真田広之「SHOGUN 将軍」ハリウッドに与えた変化
『SHOGUN 将軍』(第1話、第2話)エミー賞受賞記念上映11月16日から8日間限定劇場上映(C)2024 Disney and its related entities Courtesy of FX Networks
アメリカのテレビ界のアカデミー賞と呼ばれる『第76回エミー賞』を総なめにし、現地および日本で大きな話題を呼んだディズニープラスのオリジナルドラマ『SHOGUN 将軍』。そのプロデューサーの1人であり、長年にわたって日本とハリウッドの懸け橋となって活動してきた宮川絵里子氏のもとにはいま、さまざまなオファーが舞い込んでいる。
本作の成功によって、ハリウッドにおける日本人俳優、プロデューサー、日本コンテンツへの視線は変わった。それを肌で感じながら続編となるシーズン2の製作に入る直前の宮川氏に、ハリウッドおよび世界からの日本文化への追い風について聞いた。
閉ざされていたハリウッドの扉を開いた
――『第76回エミー賞』主要部門を含む史上最多18部門制覇。日本人受賞者も史上最多9人となる歴史的な快挙は、日本でも大きな話題になりました。そんな本作の製作に宮川さんがどう携わってきたのか教えてください。
ディズニー傘下のケーブルテレビ局・FXのジョン・ランドグラフCEOと彼の右腕のジーナ・バリアンが、11年ほど前から原作の映像化権を得ようと厳しい競争のなかで動いていました。取得後もプロダクションの問題など紆余曲折があったのですが、原作への強い思い入れがあり、2016年にようやくプロジェクトが始動しました。
その過程で、ハリウッドで活動していた日本人プロデューサーであり、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙-サイレンス-』に10年以上携わっていたこともあって、声をかけていただきました。
本作の製作において、ジョンとジーナは原作の持つ魅力をそのまま映像化することを掲げました。壮大なスケールでありながら、当時のロマンスから暴力、道徳観、性的表現まですべてを映し出す、“本物のドラマ”を目指していました。
『SHOGUN 将軍』(第1話、第2話)エミー賞受賞記念上映11月16日から8日間限定劇場上映(C)2024 Disney and its related entities Courtesy of FX Networks
そのなかで、私は日本人から見ても違和感のない脚本にするための助言やキャスティングの一部を担いました。また、撮影のメインはロンドンだったのですが、日本でのロケを取り入れたりもしました。
原作に強く惹かれた
――そもそも企画の出発点には、ハリウッドで日本文化や時代劇が注目されていることもあったのでしょうか。
もちろんそれはあります。アメリカに限らず、世界的に日本のアニメは見られていますし、観光で日本を訪れる人もどんどん増えて、日本文化への興味関心が高まっています。そのため、日本を題材にする作品も少しずつ増えています。
とくに若い世代は、エキゾチックな外国といった意識の壁のようなものはなく、すんなりと自分たちの生活のなかに日本の文化を受け入れています。
宮川絵里子(みやがわ えりこ)/横浜出身。横浜共立学園高等学校を卒業後、 アメリカの名門ジョージタウン大学外交学院に進学。卒業後、 クエンティン・タランティーノ監督による『KILL BILL』の現場通訳として働いたのち、 映画製作の道を本格的に志す。アメリカ、中国、日本でさまざまな現場を経験した後、経産省の奨学金により、南カリフォルニア大学のピーター・スターク・プロデューサープログラムで修士号を取得する。代表作は共同プロデューサーとして参加したマーティン・スコセッシ監督の『沈黙-サイレンス-』。最新プロデュース作品はFXによるドラマシリーズ『SHOGUN 将軍』(写真:筆者撮影)
ただ、本作の企画に関しては、ジョンとジーナが強烈に原作に惹かれたからのようです。この作品には、彼らのエンターテインメントへの感性と嗅覚を惹きつける魅力があったのでしょう。この題材を適切な人材と時間、予算をしっかりかけて、これ以上ない完成度の作品に仕上げることを目指しました。
これまでのハリウッドの感覚であれば、在米で英語を話せる日本人俳優をキャスティングし、英語のセリフにするところを、本作ではそれぞれのキャラクターにもっとも相応しい俳優をキャスティングして日本語の物語にし、“本物のドラマ”を追求したのです。
その結果、ハリウッドの映像製作におけるたくさんの扉を開く画期的な作品になり、大成功しました。いまの時代にこれを成し遂げたことに大きな意義を感じています。
――多面性のある作品だと感じました。日本をはじめアジアの人たちには吉井虎永(真田広之)の視点で見る歴史ドラマであり、欧米の人たちが按針(コズモ・ジャーヴィス)の視点で見れば、未知の世界へのサバイバルアドベンチャーかもしれない。見る人の属性によって物語性が異なります。配信ドラマとして、全世界を意識していたのでしょうか。
全世界でヒットを狙うのは、現実的ではありません。本作はアメリカのスタジオの作品ですから、やはり北米市場を意識しました。ただ、時代の流れもあると思います。ダイバーシティなどの意識が高まるなか、人種や文化を正当に表現しなくてはいけないし、そうでないと通用しない時代になりつつあります。
世界中の視聴者もその部分の保証を求めていますし、日本を題材にした作品で日本人が認めていないなら、興醒めされてしまう。そのため、クオリティーは世界を意識して突き詰めました。
――エミー賞での受賞を受け、北米での話題性の高さや、視聴数への感触はどのように感じられていますか。
ディズニープラスは数字を教えてくれないんですよ(笑)。でも、ニュースの数やSNSの反響など、たくさんの方に見ていただいていることは肌感覚として伝わってきています。
とくに『第76回エミー賞』受賞後は、北米の代表的なトークショー番組で取り上げられたり、露出が一気に増えました。やはりその影響は大きいですね。
ハリウッドでの日本に対する注目度の変化
――本作の前と後で、ハリウッドにおける日本人俳優への評価や、時代劇への注目度の変化はありますか。
大きく変わっていると思います。日本では大スターの真田さんも、アメリカでは本作が初主演です。その作品がこれだけの評価を受けたことで、アメリカでもトップスターの一員として認められました。『エミー賞』でアジア人初の主演女優賞受賞者になったアンナ・サワイさんも同様です。
『SHOGUN 将軍』(第1話、第2話)エミー賞受賞記念上映11月16日から8日間限定劇場上映(C)2024 Disney and its related entities Courtesy of FX Networks
ハリウッドに日本人やアジア人のスターがいることに大きな意味があります。それは日本人俳優の見え方や、仕事のオファーにも影響があるでしょう。
もともとハリウッドで日本文化は愛されていて、特徴的でおもしろいと認識されています。そして、市場としても日本はそれなりに大きい。日本題材の脚本の企画開発は、確実に増えています。
スタジオ関係者から、時代劇の売り込みが増えているという話を聞いたばかりですが、時代劇に限らず、日本を舞台にした作品が数年後にはどんどん出てくるのではないでしょうか。
――宮川さんご自身も忙しくなっているのではないですか。
本作のシーズン2、シーズン3で手一杯ですが(笑)、やはり以前より企画やアイデアに対して、関係者に関心を持ってもらえるようになった実感はあります。誰かにアプローチしたいと言えば、すぐにエージェントがミーティングをセッティングしてくれますから。日本関係の作品に一定の偏見があった数年前とは、景色がまったく違いますね(笑)。
『SHOGUN 将軍』の大成功は、私だけでなく、ハリウッドの映像製作に携わる多くの日本人関係者にとって、たくさんの扉を開いたと思います。私が携わる作品でも、すでにたくさん動きがあります。
完全オリジナルで続編も進める
――続編となるシーズン2の製作も発表されています。
シーズン1の配信が今年の2月に始まりました。配信当初から圧倒的に反響があって、数字もよかったと聞いています。5月くらいには続編の製作が決まっていたと思います。個人的にも、日本の歴史を知る者として、この先をやりたいと考えていたのでうれしかったです。
7月にはシーズン1の脚本家チームが全員集結しました。ただ、シーズン1で原作をすべて使い切っているので、いまは完全オリジナルの脚本開発を進めている最中です。脚本が仕上がった段階で一気に動き出すと思います。来年撮影できたとしても、配信は再来年以降。まだ2〜3年はかかりますね。
――シーズン3の製作も同時に進めるのでしょうか。
脚本はシーズン3も視野に入れて開発していますから、シーズン2がある程度進んだところで動き出すと思います。ただ、厳密に言えば、いまはシーズン3まで視野に入れた脚本開発のOKが出た段階です。ハリウッドでは何が起こるかわかりません。企画がなくなることもふつうにありますので(笑)。
『第76回エミー賞』授賞式会場でトロフィーを手にする宮川絵里子プロデューサー
――日本では、11月16日から23日までの期間限定で劇場上映(1話と2話)されます。
配信だけでなく劇場公開されることは、プロデューサーとしてとてもうれしいです。配信開始時には、ニューヨークやロサンゼルスの映画館で上映するイベントを実施しました。大画面で見ると映像や音響の圧倒的なクオリティーを存分に楽しんでいただけます。ハリウッドが製作した本格時代劇を、日本の時代劇ファンやドラマ好きの方々にぜひ体感していただきたいです。
すでに配信でご覧になっている方々も、映画館のスクリーンで見ることで、壮大なスペクタクルのなかの細かなニュアンスだったり、新たな発見があると思います。そういうところに気づいていただけるとうれしいですね。
この先手がけたいテーマ
――宮川さんがこの先ハリウッドで撮りたいテーマを教えてください。
自分で立ち上げた、やりたい企画があります。日本人の女性の現代劇ですが、いまちょうどロサンゼルスで折衝しているところです。ほかにも、台湾、シンガポール、マレーシアのクリエイターと会う機会があって、いくつかの企画の提案を受けています。いまアジアでも日本と一緒にやりたいという意欲がすごくあって、そういう企画も実現していきたいと考えています。
(武井 保之 : ライター)