藤壺の松藤 写真提供◎NHK(以下すべて)

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2024年9月30日の『あさイチ』は『光る君へ』に惹かれるワケ【大河ドラマSP】。絢爛豪華な、こだわりの美術セットの舞台裏に潜入します。NHKの美術チームのお仕事に迫ったルポを再配信します。***********現在放送中の大河ドラマ『光る君へ』。屋外ロケで武士たちが戦うような戦国ものとは違って、屋内でのドラマ展開が多い今作。貴族たちの美しい着物や建物など、平安時代の雅も見どころの一つだ。画面を通して四季の風情を感じさせる壮大なセットなどにも、エコへの取り組みがなされているという。『あさイチ』も合わせ、舞台裏を見せてもらった(取材・文◎しろぼしマーサ  写真提供◎NHK)

【写真】三日月の硯、竹文様の水差し、牛車の筆置き、兎の文鎮など、竹取物語を連想させて

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「内裏・藤壺」の優雅な調度品の数々

NHKでは初めての平安中期の貴族社会を舞台にした大河ドラマ『光る君へ』は、ドラマの後半を迎え、主人公のまひろ(紫式部・吉高由里子)が、源氏物語の執筆を開始し、藤原道長(柄本佑)の長女である中宮彰子(見上愛)の女房として力をつくすことになる。

『光る君へ』は、ストーリーの展開を楽しむだけでは、もったいないドラマだ。

平安時代の帝(天皇)の最高級の住まいである内裏・清涼殿、中宮彰子が過ごす後宮の七殿五舎のうちの一つである飛香舎(別名=藤壺)、藤原道長の邸宅である土御門殿などの建物や庭が見ものだ。さらに、その時代ならではの品格ある室内の調度品(家具や生活用品)、衣装なども鑑賞に値する。

NHKの美術チームが、復元された国宝『源氏物語絵巻』、平安時代を偲ばせる建物、屏風絵、調度品を研究し、建築や風俗などを専門とする時代考証の先生方の意見をもとに作り上げた世界がドラマを盛り上げている。

美術チームの熱量がひしひしと伝わる

私は美術館に行くのが好きだ。現代まで保存されてきた昔の香炉や調度品などを目の前にすると、あまりの品格にもっと近づいて見ようとして、厚いガラスで遮られていることを忘れ、ガラスにおでこをぶつけた経験が何度もある。

『光る君へ』では、衣装はもちろん調度品が気になり、NHKプラスで見直し、「こりゃ凝っている。美しい」と独り言を言っている。俳優さんの傍や背景にあり、少ししか画面に映らなくても、完璧な雅の世界を作り上げたいという美術チームの熱量がひしひしと伝わってくる。俳優さんたちもその中にいて、平安時代の人になりきっているのだと、私は勝手に思って見ている。

美術チームが作り出した世界を、解き明かしてみよう。


長く裾を引いた衣装も美しい

『松藤』は「藤壺」のシンボルツリー

ドラマの中にたびたび登場し、ゆっくり見たいと思ってしまうのが、中宮彰子の住まいである「藤壺」だ。藤壺は火災にあい消滅し、ドラマでは新しい藤壺が登場している。藤原道長と嫡妻の倫子(黒木華)が、愛する娘のために、そして一条天皇(塩野瑛久)を迎い入れるために、贅の限りをつくして作り上げた館である。

「平安時代は庭に梨の木があれば『梨壺』、藤があれば『藤壺』と呼ばれていたそうです。当時は藤棚がなく、時代考証の先生にお聞きしたり、絵巻物を見たりして調べました。松に絡ませて藤を愛でていたとう資料があったのです。藤の花房が庭の砂についてしまうほど垂れ下がる『砂ずりの藤』を松に絡ませて飾りました。『松藤』は、この館のシンボルツリーです」 (NHK 映像デザイン部・山内浩幹チーフデザイナー) 。

「松藤」は館の左右に植えられている。土御門殿にも「松藤」はあるが、中宮の館の庭にふさわしい豪華なデザインにした。一条天皇の訪れを待つのに、ふさわしい庭の景観だ。

室内で最大に豪華なのは、当代一流の公卿たちが彰子の入内を支持して寿いだ和歌の色紙を貼った屏風。道長の権力を象徴するもので、居室の中心に位置している。絵はこのドラマで衣装デザインを担当している日本画家の諌山恵美氏が、このドラマのためだけに描いた。

「藤は『藤原』の象徴としています。藤壺では藤色である紫を差し色に入れることを考えました」 (NHK アート・枝茂川泰生デザイナー) 。
室内は、御簾の紫野筋、紫雲文様の几帳など、紫をキーカラーにした装飾にしている。
螺鈿や蒔絵を施した唐櫃をはじめ高燈台、釣香炉、朱塗棚、季節の花を挿した角盥(つのだらい)など、どれも贅沢な柄の調度品だ。


紫雲几帳


顔を洗う女房たち

中宮彰子に仕える女房たちの局と日常

藤壺の北側にあるのが女房たちのバックヤード。約2間角の部屋が一列に並んでいる。
まひろが中宮彰子の教育係として女房になり、出仕したことにより、ドラマでは女房たちの日常を知ることができる。

このドラマが始まった時、私の友人が「平安貴族はすごい。吹き抜けの住まいで冬は寒さに耐えたのね」と言った。私は「館の何処かから雨戸を運んできて閉めるのかもしれない、体力がいるね」と答え、知識のなさに今は恥じ入っている。

ドラマを見れば、住まいが吹き放しでないことが分かる。蔀戸(しとみど)というのがあり、朝は蔀戸を屋根の方に上げ、夜は下げて閉めるのである。
女房たちの局(部屋)は、引物や壁代で仕切られ、2人で使用している。
各部屋の外にある廊下の部分は細長い部屋として使われ、「廂」(ひさし)と呼ばれ、化粧スペースや着替えスペースがある。


蔀戸を上げる

平安時代の絵巻は「吹抜屋台(ふきぬきやたい)」という特徴的な構図で描かれている。天井がなく上から見た絵である。ドラマの撮影ではその絵巻のように、室内の様子を俯瞰する構図をイメージし、ドローン撮影ができるようにした。

平安へのタイムスリップ

ここでも藤壺を象徴する藤のある庭に紫雲文様の几帳、御簾の野筋など藤色(紫)をキーカラーにして装飾を施した。
まひろは『源氏物語』の執筆のために、藤原道長から特別に個室を与えられた。

見逃せないのが、まひろが道長から贈られた檜扇(ひおうぎ)である。有職彩色絵師の林美木子氏が、まひろと三郎(後の道長)の子供の頃の初めての出会いを檜扇に描いている。「国宝級」と思い、美術スタッフは手袋をはめて大切にあつかっているという。


道長がまひろに褒美にと送った扇には特別な思いが・・・

まひろは『竹取物語』が好きで、娘の賢子(かたこ)にも読んで聞かせている。そのため物語を書く筆記具にもこだわった。三日月の硯、竹文様の水差し、牛車の筆置き、兎の文鎮など、竹取物語を連想させている。

このドラマには月が多く登場する。まひろが一人で眺め、道長も一人で眺め、一緒に眺めるシーンもある。その月にもこだわり、空気の澄んだ北海道で撮影した月を登場させている。私は北海道に行ったことがないので、月が出るとありがたく拝見している。

美術チームのこだわりが満載の『光る君へ』は、令和に生きる私たちを、平安の世界にタイムスリップさせてくれる。