都心部で増え続けるタワマン。宅配大手は配達に工夫を凝らすが・・・(撮影:今井康一)

「台車なしだと手で荷物を運ぶしかないので、効率が落ちてしまう。台車が禁止なら配達しませんって言ってみたいですよ」

30年近い経験を持つベテランドライバーは、こう本音を明かす。彼が担当するのは東京・中央区の一角。個人宅の多くは、湾岸部にそびえるタワーマンション、もしくは高級マンションだ。

宅配業者に対して「独自ルール」を設けるマンションは少なくない。高級マンションやタワマンほど、厳しくなる傾向にあるという。たとえば壁や床を傷つける恐れがあるため台車は禁止、エレベーターを使うときは防災センターでカードを借りなければならない、といった内容だ。

セキュリティが厳重なマンションでは、何度もオートロックを解除するためにインターホンを鳴らす必要がある。大規模なタワマンになると内部は一つの街のように広く、ただでさえ配達に手間がかかる。そこに独自のルールが加わることで、宅配ドライバーは日々、悪戦苦闘しているのだ。

タワマン配達に立ちはだかる、厳しい現実

タワマン配達のおおまかな流れは次のようなものだ。

まずはエントランスでインターホンを押し、客が在宅しているかを確認する。在宅なら荷物を持ってエレベーターで上がっていく。荷物は対面ですぐに渡せるものばかりではない。代引きの荷物や貴重品、冷凍・冷蔵品、受け取りを確認するサービスなどの場合はさらに時間がかかる。

客が不在の場合は宅配ボックスに入れるが、ドライバーは配達を終えてエントランスに戻ってからも、確認のために不在だった部屋のインターホンを再度鳴らす。時間差で帰宅する住民もいるからだ。「在宅していたのになぜボックスに入れたんだ」。そんな苦情はどの会社も日常茶飯事だ。

客が不在で、宅配ボックスがいっぱいの場合は荷物を持ち帰り、再配達となる。特に午前中は宅配業者のボックス争奪戦になることが多いという。

今回、マンションの配達の課題に関してある物流企業に取材したところ、営業所で実際に起こったタワマン配達の事例を数多く聞き取ることができた。以下、それぞれの項目ごとに、現場の悩みを追っていきたい。

荷物1個の配達に30分かかる

タワーマンションの配達でよくある問題
・配達と直接関係ない手続きが面倒(防災センターなどで受付が必要)
・強固なセキュリティで何重ものロックがあり、配達に時間がかかる

ここでは実際の配達の例をみていく。東京都内の50階超、550戸のマンション。まず、地下1階の警備室で送り状を見せて、配達の指示をもらう。今回の届け先は42階のフロントだ。配達階別のセキュリティ解錠カードをもらうなど、受付には10分かかった。


ウーバーイーツでも湾岸エリアの注文を避ける配達員は多い。通常の注文より何倍も時間がかかるからだ(撮影:今井康一)

目的のエレベーターまで2カ所のロックを解錠し、エレベーターの到着を待つ。ここまで15分かかったが、さらに6分エレベーターを待つ。さらに2カ所のロックを解錠して目的の42階に到着。専用のiPadに荷送人、商品などの必要事項を入力する。

入力した情報は専用プリンターで出力される。バーコードを荷物に貼り、フロントの受付で再度スキャンして配達は完了だ。ここまでかかった時間は30分だった。

荷物1個の配達に30分かかることは、タワマンでは決して珍しいことではない。事前に手順を把握していなければ、配達を完了することさえままならない。厳重なセキュリティは住民の安全を守るためだが、配達員には大きなハードルになっている。クリアが難しいダンジョンのようだ。

ちなみに、こうしたセキュリティの強固さには、ウーバーイーツの配達員も苦戦している。防災センターなどで足止めされ、次の注文をなかなか受けられない。都内の配達員の中には意識的に中央区、江東区など湾岸エリアの注文を避ける配達員も多い。

ドライバーの味方・台車についてのルール
・マンション内で台車の使用禁止
・使用可能な場合も、静音仕様など専用の台車が条件
・エレベーターホールまでは台車を使えるが、廊下は禁止

台車はドライバーにとって、もっとも重要な仕事道具の一つだ。台車を使えば十数個の荷物を一度に運べる。しかし床や壁に傷が付くことや、景観上の理由などで台車を禁止するマンションは少なくない。


今年8月には、アマゾンの宅配業者に向けた高圧的な貼り紙がSNS上で炎上することになってしまった(記者撮影)

物流大手の調査によると、東京23区内に320棟以上のマンションが台車の利用を禁止しているという。各社はルールに従うしかない。ドライバーは手で荷物を運び、行き来する羽目になる。

今年8月には、アマゾンの宅配業者に対して「建物の美観を損なう恐れのある『角バッグ又は籠等』を使っての館内配達は禁止です。損傷の恐れある行為として警察に通報します」といった高級マンションの貼り紙について、SNS上で炎上する騒ぎとなった。

台車と同様、一度に複数の荷物を運べるバッグやカゴも配達員にとっては重要な道具だ。厳しい独自ルールは配達の効率を下げ、配達員を苦しめる可能性が高い。

エレベーターの待ち時間は運次第

配達に立ちはだかる、エレベーターに関連した問題
・住民用エレベーターの使用禁止
・貨物用、業務用エレベーターの混雑
・ペット用エレベーターと貨物エレベーターが併用
・階によってエレベーターが異なり、乗り換える必要がある

エレベーターも難関ポイントだ。複数の貨物エレベーターが使える場合はよいが、宅配業者は1社だけではない。複数社が同じ時間帯に集まることもある。また、清掃などを担当する業者も貨物用エレベーターを使うため、混雑しがちなのだ。

貨物用がペット用と併用とされている場合も厳しい。ペットを普通の住民用エレベーターに乗せることができないため、ペットを連れた住民が現れる度に、配達員はエレベーターの順番を譲り続けなければならない。配達を効率よく済ませられるかは、運次第だ。

その他の問題
・住民がセキュリティの仕組みを理解しておらず、怒られる
・置き配が禁止されている
・荷物は地下から搬入するが、宅配ボックスは1階に設置されている
・宅配ボックスの数が戸数に対して少ない

配達員がエントランスからインターホンを押すと、客から「ドア前に置いておいて」などと指示されることがある。

しかし、セキュリティが厳重なマンションの場合、目的の階で再度インターホンを押して客にロックを解錠してもらわなくてはならない。2回目に鳴らすと、客から「なんでまた鳴らすの、さっきドア前に置いてって伝えたでしょ」などと理不尽に怒られることがあるのだ。

中央区などタワマンが多い地域を担当するドライバーは「タワマンでは、なぜか上から目線で配達員が怒られるケースが多い」とこぼす。

最近、宅配大手でも広がる「置き配」も、マンションによってはセキュリティ面の事情や美観を損ねるなどの理由で禁止されている。置き配ができれば配達効率は大幅にアップするが、ルールに従うしかない。

また、一部マンションは設計時に物流大手と配達の動線や宅配ボックスの数などについて相談する例もあるが、多くのマンションはそうした効率まで考慮した設計になっていないのが実情だ。

採算悪化で特別料金を模索

現場から寄せられる、マンションへのさまざまな要望
・住民が宅配ボックスに私物を入れる、荷さばきスペースに駐車することの改善
・使用できる駐車場の充実、エレベーターの制限を緩和する
・宅配ボックスの数を増やす。住民の利用を促進してもらう
・セキュリティや置き配の緩和。コンシェルジュに荷物を渡す仕組みなど
・物流センターを常設して運営費をもらい、館内配送を業者に委託する
(一部の大規模マンションでは、1社に館内の配達を集約する例がある)

現場からははさまざまな要望が上がっている。どれも配達をより迅速に、効率的にするための提案だ。しかし宅配業者としては、顧客側に要望を突きつけることは、立場上かなり難しい。

ある宅配業者の首脳はタワマン配達に関して「なんとか特別料金をとれないか」と模索しているという。人手も手間もかけているのに、通常の料金では採算が悪化してしまうからだ。

大手業者は各社とも工夫を凝らしている。Amazonは配達する建物の駐車場の場所やメールルームへの行き方をアプリ上で紹介し、注意事項も共有するなど配達員をサポートしている。

ヤマト運輸は役割分担し、チームで配達する例がある。インターホンを鳴らすスタッフと荷物を配達するスタッフを分ける。荷物が多いときは、不在票を書くスタッフもいるなど、チームで配達を行うという。

荷さばき駐車場も利用時間が30分に制限されるなど、1社がいつまでも使えるわけではない。そこでドライバーが荷物を全部下ろし、配達部隊が分担して運ぶ。多いときには一度に届く荷物が300個近くになることもあるという。

佐川急便もマンションによっては専用台車を使うなど、各マンションのルールに対応している。

独自ルールはドライバーに負担

今年4月、政府は「再配達削減PR月間」と称し、主に消費者の意識を変える点を呼びかけた。時間帯指定を活用すること。各事業者が提供するツールを利用すること。コンビニや駅の宅配ロッカー、置き配など、さまざまな受け取り方法を使うことなどだ。

しかし紹介してきたように、マンションのさまざまな独自ルールがドライバーや配達員の負担になっているのも事実だ。

宅配の課題は消費者に密接にかかわる問題だ。マンション住民にとっての快適さも大事だが、そればかりを優先するなら、特別な料金が設定されたり、配達を断られる可能性もゼロではないだろう。宅配業者と協力し、共に妥協点を探っていくことこそ、適切なサービスを受けるために欠かせない点と言えそうだ。

(田邉 佳介 : 東洋経済 記者)