〈自民党選挙裏金疑惑〉「すがっち」=菅義偉? 公職選挙法違反で実刑判決がくだった河井克行氏の自宅から見つかったメモの”疑惑”を菅氏に突撃取材

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政治家の河井夫妻が自ら現金を配って回った買収事件から発展し、中国新聞の取材班が政府・自民党の不透明なカネの問題に切り込んだ、渾身の調査報道をまとめた書籍『ばらまき 選挙と裏金』。

【スクープ画像】河井克行氏宅から見つかった「すがっち500」と書かれたメモ

書籍から一部を抜粋・再構成し、河井克行が自宅に残したメモにあった「すがっち 500」の疑惑について中国新聞の記者が菅元首相へ突撃取材した様子を紹介する。

「すがっち」と呼ばれたことはあったのか?

記者の河野は近づいて名刺を出した。「中国新聞の河野です」。菅は歩き続けながら、表情を変えずに受け取った。河野は臆せず質問を繰り出した。

――河井案里氏側へ500万円を提供したというメモが押収されています。

「知らない」

――500万円を提供しましたか。

「そんなことあるわけがない」

――内閣官房の機密費からお金を出したということはないですか。

「ない」

―本当にないですか。

「ない、ない」

菅は淡々と答えると、去って行った。短いやりとりから、菅はおそらく中国新聞のスクープの内容を把握しているように感じた。

メモの存在を聞いた最初の質問にも戸惑うことなく、きっぱりと「知らない」と答えていた。

きっと何を聞かれても否定するつもりだったのだろうと感じた。否定はされたが、接触できただけでも大きな収穫だった。

すぐに取材班にチャットで報告し、新たに中川も加わってあらためて国会内で待機した。

取材班の他のメンバーから、検察からの聴取はあったかどうか、「すがっち」と呼ばれていたかどうかを確認するよう指示され、菅が国会から退出する際のチャンスを狙った。

それから1~2時間後、菅は国会内の廊下に姿を見せた。今度は秘書が随行していた。

中国新聞の記者が出待ちしていると考えたからだろう。ただ秘書は河野の質問を遮ることはなく、菅は歩きながら質問に答えた。

――検察からの聴取はなかったですか。

「そんなことはない」

――克行氏から「すがっち」と呼ばれたことはあったのですか。

「それは知らない」

そこまで答えると、菅は「歩きながら、話しかけるのをやめてください」と話し、去って行った。この取材の最初から最後まで表情を変えることはなかった。

安倍氏ら4人聴取せず

19年の参院選では総理大臣だった安倍とともに、官房長官だった菅も案里陣営の応援に入っていた。

機密費(正式名称は内閣官房報償費)を克行に渡していたとしても、機密費は使い道を公開しなくてもいい決まりのため、使途が明らかになることはない。

使い道を知っているのは当時の総理大臣官邸幹部の一部に限られるとみられる。

河野は東京支社に勤務していた時、総理大臣になった菅と担当記者との懇親会に参加したことがある。

自らの番記者相手にも菅は表情を変えず、淡々と話す姿が印象的だった。

「中国新聞がこれ以上取材を続けても、真実を語ることは決してないのではないか」。そう感じながら国会記者会館に戻った。

この日の昼過ぎ。2日目の出稿メニューが決まった。

手書きメモに記載されていた安倍政権の幹部4人に対し、検察が聴取をしていなかったという事実を報じることにした。

関係者への取材では、大規模買収事件の主犯の克行に政権幹部4人が裏金を提供した疑惑を示すメモを押収したにもかかわらず、東京地検特捜部は安倍、菅、二階、甘利の4人に事情を聴くことなく、捜査を終了したという。

買収罪で克行との共謀に問うためには、買収に使われることを分かっていながら資金を提供していたと立証することが必要で、捜査のハードルが高いことは分かる。

それでも一般の事件なら、こうした疑惑メモがあれば、関係者として任意で事情を聴くことは当然する。ときの政権幹部ということで、忖度が働いたとしか思えなかった。

河井夫妻摘発に向けた捜査が進んでいた2020年に広島で検察取材に明け暮れていた中川の実感とも符合する。

捜査がヤマ場を迎える前の早い段階で、関係者から「河井夫妻より上には捜査の手は伸びない」と聞いていたからだ。

この日の続報は中川が執筆した。捜査が不十分だったのではないかと問題提起する記事を書いた。この日も朝刊1面トップで掲載された。

記事を執筆した中川は、広島で取材していた当時の検察幹部が繰り返し口にしていた言葉を思い出していた。「厳正公平、不偏不党」というフレーズだ。

永田町では、国会答弁で決まり文句のように使われる言葉でもある。

その言葉は大阪地検特捜部の証拠改ざん事件を受けて、2011年に最高検が作成した基本理念の中にある。

理念は検察の使命と役割を明確にし、検察官が職務を遂行する際の指針とすべき基本的な心構えを説いている。

そこにはこうある。「刑罰権の適正な行使を実現するためには、事案の真相解明が不可欠であるが、これには様々な困難が伴う。

その困難に直面して、安易に妥協したり屈したりすることのないよう、あくまで真実を希求し、知力を尽くして真相解明に当たらなければならない」

何も、理念だけで厳しい政界捜査を乗り切れるとは思っていない。だが、疑惑の証拠をつかんでいるにもかかわらず、政権幹部に聴取しないことがあっていいのだろうか。

疑惑を示すメモは闇に葬られていた

それだけ聖域なのか。理念には「国民の良識にかなう、相応の処分、相応の科刑の実現」を目指すとしているのだ。

検察の姿勢を批判するヤフーのコメントが頭をよぎった。

克行宅から押収した疑惑メモについて、検察は克行の供述すら得られていなかった。関係者によると、担当検事が取り調べを試みたが、克行は応じなかったという。

検察は、東京地裁で20年8月から21年6月にあった克行の公判でもこのメモを証拠として提出していなかった。

公判では、克行は地方議員らに配った現金の出どころを「手持ち資金」と説明し、検察はそれ以上追及しなかった。

安倍政権幹部が裏金を提供した疑惑を示すメモは闇に葬られていたのだ。

永田町で取材を始めて3日目は、克行の供述を得られずに捜査が終了し、メモがお蔵入りしていたことを柱に記事を出稿した。

一連の中国新聞の報道に対し、ネット上では反響が続いていた。

かつてオウム真理教の事件を追及したジャーナリストの江川紹子はXに「買収の原資となった、と見ていたのに聴取せず、と。結局、検察は権力の中枢には触れないのね?」と投稿した。(@amneris84/2023年9月11日)

動画投稿サイト「ユーチューブ」では元共同通信記者でジャーナリストの青木理が出演した番組が配信されていた。

青木は「安倍さん、菅さん、二階さん、甘利さんに、どういうことですかと取り調べをするなり事情聴取するなり、捜査の対象にしてもおかしくないのに、検察は一切していなかった」

「甘利さんは認めていて、このメモの信ぴょう性は高い。他のメディアもきちんと書いてもらいたい」と指摘した上で「これから先(メディア全体で)追及しないといけない第一歩のスクープ。これからのメディアの報道ぶりに注目していく必要がある」と、メディア全体の奮起を促していた。

この3日間の取材で、疑惑の渦中となった政権幹部4人のうち、22年7月に死去した安倍を除く3人の取材ができた。

二階と菅は疑惑を否定した一方、甘利は現金の提供を認めた。想定以上の成果があり、疑惑メモの真実性にも確信を持つことができた。

一仕事を終えた荒木、和多、河野の3人は広島に戻って行った。

広島の本社に戻った荒木は、編集局長の高本に出張の報告をし、この疑惑メモを足場に永田町の取材を続けたいと打診した。

「今後もどんどん出張すればいい。取材を継続していこう」。高本はこう檄を飛ばし、取材班を後押しした。

その後も在京メディア各社の後追い報道はなかったが、高知県の地元紙である高知新聞から「中国新聞のスクープを掲載したい」と記事配信の依頼が寄せられた。

早速配信すると、高知新聞の社会面を大きく割いて、「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」の疑惑メモの記事が掲載された。

さらに、熊本県の熊本日日新聞と兵庫県の神戸新聞からも同様の依頼があり、両紙にそれぞれ中国新聞のスクープが載った。地方紙連携の新たなスタイルが芽生えた。

検察の意外な反応

安倍政権の裏金提供疑惑を報じて以降、中川は検察の反応が気になっていた。

一連の記事では、特捜部が裏金を提供した政権幹部ら4人に聴取せずに捜査を終えていたことも書いたからだ。検察にとってはうれしい記事のはずがない。

中川は数日後、ある検察幹部を訪ねた。記事の受け止めを聞きたかったからだ。

「報道をご覧になりましたか。どうでしたか」と尋ねると、「報道は承知しています。しかし、個々の記事について特にコメントはしません」。

表情をぴくりともさせず、通り一遍の答えが返ってきた。

だが、それに続く言葉は少し違っていた。「中国新聞さんの報道は理解をしていますよ、それは言えます」。

うつむき加減だった中川が顔を上げると、検察幹部の表情に怒りや冷たさは見受けられなかった。

「私もあの本、『ばらまき』を買いましたからね」。その後の雑談からも、決して怒りはうかがえない。むしろ報道を評価しているように感じた。

取材班が確実な事実に基づいて報じているからだろう。記事は何も間違っていない─。そう確信を持つには十分だった。

ばらまき 選挙と裏金

中国新聞「決別 金権政治」取材班

2024年8月21日発売

1,100円(税込)

文庫判/464ページ

ISBN: 978-4-08-744685-2

政治家夫妻が自ら現金を配って回った前代未聞の買収事件から発展し、政府・自民党の不透明なカネの問題に切り込んだ、渾身の調査報道!

「事件はまだ終わっていない」

自民党衆院議員が妻の参院選出馬に際し、地元の議員らに現金を自ら配って回った前代未聞の買収事件。その額は100人で計2871万円にのぼる。なぜ、この事件は起きたのか。本当の“巨悪”は誰なのか。広島の地元紙が総力を挙げて「政治とカネ」の取材を続けるうち、買収の資金源とも目される自民党の巨額「裏金」問題へと繋がってゆき――。政権中枢の問題をあぶり出した取材とその裏側を描く、執念のノンフィクション。