(※写真はイメージです/PIXTA)

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老後資金に不安を感じる人は多いでしょう。しかし、いわゆる富裕層といった、お金に余裕のある人たちであっても、老後にはさまざまなリスクが潜んでいて……。本記事では、羽田さん(仮名)の事例とともに、老後の資金管理の注意点についてFP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が解説します。

夫は認知症介護施設へ、妻は超高級老人ホームへ

配偶者が先立ったことや、介護施設に入居したことをきっかけに高齢者施設に入居するケースは少なくありません。

羽田聖子さん(仮名/82歳)もその1人で、夫の正さん(仮名/84歳)が認知症のため、認知症ケアに特化した介護施設に入居したため、自分もどこか別の老人ホームなどの高齢者施設へ入ろうと考え始めます。

羽田さんは1年ほど前に足を骨折したことで片足が不自由となり、要介護認定を受け、正さんに支えられながら暮らしていました。しかし介護を担っていた正さんに認知症の症状がみられるようになり、施設へ入居することに。

正さんはもともと中堅企業の経営者であり、2人で白金にあるタワーマンションに住み、金融資産も豊富で、生活費の不安など考えられないような生活を送っていました。

そのため、羽田さんも夫に気兼ねすることなく高級老人ホームを選ぶことができました。羽田さんが選んだのはリゾート地のすぐそば、景色もいい、まるでリゾートホテルのような、お金持ちのシニアのあいだでは有名な高齢者施設です。

自室でも料理ができ、孫や子ども達が宿泊できるゲストルームも備わっているため、ここならば子供たちも旅行がてら気軽に来てくれるだろうと今後を想像し、胸を弾ませます。

施設へ見学に行くと、リゾートホテルさながらのエントランスや部屋に感動。日常の食事メニューにも品があって、羽田さんのお眼鏡にかなうようなものも多くあります。試食で少しいただいたところ、シェフの腕前にも大満足。最上階には温泉もあり、とても老人ホームとは思えない様子に、すっかり気に入ります。4,000万円以上の入居金が必要な施設でしたが、「ここでなら、幸せに最期を過ごせる」と入居を即決。住んでいるタワマンは売却し、この場所を終の住処とすることを決断しました。

入居初日で幕を閉じた「終の棲家」での生活

羽田さんは入居初日から旅行に来たような気分で、心から新居を楽しんでいました。

羽田さんは、夫婦で暮らしていた白金のタワマンを売却、子供達に夫の預金口座から施設の費用の支払いのために自分の口座へお金を移すよう、指示を出していました。しかし、手続きを確認しにいった息子から驚愕の事実を告げられます。

「お父さんの預金は移せないし、タワマンもこのままでは売却できない。すごく言いづらいんだけど、カネはあっても、お母さんには使えないそうだよ」。

お金はあるはずなのに、使えない…?

羽田さんははじめ、息子の話がよく理解できませんでした。

「私たち2人(羽田さん夫婦)で管理していたはずの資産が2億円以上あるはずなのよ! それが使えないって、どういうこと?」羽田さんは動揺します。

その理由は、正さんがすでに認知症になっていることにありました。認知症などが理由で正常な判断ができない場合には、手続きを行えず、その資産は家族であっても勝手に処分できません。こういった場合、不動産の処分などは、任意後見制度や成年後見などを利用し、後見人同席のうえで手続きを行うことになります。

もし成年後見制度を利用する場合、資産の使い道は「本人の利益に属することのため」などに制限されているため、正さん本人ではない、妻である羽田さんのためにお金を使うことは原則としてできないのです。

羽田さんには公的年金による収入が月に18万円程度と、株式の配当が月換算で5万円程度ありましたが、それだけでは毎月50万円もの老人ホーム費用を払うことができません。

事情を施設に話すと、入居金の大部分は返還してもらえるとのことで、これは不幸中の幸いでした。しかし羽田さんは「夫は私を愛しているのに、私が幸せな晩年を送るためならお金を惜しまないはずなのに。2億円もあるのに、使えないなんてあんまりだわ」とうなだれます。こうして、泣く泣く施設を離れることになってしまったのでした。

資産管理方法を現役のころと同じまま老後に入ると…

今回の羽田さんのように、家族が認知症になってしまったことでお金はあるはずなのに使えない、不動産や有価証券を処分できないといった問題は少なくありません。

そのため、認知症や脳血管疾患など判断力が失われてしまうような病気のリスクが高まる老後の後半戦には、そういった場合に備えて家族が資産を管理しやすいように対策しておく必要があります。

たとえば、今回のようなケースでは事前に自分達が施設に入った場合にはどのような施設に入りたいかを元気なうちに相談しておき、贈与したり、お互いに自分たちがそのような状態になった場合に備えて生命保険会社の介護保障つきの保険を契約したりしておくことも大変有効な手段の1つです。

生命保険は受取人や指定代理請求人を指定することができ、被保険者が所定の介護状態に認定された場合に保険金を支払ってもらえるタイプの保険もあります。

一時払いの終身保険ですと、所定の介護状態になれば保険金で受け取ることができ、何事もなく元気で長生きすれば解約、減額をしながらお金を引き出して生活費に充てることもでき、亡くなった際には死亡保険金として受け取ることができます。

今回のようなケースではまだ元気なうちに夫婦で相互にこういった保険を契約し、受取人や指定代理請求人を子供達の誰かにしておくことで、このような場合にお金を使うことができるようになります。

また、生前に自分が信頼する人に自分の財産の管理を任せる任意後見制度や、財産の一部の管理を任せる家族信託などの制度もありますので、まずは自分がどうしたいのかを明確にし、しっかり仕組みを整えることが大事です。

現状、保険で運用をしても資産は大して増えないが…

現役のころはこういったリスクは小さいため、あまり重視せずに、iDeCoやNISAなどの方法を中心に、税金をお得にできるだけ手数料が引かれない金融商品で資産形成を行うことで効率よく老後の資産を創ることが可能です。しかしシニア世代にとっては、効率よりもこういった場合に家族がお金を使えるようにすることや、遺産分割対策や納税資金確保のために生命保険を中心に資産を管理したほうがよいといえます。

まだまだ元気なころにはなかなか考え難いことかもしれませんが、元気なうちでなければ選択肢が限られてしまうことも多いため、「まだ早い……?」と思えるうちが対策を考えるべきタイミングです。

新NISAが話題になってはいますが、シニア世代にとってはこういった認知症対策や相続対策を意識しながら、生命保険でこういった場合の資金準備を行いつつ、NISAは自分の好きな会社の株や投資信託等を買うために活用してもよいでしょう。

認知症は「もしも」ではなく「なるだろう」

今回はお金はあるはずなのに、夫の認知症により自分の希望する施設で余生を過ごすことができなかった羽田さんの事例をお伝えしました。

2013年に公表された厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業報告書によると、後期高齢者と呼ばれる75歳〜79歳までの男性の認知症の発症率は11.7%、女性は14.4%、80歳〜84歳では男性は16.8%、女性は24.2%とされ、年齢階級が上がれば上がるほど発症率は高くなっていき、かなりの高確率で認知症が発症することがわかります。

認知症は「もしも」というよりも、「なるだろう」と思って対策しておくべき病気といえるものなのです。そして、その場合のリスクについては多くの人が気が付かないまま老後の生活を送っています。

昨今のNISAやiDeCoのブームと同時に、生命保険で資産を運用、管理することに対し「コストが高い」などといった理由で「保険で運用は損」というような認識が若い世代を中心に広まってしまっています。しかし、老後にはしっかり使えるお金を確保し、遺産分割対策や相続税納税資金のためには収益性を狙いつつ流動性も確保できる大変有益なものです。死亡や認知症、介護のリスクが高まる老後では、優先的に検討すべきともいえるものです。

リタイア後の生活資金の運用、取り崩しを考える際には、相続対策も含めて自分の判断能力の低下の対策もセットで考えるようにしておきましょう。

小川 洋平

FP相談ねっと

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