日本に住む中国人の数は年々増え続けている。出入国在留管理庁によると、23年末時点で約82万2000人を超えており、山梨県の総人口に匹敵する。ジャーナリストの中島恵さんは「在日中国人は日本人相手にビジネスをせず、中国人間で取引する独自の経済圏を形成している」という――。

※本稿は、中島恵『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

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■20代〜30代で「高度専門職」と「経営・管理」ビザが多い

23年12月時点で、在日中国人は約82万2000人(出入国在留管理庁)。山梨県(約80万3000人)や佐賀県(約80万1000人)の人口に相当し、全在日外国人の約3分の1を占める。

中国人の人口で最も多いのは東京都、続いて埼玉県、神奈川県の順。全人口の半数以上が東京近郊や大阪などの首都圏に集中しており、2000年以降、ほぼ右肩上がりで増えている。同統計によると、在留資格別では「永住」が最も多く、次に「留学」、「技術・人文知識・国際業務」となっている。

近年増えているのは「高度専門職」(高度な知識・スキルにより日本の経済発展に貢献する外国人のための在留資格)や「経営・管理ビザ」の取得者だ。年齢別では、20〜39歳の「働き盛り」が全体の半数を占め、男女比では女性が男性よりやや多い。かつてのような「不法滞在者」や「犯罪者」は大幅に減少している。

■「私にもチャンスがあると思いました」

これが在日中国人の概要だが、このように、身近にいながら、実際はよく知らない在日中国人の実態を知り、情報をアップデートすることは、私たちが暮らす日本社会を客観的に見つめることにもつながる。

日本の中国人社会は、人口増加、経済力の増大、SNSの発達、中国から新たに流入してきた富裕層の影響などにより、昨今、急速に変貌している。そして、私たち日本人の知らない間に、彼らは、彼らだけの「経済圏」を作り上げている。

私は建設・リフォーム事業などを手掛ける『三栄グローバル』取締役の周勇強氏をたずねた。周氏は福建省生まれ。来日して、千葉大学工学部で学んだ。卒業後、静岡県で親戚が営む飲食店を手伝ったとき、東京から店にきていた中国人の内装業者の会話が聞こえてきた。ちょうど東京オリンピックの開催が決まった時期で、景気のいい話をしている。周氏は興味を持ち、早速行動に移した。

「東京に戻って内装関係の会社を探しました。スーツを着て面接に行くと、『内装会社にスーツを着て面接に来る人なんて初めてだよ』と日本人の社長にいわれました。

内装業界は学歴がなくても入りやすく、競争が激しいのですが、業界の明確なルールはなく、親方によってやり方がバラバラ。私にもチャンスがあると思いました」

■なぜ「中国人向けの内装業」が成り立つのか

「社長は私のやる気を認めてくれ、将来独立したいという夢も応援してくれました。この会社で最初は現場管理と実技を学びました。業界には『軽天屋』(軽量鉄骨の職人)、『水道屋』、『電気屋』などと呼ばれる分野があるのですが、私は『軽天屋』から始め、すべての業務をこなせるようになりました」

その後、もとの内装会社との関係は保ちつつ、以前立ち上げた『三栄グローバル』の仕事も兼業した。内装の営業、工事などを中心に、不動産、整体店など事業を拡大、複数の整体店も経営している。

周氏が営む内装業の顧客は中国人の知人の口コミなどで自然と増えていったという。

「在日中国人が不動産を買い、その内装を依頼してくれるようになりました。当社は中国人の社員が多いので、中国人顧客の好み、要望に応えられます。

中国国内では基本的にマンションはスケルトンでの販売。内装や照明などはすべて顧客が手配します。日本では顧客が手配する必要はないのですが、中国のように自分好みに変えたいというお客さんも多い。そこに需要がありました。

管理組合に申請すれば内装を自由に変えられるマンションもあって、その申請も私たちが代行します。間接照明を提案したり、室内に映画観賞などで使うプロジェクターを設置したり、臨機応変に対応しています」

■仕入れ先も作業員も顧客もほとんど中国

現在は顧客の7割が中国人となった。仕事が増えるにつれ、内装業の仲間の紹介で、壁紙などの資材も在日中国人が経営する問屋から仕入れるようになった。その結果、仕入れ先、作業、顧客、すべてが中国人となっている。

最近、日本にやってきた富裕層は民宿や飲食店の経営にも乗り出しており、周氏はそのサポートも担っている。

「あるお客さんが神奈川県鎌倉市に約3億円で民泊用の不動産を購入したので、内装などをお手伝いしました。その宿泊客も中国観光客です。中国富裕層が飲食店を開業する場合、内装だけでなく、店内の設計、看板のデザインなども私たちが行います」と周氏は語る。

内装業者はもともと中国人が多く、中国人顧客の需要もあるので、当然、業界に参入しようとする中国人は数多い。

周氏は「東京で内装全般を行う中国系の会社は、私が知る限りで7〜8社はあります。ライバル関係ですが、コロナ禍など、大変なときには助け合いました。ロシアとウクライナの戦争の影響で、世界的に木材が不足していますが、そこでも融通し合ったりして、常に情報交換しています」という。

■「顔認証システム」も中国企業から仕入れる

コロナ禍のとき、周氏が手掛けるようになったのが顔認証システムの設置だ。顔認証は日本より中国で先に取り入れられ、企業やホテル、学校、商業施設などさまざまな場所で使われている。

同社が設置している顔認証システムもまた、都内にある中国人の企業『天時情報システム』が開発している。周氏の友人が天時情報システムに勤めていたことから、周氏と社長が知り合い、仕事に結びついたという。

東京・中央区にある『天時情報システム』社長の武藤理恵氏。武藤氏は黒竜江省生まれ。黒竜江大学でコンピュータを学んだのち、96年に来日。IT企業でプログラマーとして働いたのち、2006年に自身の会社を立ち上げた。

同社の柱となる事業は、顧客にSEの技術などを提供するシステムエンジニアリングサービス(SES)。社員の8割が中国人だ。日本に在住していたり、中国から直接採用したりしたSEが在籍している。

同社が19年から手がけるのが顔認証システム事業だ。きっかけは、武藤氏が18年に中国・深圳に出張し、テンセント、ファーウェイなどの大手企業を見学して、最新の技術を真に当たりにしたことだった。

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■入館証よりも早く、衛生的でなりすましも防げる

「日本に長く住み、『中国は遅れている』というイメージを持っていたので、その発展ぶりに衝撃を受けました。同時に、発展した母国を誇りに思いました。もともと来日したのは、日本で最新の技術を勉強したい、いつか中国に帰って貢献したいと思ったからでしたが、日本よりも進んでいる技術が中国にあるならば、それを日本に導入したいという思いました」(武藤氏)

そこで開発した顔認証システムは、当時、日本で導入している企業は少なかったが、調査の結果、今後、需要が拡大すると判断。中国でOEM製造し、販売を開始した。

販売先はゼネコンなどの一般企業やマンション、スポーツジム、シェアオフィス、ホテル、物流倉庫、工事現場の事務所などだ。設置工事は、周氏の『三栄グローバル』のような中国系企業が行う。

日本の工事現場はアルバイトが多く、日々、現場が異なる場合がある。現場事務所に入る際、紙に印刷したQRコードは紛失リスクがあるが、顔認証なら心配はない。

武藤氏によると、顔認証システムは、なりすましを防止でき、入館証の発行や管理が不要、非接触のため衛生的にも安心で、認証スピードが0.5秒と速い点など利点が多い。

■日本の中に、中国系だけの「経済圏」を形成している

新型コロナ禍では、認証と同時に検温もできる点が顧客に喜ばれ、急速に需要が増えた。武藤氏はいう。

「勤怠管理もでき、イベント会場などでも利用できます。中小企業はまだ紙での管理が多いですが、これから確実に利用者が増えていくと思います」

同社は、中国ではかなり定着している清掃ロボットなども日本企業に販売する。

「人手不足が深刻化し、清掃や介護用のロボットが必要とされる時代になります。日本市場でも活用できることがたくさんあるので、中国のいいものはもっと日本に取り入れたい。そこに、私たち中国系企業の役割もあると思います」(武藤氏)

これらのように、中国系だけで「経済圏」を形成している一つがインバウンド事業で、とくに団体旅行客の訪日旅行だ。団体旅行の場合、中国の旅行会社で手続きして来日するが、日本到着後、受け入れるのは中国系旅行会社であることがほとんどだ。

中国で団体旅行を実施できる旅行会社は政府の認証が必要で、その旅行会社は、日本の中国系旅行会社と契約している。

15年の「爆買い」ブームの頃、福岡県の箱崎埠頭に到着する中国のクルーズ船の取材をした。約5000人の乗客の9割が中国人で、彼らが分乗する観光バスのガイドも全員中国人だった。

中国人相手の土産物店、違法な白タクも…

九州北部の三県から集められた、30台以上はあろうかという大型観光バスの運転手は日本人だったが、案内するのは中国系の免税大手『ラオックス』や、中国人経営の土産物店などで、対応する販売員もほぼ中国人だった。

中島恵『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)

個人客の場合は、友人のSNSなどを見て自分で観光地を探す。彼らは情報収集力があるので、むしろ、できるだけ中国人の店員がいない店に行くが、それでも空港などでは利便性と時間の節約を考えて、中国人運転手の違法な白タクを利用することもある。

ウィーチャットで送迎の依頼を受け、中国の決済機能、ウィーチャットペイで支払う。日本のシステムを利用しないため発覚しにくく、摘発が難しいといわれている。

こうした一連の流れを中国語では「一条龍」(イーティアオロン=一匹の龍)と表現する。「中国式エコシステム」ともいい換えられるが、最初から最後まで首尾一貫して中国人だけで回る経済圏、経済ネットワークになっているという意味だ。日本の観光地やホテルを巡り、日本にお金は落ちているものの、関連ビジネスはほとんど中国系企業、中国人で占められている。ハードは日本だが、ソフトはすべて中国人なのだ。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)