若い男たちが一般住宅に窓ガラスを割って押し入り、住人の手足を縛りあげて暴行し金品を強奪する。こうした凶悪な強盗事件が首都圏を中心にこの秋、連続して発生している。10月16日には横浜市青葉区の住宅で無職の男性(75)が殺害された強盗殺人事件も発覚した。

【画像】強盗致傷事件で送検される久保田陸斗容疑者(21) ©時事通信社

 いずれも常識的にはあり得ない高額報酬を約束するSNSの「闇バイト」に応募した若者たちによる犯行で、多くは逮捕されている。だが、事件の黒幕である指示役は、匿名性の高い通信アプリという“安全地帯”におり、現段階では警察の捜査の追及を逃れているのが実態だ。


横浜市青葉区の事件で張られた規制線 ©時事通信社

8月末から事件は起きていた

 連続発生した強盗事件のうち、警察当局が最初の事件と認識したのは、9月28日に東京都練馬区の住宅で起きた強盗傷害事件だった。その後、同月30日には国分寺市の住宅でも事件が発生、60代の女性がハンマーで殴られ重傷を負い現金約550万円が奪われた。

 10月1日には埼玉県所沢市の住宅でも同様の事件が発生。80代の男性と妻が手足を粘着テープで拘束され刃物で切り付けられたうえ、現金8万円が奪われた。実行役数人が逮捕され、警視庁と埼玉県警はこの時点で連続強盗傷害事件として共同捜査本部を設置した。

 当初は首都圏各地の強盗事件は、別々の事件と捉えられていた。だが、同じ犯罪グループによる最初の事件は、すでに8月27日にさいたま市で発生していたことが、後になって警察当局によって確認された。

中古ブランド品や質屋も狙われた

 8月31日には神奈川県厚木市の中古ブランド品店で高級腕時計など約130点が、9月3日には同県鎌倉市の質店でも腕時計2本が奪われた。同月18日、さいたま市で現金約10万円が奪われ80代と60代の親子が軽傷を負った。

 事件が続発するなかで、ついに犠牲者が出た。横浜市青葉区住宅で10月16日に無職の男性(75)が殺害され現金20万円が奪われた。手足を縛られたうえ、全身に暴行された痕跡が確認されるといった残忍な犯行だった。神奈川県警が強盗殺人事件として捜査している。

 8月から千葉県市川市で10月に発生した強盗傷害事件までの14件の事件について、「窓ガラスを割って押し入る」「住人に暴力を振るう」など、手口が共通していることから同一犯とみて警視庁、神奈川、千葉、埼玉各県警が10月18日に合同捜査本部を設置。約300人体制で捜査を進めている。

 警察当局のある捜査幹部は、「この事件は『トクリュウ』だ。実行犯の若者たちを逮捕するだけでなく、無理やりやらせている本当に悪いヤツらを逮捕しなければならない」と強調する。

「トクリュウ」の素性

 ここで言うトクリュウとは、「匿名・流動型犯罪グループ」の略称で、警察庁が近年、「治安上の脅威」と位置付けている。グループの特徴としては、暴力団などの特定の犯罪組織に属しているという訳ではなく、匿名性の高いSNSでつながり、事件ごとに流動的に活動して犯罪行為に及ぶ。

 典型的なパターンとして、まずSNSで「ホワイト案件」「高額報酬」などとアルバイトを募集する投稿を行う。合法的で安全な仕事な割に高収入が得られると偽装し、応募してきた者にスマートフォンに匿名性の高い通信アプリ「シグナル」をインストールするよう指示。さらに、応募者に対して運転免許証などの写真の送信、実家の住所や家族構成などの個人情報も送るように指示する。

 その後、応募者たちは仕事に向かうことを指示され、集合場所では初対面の数人の男と落ち合う。安全で高収入の仕事のはずが、個人情報を人質にとるかのように唐突に強盗を指示される。ためらっていると「なめるなよ。殺すぞ!」「家族がどうなってもいいのか」と脅迫され、従わざるを得ずに指定された住宅に押し入ってしまうという。

「闇バイト」でサケの密漁も

 捜査本部設置の際に、警視庁の親家(しんか)和仁刑事部長は、「事件の背後にいる『悪いヤツら』を早期に切り取り、犯罪グループの実態を解明する必要がある」と訓示した。

 首都圏で発生した一連の事件ではすでに30人以上が逮捕されているが、いずれもSNSで闇バイトに応募していた。実行役は報酬を得られないばかりか使い捨てられるのも共通している。首都圏のほかでも、北海道斜里町でサケを密漁していたとして、無職の男ら4人が逮捕された事件もあった。

 男らも同様にSNSで闇バイトに応募し千葉県、神奈川県から集まっていた。このように関連が疑われる事件はほかにもあり、合計すると20件以上とみられる。

 警察庁の露木康浩長官は10月24日の会見で、「被害者がお亡くなりになるなど、国民の体感治安に深刻な影響を与えている。重要なのは一刻も早く首謀者を逮捕することだ」との方針を示した。

「日給15万円以上」のはずが...

 横浜市青葉区の強盗殺人事件で逮捕された男は、「(事件の)数日前にSNSで『ホワイト案件』『高収入』と検索したところ、『日給15万円以上』との書き込みを見て応募した」と供述。事件直前に現場近くで初対面の男2人と合流して自分の車で向かいつつ途中で強盗を無理強いされることに気づいたが、引き返すことはなかった。

 東京と埼玉で連続して発生した強盗傷害事件で逮捕された男らは「闇バイトに応募して指示役から『逃げたら殺す』と脅迫され、強盗をせざるを得なかった」と供述。この時点で実行犯の多くが現場で逮捕されていたことから、多くの実行犯の若者たちを背後で操っている指示役としての犯罪グループ、「トクリュウ」の存在が浮かび上がった。

30個のアカウントを駆使して指示していた

 合同捜査本部の調べで、首都圏の連続強盗事件では、指示役が通信アプリを通じて約30個のアカウントで実行役に指示していたことが判明した。アカウント名は戦国武将として知られる「織田信長」「明智光秀」などのほか、文豪の「夏目漱石」。ほかに漫画やテレビ番組のタイトルをまねた「JOJO」「ゴッサム」といったもの。

 さらに、「赤西」「小山豊」などの個人名のようなものなども確認されている。一部のアカウント名は複数の強盗事件で重複して使われていた。

使い捨てにされる若者たち

 SNSで指示された実行役が連続して強盗事件を引き起こした例として「ルフィ事件」がある。ルフィなどを名乗る男たちの指示によって、2022〜23年に全国で発生した。一連の事件のうち、23年1月に東京都狛江市の住宅で起きた事件では90歳の高齢女性が全身を暴行されて死亡するといった残忍さで新聞やテレビのニュースで大体的に報道された。

 関連する強盗事件は14都府県で50件以上に上り60人以上が逮捕された。いずれも、「ルフィ」や「キム」などを名乗った渡辺優樹、今村麿人ら4被告がフィリピンの入管施設から指示していた。

 前出の警察当局の捜査幹部は、「指示役は安全地帯にいて、危険な強盗を実行役らに強要する犯行形態も今秋の首都圏での連続強盗とルフィ事件は構図が同じだ。高額報酬にだまされて実行役となった若者たちは使い捨てにされるだけだ」と特徴を指摘する。

警察当局が期待を込める「電子鑑識」とは

 強盗の実行役たちは続々と逮捕されている。しかし、指示役の所在は現在、全く判明していないのが実情だ。ただ、前出とは別の警察当局の捜査幹部は、「今後の捜査は、デジタルフォレンジックがポイントだ」と期待を込める。デジタルフォレンジックとは「電子鑑識」といった特殊技術のことで、デジタルデータの証拠を収集することで犯罪行為を立証する活動だ。

 今回もルフィ事件同様に、スマホの秘匿性の高い通信アプリが使われている。

ルフィ事件でも使用されたアプリの特徴

 アプリの特徴としては、一定時間が経過すれば通信の内容が消去される設定となっている。そこでデジタルフォレンジックの技術で強盗事件の指示のやり取りのデジタルデータを復元して、捜査の客観証拠とするのだという。

 例えるならば、殺人事件の現場などで行われる鑑識活動だ。わずかな指紋や足跡、毛髪などのDNA型を採取できる関係資料を採取して証拠として保存するのと同じになる。

 しかし、続けて捜査幹部は「容易ではない」とも語る。

「デジタルデータを復元させるアプリを使用しても、復元できないことが多い。スマホのロック機能がある場合には解除するためのパスワードが必要。AIなどを利用しつつ連想したパスワードを入力するにしても一定回数、間違えると凍結されてしまう」

ルフィ事件で活躍した警視庁の“あるチーム”

 ルフィ事件当時と同様に今回の事件でも、スマホの解析には警視庁捜査支援分析センターの専門捜査員が担当している。前出の捜査幹部は、「ルフィ事件の際には、渡辺被告らのスマホのロックを解除し、事件の全容解明につながった。今回も実行役のスマホから指示役らにつながる捜査を進めねばならない」と意義を説明する。

 さらに、捜査幹部は「カネの流れから指示役を浮上させることができるかもしれない」との見方も示す。

「強盗の被害金を複数の銀行口座を経て資金洗浄(マネーロンダリング)していることが予測される。カネの行先を根気強くたどれば何かしらの手がかりがあるかもしれない」

 ルフィ事件でも通信記録と資金の流れを追うことで、フィリピンにいるルフィグループが浮かび上がった。

 今回の事件では実行犯の取り調べと並行して、警察幹部が「本当のワル」と非難する指示役を突き止める捜査も進行中だ。だが、事件では死者も出ており取り返しのつかない事態となっている。

 実行役についても今後、裁きによる報いが待っている。特に横浜の事件では、強盗殺人罪に問われる。同罪の量刑は死刑か無期懲役だけだ。20代の若者たちが安易に闇バイトに応じたばかりに、人生の実り多い時期を刑務所で過ごすことになりそうだ。代償は大きい。

(尾島 正洋)