生まれるのか。石飛は「リードされた状況が確かに多いんですが、そこでマイナスなことを考えるんじゃなく、どんどんいくぞ、追いつくぞという空気はチーム内に出ています。下を向いていても始まらないじゃないですか」と説明する。どんどん逃げていくような球筋に苦しんでいた左の大砲が、最後の最後に見せた一発は、まさに会社が野球部に求めるものだった。

 そして迎えた第2代表決定戦。4つの企業チームがひしめく西関東地区の代表枠は「2」しかない。勝てば東京ドーム行き、負ければ終戦が決まる試合だ。日産はこの夏好投を続ける白根を先発に立て、初回を無失点に抑える。2回に3点を失ったものの、3回には角田の2点適時二塁打で追い上げた。ここで立ちはだかったのが、右アンダースローの長島彰投手だ。

 追い上げ直後の4回からマウンドに上がった変則右腕の球筋に、日産は手を焼いた。8回までの5イニング、1本も安打を打てないまま時間は過ぎた。石毛は「左打者がどうにかしないといけなかった。東芝戦もそうですが、目先を変えられた時にもろさが出る」と口にし、伊藤祐樹監督も「対応の引き出しがまだ足りない」と唇をかむ。終盤に失点が続き2-8で敗れた。ただ試合後のグラウンドに下りたエスピノーサ社長は、ナインを前にこう言った。

「皆さんは勝っているんです。社員をひとつにしてくれた。この精神が本当に必要なんです。顔を上げてください」

 社会人野球のチームは、経営的に言えばコストだ。収益を上げられる存在ではない。ではなぜ赤字に苦しむ日産自動車が野球部を復活させたかと言えば、社員に前を向かせ、前進するエネルギーを生むと信じているからだ。伊藤監督は活動再開当時から「この会社は変わらないといけない。そのシンボルとして野球が選ばれたと思っているんです」と口にしてきた。トップの思いも変わらない。

 選手は全員が、本社や工場などの事業所に所属する。石毛は社員の応援と期待を「平日の昼間も夜も、仕事を調整して駆けつけてくださる方があれだけたくさんいる。試合の中ではどうしても孤独になる部分があるんですが、そういう時に自分を取り戻せるというか、力になるんです」と感じている。だからこそ、無念の思いは強い。「なんとか東京ドームに行って、また皆さんに応援してもらいたかった。僕らの力不足です」。

社長や社員の温かさに「甘えてちゃいけない」という理由

 社会人野球を取り巻く状況は決して甘くない。日産のように、長期の活動停止から復活を選ぶ企業は稀だ。今季限りで都市対抗に57回の出場を誇るパナソニックが休部、平成不況で休廃部が相次ぐ中で部を立ち上げ、20年間活動してきたセガサミーが廃部となる。

 その中で日産は、経営トップが球場のスタンドを訪れ、チームへの愛情を口にしてくれる。伊藤監督は「本当にありがたいですよ」と感謝した上で続ける。

「だからこそ、それにいつまでも甘えてちゃいけないんです」

 地区を代表する強豪のENEOSに逆転勝ちし、勢いをつかんで臨んだはずの代表決定戦。2度のチャンスを連敗して終わった。復活2年目のチームがよくやったという見方もできるが、指揮官は「投手も打者も、まだ絶対に負けられない、絶対に抑えないといけないところのアプローチの仕方というか、本当の強さがまだ足りない」と見ている。横浜スタジアムでの3試合は、いずれも先制された。追い上げるまでにも時間がかかる。自分たちのペースを作った経験が絶対的に足りないのだ。

 休部前の日産は、土壇場での強さに長けたチームだった。伊藤監督も、四之宮洋介ヘッドコーチも、宮田仁投手コーチも、その中で生き残り、日本代表まで務めた選手だ。それでも“勝ち方”を伝えるのは「難しいですよ」と伊藤監督も認めるところだ。

「以前の日産は厳しいベテランがいて、そのプレッシャーの中で居場所を作った選手だけが生き残れたチームでしたからね」。しかし全員が入社2年未満という現在のチームに、そういう存在はいない。勝負どころでストライクが入らない、あと一歩打球に追いつけないのはなぜか。練習からもちろん注意はするが、言葉にかつてほどの厳しさはない。時代が変わったという背景もあるが「言っても仕方がないんです」という側面があるのだ。

「彼ら選手たちが実際に経験して、本当の悔しさが中から出てこないとわからないんですよ。絶対にストライクを取る、どんな打球が来ても捕るつもりで、練習からやらないといけない。でも実際には『ドンマイ、次、次』となってしまう。社員の皆さんの前で負けるのがどういうことかわからないと、練習から変わることはできないんです。だからこの負けで、選手からそれが出てくるんじゃないかと期待しているんです」

 スタンドからの大声援で、声かけも届かないグラウンド。そこで一人になったときどうすべきかは、勝ち負けがかかった瞬間でしか学べない。夏の敗戦で野球部に起こるはずの変化はまた、日産自動車という企業にも必要なものであるはずだ。

(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)