「ただでさえ珍しい苗字ですから…」取材に応じた佳代さん(仮名)

写真拡大

「悪質ホスト」問題を受け、東京都・新宿区歌舞伎町のホストクラブでは、今春より売掛金(ツケ払い)撤廃の動きが進んでいる。それでも、7月には女性客をあっせんしたホストクラブの幹部が逮捕されるなど、根本的な改善はほど遠いようにも思える。客に高額の売掛金を課し、無理を強いるホスト。そうした行為は、当事者はもちろん、時にその家族の人生までも狂わせてしまう(前後編の前編)。

 ***

【画像】悲痛な胸中を語った母の佳代さんと、娘を陥れたホストの「ハルト」 ほか

 八雲佳代さん(仮名、以下同)は、現在、一般社団法人「青母連」の活動に参加している。正式名称は、青少年を守る父母の連絡協議会。歌舞伎町を中心とする全国5拠点で、繁華街での声かけ、相談窓口の設置などを通じ青少年を守る活動を行う団体だ。「悪質ホスト問題」も、青母連の追及から社会問題化した。

「ただでさえ珍しい苗字ですから…」取材に応じた佳代さん(仮名)

 佳代さんが青母連に入ったきっかけは、当時20歳だった娘の彩菜さんが「ホスト沼」にハマったことだった。

「2022年の2月頃のことです。大学に入ってひとり暮らしをしていた娘が、とつぜん家にやって来たんです。今思えば、主人がいないタイミングを狙ったんでしょうね。『借金がある』というので、驚いてどれくらいか聞くと、『1000万円』と。あいた口がふさがらないとはこのことでした」

 当初、彩菜さんは借金の理由をなかなか明かそうとはしなかった。だが問い詰めていくと、歌舞伎町のホストクラブの売掛金であること、支払期限が迫っており代わりに払ってほしいことなどを口にした。

「なんでも、アプリで知り合った男が実はホストで、ずるずる店に通うようになったみたいなのです。とはいえ、当時は私もホストクラブの仕組みがよくわかっていませんでしたし、大金ですからね。じゃあ払います、とはすぐに言えなかった。そうしたら、娘が家を出て行ってしまったんです。『お金を払ってくれないなら死んでもいいのね』というLINEを残して……」

娘はどこへ行ったのか

 佳代さんいわく、娘の彩菜さんは「良くも悪くも真面目で、融通が利かない。高校時代に恋人は居たはずだけれど、世間知らず」。3日ほど連絡がとれなくなり、何をしでかすかわからないと心配は募った。

 彩菜さんはすでに成人している。警察が動いてくれるとは思えなかったが、ダメもとで所轄に相談すると、意外にも警察官は親身に対応し、彩菜さんから店名を聞き出していたホストクラブへ電話をかけてくれたという。「歌舞伎町のビルから若い子が飛び降りた事件があったりしたので、警察も放っておけなかったのでは」と佳代さんは見ている。

「そのタイミングで『警察なんて呼ぶなんて辞めてよ』と彩菜からLINEがありました。どうやら担当ホストの家に居たみたい。なんとか家に連れ戻したのですが、目も死んでいて、他人みたいでした。きっと親を巻き込んだことを彼女なりに恥じていたんだと思います。事の次第を知った主人は『土下座して謝れ』と大激怒でした」

わが家が狙われていた?

 とはいえ、これで一件落着ではなかった。ホストクラブからは、佳代さんに“売掛金を今すぐ払え”と連絡があった。

「仕方ないので現金をかき集め、1000万円用意しましたよ。当初は振込先を指定されたのですが、よくわからない、ネット系の制作会社の口座だった。払った証拠がほしかったので、領収書をもらうため、手渡しで持って行くことにしました。500万円ずつふたつの茶封筒にわけて。主人を連れて行くと何をしでかすか分からないので、店には私と娘で行きました」

 すぐに大金を用意できた佳代さんの財力を疑問に思うかもしれないが、じつは彼女は、開業医。彩菜さんがコトを起こしたのは、ちょうど自身のクリニックを立ち上げた時期だった。そのため開業資金のための現金が手元にあったのだという。ちなみに、彩菜さんも一浪した医学部生だ。

 ゆえに、

「最初からわが家が狙われていたのかもしれません。娘は学校のことを話していたでしょうし、私の仕事も喋っていたのかも。ただでさえ珍しい苗字ですから、調べようと思えば、親が医者であることは分かったはず。そこをつけこまれて、無茶な売掛金を課しても大丈夫、と思われたのではと今になっては考えています」

手元には3枚の領収書

 佳代さんが向かったのは、職安通り沿いのビルに入居しているホストクラブだった(系列グループのHPに店の情報が今も残っているものの、店そのものはすでに閉店している)。佳代さん母娘を出迎えたのは、店長とレジ係、そして今回の事態を引き起こした彩菜さんの担当ホスト「ハルト」だった。母の佳代さんからすれば、娘を陥れた憎き存在である。

 しかし、

「なんて言おうか考えて向かったのですが……何も言えませんでした。『敵はこの人たちじゃない』とひと目見て思ったんです。店長とレジ係は若く、オーナーなど、もっと“上”に悪い人がいるはずだなと。ですから淡々と清算しました。ハルトには『もう娘には会わないで』と、LINEを消させて」

 この1週間後「未精算の分があった」と再び呼び出され、追加で約200万円の支払いを求められる出来事があったが、佳代さんは前回と同じように対応した。結果、彼女の手元には、計3枚の領収書が残っている。2022年1月31日付の438万3300円、2月23日付の500万円、2月25日付の234万円の計1172万3300円だ。日付は店側の締め日の都合で決められた。収入印紙もなければ、うちの1枚は店印すらない杜撰な領収書で、果たして法的な効力があるのかどうかわからないのだが……。

 彩菜さんにはホスト通いは止めるよう言い、実家に連れ戻した。本人の希望で大学も中退。これからの人生を考える時間をもってほしいと、親としては願うばかりだったという。

再び姿を消した彩菜さん

 ところが、彩菜さんが実家で大人しくしていたのは一週間ほど。すぐに姿を消し、再び音信不通になってしまった。

「ハルトに完全に洗脳されてしまった…と、もう放っておくしかありませんでした。そもそも彩菜にお金はなかったはず。仕送りも微々たるものでしたし、どうやって工面したのか。本人は言いませんけれど、きっと身体を売る仕事をしていたんだと思います。そのことを考えると、胸がすごく苦しくなります……」

 LINEを送っても“既読スルー”される日々が3カ月ほど続いた。だがある日、大問題が発覚する。家出した彩菜さんが、自宅にあった現金や預金通帳、あわせて600万円を持ち出していたことに気づいたのだ。

 ***

【後編】では、佳代さん彩菜さん母娘が直面した、ホストのハルトとの関係をめぐる予想外の展開について詳しく紹介している。

酒井あゆみ(さかい・あゆみ)
福島県生まれ。上京後、18歳で夜職を始め、様々な業種を経験。23歳で引退し、作家に。近著に『東京女子サバイバル・ライフ 大不況を生き延びる女たち』(コスミック出版)。主な著作に『売る男、買う女』(新潮社)など。X @sakai _ayumi333

デイリー新潮編集部