宇宙で食事すると不思議と「薄味」に感じる、一体なぜ?
食事は過酷な宇宙環境での任務に挑む宇宙飛行士たちの士気と健康に直結するため、日本人宇宙飛行士向けのようかんやレトルトカレーなどさまざまな宇宙食が開発されています。宇宙に長期滞在した一部の宇宙飛行士からは「なぜか宇宙で食事をすると味気なく感じる」と報告されていますが、この謎を解決する糸口になる可能性がある研究が発表されました。
Smell perception in virtual spacecraft? A ground‐based approach to sensory data collection - Loke - International Journal of Food Science & Technology - Wiley Online Library
Food aroma study may help explain why meals taste bad in space - RMIT University
https://www.rmit.edu.au/news/all-news/2024/july/space-food-aroma
Food Tastes Mysteriously Bad in Space, And We May Finally Know Why : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/food-tastes-mysteriously-bad-in-space-and-we-may-finally-know-why
宇宙での食事が地上での食事よりおいしくない問題に関するこれまでの研究では、無重力の影響で体内の体液のめぐりが変化し、顔のむくみや鼻詰まりが引き起こされることが示唆されています。つまり、かぜで鼻が詰まると食べ物の風味がわからなくなるのと同様に、無重力が嗅覚や味覚に影響を及ぼしている可能性があります。
宇宙ステーションに滞在してから数週間ほど経過すると、体が無重力に慣れていきますが、宇宙飛行士の中には無重力に関する不調が治った後も食事の味が薄いままだと訴える人がいるとのこと。こうした問題により、宇宙飛行士が必要な栄養素を100%摂取できないことが報告されており、今後行われる長期の宇宙ミッションの課題となっています。
無重力以外の影響を探るべく、オーストラリア・ロイヤルメルボルン工科大学のジュリア・ロー氏らの研究チームは、乗り物酔いやめまいの既往歴がない18〜39歳の成人54人を集めて、仮想現実(VR)で再現した国際宇宙ステーション(ISS)の中でさまざまな香りをかいでもらうテストを行いました。
以下は、被験者がVRヘッドセットを通じて体験したバーチャルISS内の環境のひとつです。再現されたVR環境には、「微小重力をシミュレートするための浮遊物体」や「雑然とした閉塞(へいそく)感を呼び起こすための機器類」、「ISS内で聞こえると報告されている大きな作動音を模倣したバックグラウンドノイズ」などが含まれました。
研究チームは、普通の室内とバーチャルISSにいる被験者らに、バニラ・アーモンド・レモンの香りをかがせて、それぞれの状態で感じる香りの強さを1〜5の5段階で評価してもらいました。
その結果、レモンの香りは地上と宇宙空間とで変化しなかった一方で、バニラとアーモンドの香りはバーチャルISSの中にいるときの方が強くなることがわかりました。
研究チームは、レモンに含まれておらず、アーモンドとバニラには含まれている揮発性芳香化合物であるベンズアルデヒドがこの違いの要因だと考えています。
また、被験者の多くは実験中に低〜中程度の孤独感を覚えたことを報告しており、これも香りの感じ方に影響を与えている可能性があります。
ロー氏は「宇宙にいると孤独感や孤立感が増加することが、食べ物の風味の感じ方に影響している可能性があります。この研究から、孤立した空間に置かれた人が食べ物の香りや味をどのように感じるかについての洞察を得ることができました」と述べました。
この研究は、香りの感覚が状況によって異なることや、特定の揮発性化合物がその状況の影響を受けやすいことを示唆しています。もしこれが確かであれば、宇宙でも風味が維持される、もしくは宇宙の方が風味が強くなる素材を使うことで、宇宙でもおいしく食べられるように宇宙食を改善できる可能性があります。
さらに、宇宙ステーションで過ごす宇宙飛行士だけでなく、孤立した地上の環境に置かれている人の食事の改善にもつながるかもしれません。
「この研究は、老人ホームなど社会から隔絶された状況にある人々の食生活をパーソナライズし、栄養の摂取状況を改善するのに役立つ可能性があります」とロー氏は話しました。