HTCNIPPONのカントリーヘッド、小山Max直樹氏(筆者撮影)

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HTCの新しいXRヘッドセットはスタンドアロンでも動作し、PC接続でも画質が落ちない(筆者撮影)

VRゴーグルといえばMeta QuestやPlayStation VRが知名度が高いが、HTC Viveという老舗ブランドがある。同社は2016年のいわゆる「VR元年」から製品を投入しつづけている。近年では科学技術研究や、警察・軍隊の訓練などの産業向けシミュレーション用途で展開してきたが、ここにきて消費者向けにもアピールする製品を投入してきた。

パソコンとの連携も強化した新VRヘッドセット

HTC NIPPONは、9月24日に新しいXRヘッドセット「VIVE Focus Vision」を発表した。VIVE Focus Visionは、スタンドアロン型の利便性を維持しつつ、高性能PCと接続して使用するPCVR機能も備えた“二刀流”の製品だ。

高解像度ディスプレイ、アイトラッキング機能、そしてPCとの有線接続による映像劣化の少ない出力など、ハイエンドな仕様を特徴としている。

価格は個人向け“コンシューマーエディション”が16万9000円、法人向け“ビジネスエディション”が21万4000円(いずれも税込)と、比較的高価格帯に設定されている。PC向けVRゲームを楽しむユーザーや、ビジネス用途での使用が主なターゲットだ。

HTC NIPPONのカントリーヘッドである小山 Max 直樹氏は、この新製品について「PCへの有線接続により、本来あるべき姿の映像を最高画質と最低遅延で楽しむことができる」と述べている。同時に、「ビジネスにとって理想のプラットフォーム」であるとも述べており、ビジネス市場とコンシューマ市場の両方でシェア拡大を狙う戦略が見てとれる。

VIVE Focus Visionの発表は、VR市場が成熟期に入り、セグメンテーションが進んでいることを示唆している。市場の大部分を占める手軽で比較的安価なモデルがある中、HTCは高性能・高品質路線で差別化を図り、プレミアムセグメントでの存在感を高めようとしている。

一方でVIVE Focus Visionの発表は、HTCの新たな戦略の一部にすぎない。同社は、この新製品を軸としつつ、独自の戦略を展開している。


HTC NIPPONのカントリーヘッド、小山 Max 直樹氏(筆者撮影)

急成長のVR市場で横ばいのHTC

IT専門調査会社IDC Japanの2023年国内AR/VRヘッドセット市場調査によると、VR市場全体は大きく成長を続けている。しかし、この成長の中でHTCのVRデバイスの出荷台数は横ばいの状態が続いている。市場シェアで見ると、Metaやソニーが上位を占める中、HTCはトップ5に入るものの、その差は大きい。


2023年のVRヘッドセット出荷台数(出典:IDC Japan)

IDC Japanのアナリスト井辺将史氏は、HTCの現状をこう述べる。

「HTCは今の国内のトップ企業であるMetaやPicoなどより古くから日本市場で活躍している企業で、この市場においては老舗と言えます。国内ではコマーシャル市場の中で一定のプレゼンスがあり、地道にユースケースの発掘や新規開拓を行っています」

「一方でHTCの出荷数はここ数年は数千〜1万台程度です。近年、Meta、Xreal、PSVR、Picoなどコンシューマー向けのヘッドセットがトップシェアを占めるようになり、相対的にシェアが下がっています。出荷台数自体もコンシューマー向けではMetaやPicoなどと比べた場合、販路やマーケティング、アプリケーションといった面で劣ってしまうので減少傾向にあります」(井辺氏)

カントリーヘッドの小山氏は現状について「市場が広がっている中で、HTCはもともとのユーザーベースがあり、販売数はそれほど変わっていない。新しい製品が出るとコンスタントに売れていく」と述べ、コアなファン層は維持できていると説明する。

他社ヘッドセットにトラッカー提供

HTC NIPPONは、VRヘッドセット市場でのシェア低下という課題に直面しながらも、周辺機器戦略で活路を見いだしている。

VRヘッドセットには“トラッカー”という周辺機器がある。指先や足元などの全身の動きを検出するデバイスだ。HTCはこのトラッカーを、Meta Questのような他社製のデバイスでも利用できるようにしている。小山氏は「VRヘッドセット界のAnkerを目指している」とスマホ周辺機器大手になぞらえて語る。


VRの周辺機器として欠かせないトラッカーでシェアを高める(筆者撮影)

実際、日本市場ではこの戦略が功を奏している。小山氏によれば、「日本はトラッカー利用率が非常に高く、北米市場と並んで重要な市場となっている」そうだ。特にVR ChatやVTuber文化の隆盛により、フルボディトラッキングへの需要が高まっている。ベースステーションとトラッカーを市場に出すだけで、あっという間に売り切れてしまうそうだ。

いわばコバンザメ戦略だが、HTCは周辺機器からVRエコシステム全体での存在感を高め、直接的なヘッドセット販売に依存しない新たな収益源を確立したと言える。高いクオリティの周辺機器で培ったブランドを背景に、ハイエンドなVRヘッドセットを訴求するという好循環を目指している。

空きテナント活用で広がるVRの裾野

HTC NIPPONのもう1つの独自戦略が、ロケーションベースエンターテインメント(LBE)と呼ばれる「即席VRスポット」の展開だ。LBEとは、特定の場所に設置されたVR機器を使用して、その場所にいる複数人で体験できる没入型のコンテンツを提供するサービスを指す。従来のVRアーケードやテーマパークでのVRアトラクションなどがこれに該当する。

HTC Viveではクラウドベースのシステムにより、コンテンツの一斉配信や管理が容易になっている。数十万円の資材を用意して、30分で機材を設置すれば展開できるという。小山氏は「私が目指したいのはショッピングモールとかアウトレットの催事場や、空きテナントが生じた商店街で活用すること」と語る。

また、LBEで子どものVR体験を促進したいと強調する。「ターゲットは小学生です」と小山氏。VRを早期に体験させることで、将来のユーザー層を増やす狙いがある。

その具体例として、北海道紋別市の市立博物館での取り組みがある。2024年8月に実施されたイベントで、25m四方の博物館の入り口のスペースを間借りし、VRゲームの体験スポットを設置した。

この体験では、通常なら数百万円規模の設備が必要なLBEを、極めて低コストで実現している。

「市民博物館の入り口のスペースを片付けて、即席で拵えたものですが、子供たちは大喜びでした」と小山氏は語る。


VRで対戦ゲームに興じる子どもたちの様子。LBEで複数人が楽しむには識別模様を床に用意しないといけないが、安価な養生テープを使って実現した(筆者撮影)

小山氏は、日本全国にこれを広めたいと考えているという。

HTCが描くVRの未来像

一方で、多くのVRデバイスが13歳以上を対象年齢としている点は課題がある。この点について、小山氏は「VRの年齢制限については、法律で決まっているわけではない。常時装着するのではなく、ゲームセンターでの短時間の体験程度では問題はないのでは」と独自の解釈を示し、“短時間の体験であれば10歳程度から”という新常識の定着を望んでいる。

HTCのトラッカー戦略とLBE展開は、単なる製品販売を超えたVR技術の普及と新たな体験を創出すものだ。トラッカーによるエコシステムの拡大と、LBEによる手軽なVR体験の提供は、相互に補完し合いながら、VR市場全体の成長を促進する可能性を秘めている。

HTCはかつてスマートフォンの市場で鳴らした存在だった。グーグルへの主要開発組織の売却を経て、VRに注力する方向性に舵を切った。スマホ事業も再起動を進めているというが、現時点ではパッとしたものは出ていない。今後の動向に注目したい。

(石井 徹 : モバイル・ITライター)