分断される世代間の交流をどう進めていけばよいのでしょうか。また、大人ができることは何なのでしょうか(写真:bee/PIXTA)

リンダ・グラットン氏が新刊『16歳からのライフ・シフト』で提唱した、「人生100年時代に若者が準備すべきこと」。

家庭科の教科書の編修などを手がけ、若者の興味関心にも詳しい小林美礼氏の調査によると、学生の3人に2人は、人生100年時代に不安を感じているという。

7月6日に長崎県五島市で行われたリンダ氏の「16歳から100歳のためのライフ・シフト」の講義(記事は[前編・後編]を参照)を受け、外資系企業から「ほぼ日」に転職し、エール株式会社の取締役となった篠田真貴子氏と、小林美礼氏が対談した。分断される世代間の交流をどう進めていけばよいか、大人ができることは何かを語った。

学生の3人に2人が「100歳まで生きたくない」


篠田真貴子(以下、篠田): 「16歳から100歳のためのライフ・シフト」の講義では、著者のリンダ・グラットンさんが「人生100年、長生きは素晴らしいわね! マーベラス!」とおっしゃっていました。実際に中高生の家庭科の教科書の編修をされ、大学生に講義もされている小林先生は、どのように感じられましたか? 若者は「人生100年時代」をどう見ているのでしょう。

小林美礼(以下、小林):今日の対談に先駆け、いま関わっている13歳と21歳の意識調査をしてきました。そこで「あなたは100歳まで生きたいですか?」と聞いたところ、3分の1は「100歳まで生きたい。人生に期待している」という回答だったのですが、3分の2は「そんなに長生きしたくない」という答えでした。

篠田:長生きに否定的な意見が3分の2ですか。これまで人類が長寿を目標に栄養状態を改善したり医療技術を発展させてきたりしたことを考えると、大きなパラドックスですよね。

小林:さまざまな調査機関のデータを見てもやはり、同じような傾向があることがわかりました。日本は「人生100年時代」を無条件に喜んでいる国ではないんですよね。

篠田:国によって差があるのですか?

小林:海外のデータと比べると、アメリカや中国などは、比較的ポジティブな反応が多いです。日本では、「老いて人の迷惑になりたくない」「お金の問題で困るのではないか」といった心配があるようです。

親世代が「失敗」を受け入れられない

篠田:日本の若者が長寿に対してネガティブなイメージを持つのは、いまでも「60歳で仕事を辞めて、そこから40年の無収入時代をどう生きるか」と考えてしまうことも原因のひとつだと思います。


篠田真貴子(しのだ・まきこ)/エール株式会社取締役。社外人材によるオンライン1on1を通じて、組織改革を進める企業を支援している。2020年3月のエール参画以前は、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年〜2018年ほぼ日取締役CFO。退任後「ジョブレス」期間を約1年設けた。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。人と組織の関係や女性活躍に関心を寄せ続けている。『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』『ALLIANCE アライアンス――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』監訳。『まず、ちゃんと聴く。コミュニケーションの質が変わる「聴く」と「伝える」の黄金比』巻頭言ほか (撮影:鈴木愛子)

『16歳からのライフ・シフト』にもありましたが、これからは「学びの期間」「働く期間」「引退後の期間」といった3ステージの人生ではなくなります。しかし日本では、リンダさんが提唱する「学びも仕事も続けるマルチステージモデル」が、イメージしにくいのだと感じます。

小林:その通りだと思います。いままで、子育てしてきた方々は、小中高と12年間かけて勉強して、できるだけいい大学や会社に入る、学びはそこで終わりといったイメージが、意外とまだあるような気がします。大人から意識を変えていく必要がありますね。

篠田:リンダさんは「人生はいつからでもやり直せる」「活躍できるステージはいくつもある」と言いますが、肝心の親世代がそう思っていない。その苦しさのようなものが子どもたちに伝わっちゃっているのでしょうね。学校では人生設計についてどのように教えているのですか?

小林:いままさに、専門の研究者のみなさんが、人生100年時代においてどのような力を学校教育で育むべきかを議論しています。やり抜く力、仲間と協力して物事を解決していく力、クリティカルシンキングなどの非認知スキルが重要だという学力観に変わってきていますね。

篠田:若い人たちが将来を不安に思っている要因はもうひとつあると思っていて、それが世代間ギャップではないかと思っています。

私は仕事柄、働く人たちの話を聞く機会が多いのですが、とくに大企業などで、40〜50代の管理職の方がいて部下の方が20代だったりすると、「いまの若い人たちの考えが全然わからない」と聞くことが多い。断絶してしまっている。


小林美礼(こばやし・みれい)/全国家庭科教育協会常任理事。日本女子大学院家政学研究科修士。専門の家庭科教育では、よりよい生活と未来について考え、社会の課題を本気で考える授業を目指す。国立大学法人筑波大学附属中学校(先導的教育・国際教育・教師教育拠点校)に勤務し、管理職として学校経営にも関わった。日本教育大学協会中学校部会会長、全国国立大学附属学校連盟副校長部会会長などに従事。筑波大学院キャリアマネジメント講師、筑波大学教員免許状更新講習講師を務めた。現在は家庭科の教員養成のために、複数の大学で講義をしている。人がよりよく生きることや、あらゆる世代の「ウェルビーイング」向上を願う。中学・高校の家庭科教科書編著者。近著は『「命のバトン」で育てる体』国土社(写真:本人提供)

小林:これは東京のデータですが、いま、中高生のうち3世代で生活しているのは40人のうち2人ほどです。そうすると、日常的に高齢者と接する機会がない。子どもたちに「高齢者のイメージは?」と聞くと、もうショックを受けるくらい本当に悪いイメージです。「老害」という言葉を鵜呑みにしているんですよね。

篠田:祖父母と同居している人が少ないのはたしかにその通りですね。私自身を振り返ると、祖母が隣に住んでいてかなり高齢になるまで元気だったので、歳をとることに対してポジティブにいられた。

小林:そこで中学生に、高齢者の方にインタビューをする機会を作ったことがあるんです。「ご自身がどんな人生を送り、若い人たちにどんなことを伝えたいのか」を聞いてきてもらった。すると、中学生たちは知らなかったこと(人生のヒントなど)をたくさん聞けて非常に楽しかったと言っていました。

さらに、生徒たちが、インタビューに応じてくれた人が喜んでくれるプレゼントを考えて作るという取り組みもしたのですが、「脂質を控える食事について調べてプレゼントした」とか、「ネックウォーマーを編んでプレゼントした」といった生徒もいて、こういう交流があるだけで、中学生も高齢者も幸福度があがると感じました。まず身近な人に関心を持ち、話を聞いてみる、そんなことの延長線上に異世代理解のヒントがあるような気がします。

家庭科の教科書が「ライフ・シフト」を教えている

篠田:異なる世代と触れ合う機会が減ったいま、学校カリキュラムの中で、そういった接点を作ることは非常に重要ですね。先生のご専門の「家庭科」では、どのようなことを教えているのでしょうか?

小林:いまの家庭科教育は、小学校や中学校から主体的に生活を創造する学びを系統的に積み上げていき、とくに高校では、「よりよい未来社会の構築に向けて、人生の設計に必要な知識やスキルを学ぶことができる教科」になっています。お子さんがいらっしゃる方は、ぜひ、家庭科を糸口に、毎日の生活課題の解決やこれからの生活設計について話題にしていただけたら嬉しいです。

家庭科は、自分や家族の生活を起点として視野を広げていき、生活の自立と共生をめざします。特に健康リテラシーや、自らの消費行動が社会や環境に影響を及ぼすという視点は重要です。生きていくにはお金もかかるからファイナンシャルを知る必要がある。働き方や男女雇用機会均等法の話、育児休業の話、税金や社会保障の話、最後は亡くなるときの相続の話まで、人生に必要なことを自分ごととして家庭科で勉強しているのです。

18歳成年になると、高校3年生でクレジットカードを作れますしローンも組める。家を借りることもできます。そういうことを前倒しに学べる機会になっています。未来の生活を拓く主体は自分であることを学びます。

45歳を境に生まれる「常識」のギャップ

篠田:家庭科がそこまで変わっているのは知りませんでした。私の世代は、女子は家庭科室、男子は技術室に行って、という時代。

小林:いま、40代半ばより上の方はそうですね。中学は1993年、高校は1994年から男女ともに全く同じ内容の勉強をすることになりました。技術も家庭科も男女共修です。

篠田:たしかに、息子が家庭科の授業の一環で、晩御飯を一通り献立から作るようなことをしていました。

小林:45歳以上の企業にお勤めの方々や、政治家の方々は、男女別々の内容の教育を受けてきた人たちですが、45歳より下の人たちは家庭科の男女共修世代。私は、このギャップが非常に大きいと思っています。

篠田:日本はジェンダーに関する意識が遅れているとよく言われますが、若い人たちはそのような授業を受けているわけですね。

小林:男性が育休をとったり、子育てに積極的に参加したりする人も増えてきています。45歳以上の方たちはぜひ、高校の家庭科の教科書を読んでいただきたいです。家庭科の指導内容は社会の変化に合わせてスピード感をもって更新しています。

そういう授業を受けた学生たちがインターンにきていたり、就活したりしています。

篠田:いま思いついたのですが、各企業の経営者や管理職の方は、教科書の内容をもとに読書会をしたらいいかもしれないですね。

無形資産の重要性

篠田:小林先生から、いまの学生たちは自分で自分の人生を選択することを学んできていると聞きました。リンダさんが『16歳からのライフ・シフト』でくり返し伝えている、「自立した人生」の話につながりますね。

小林:まさに、大切なのは自立と共生。現在日本の16歳の平均寿命は、107歳になると予測されています。今後ますます長くなっていく人生は、いままでのやり方や価値観では通用しなくなるでしょう。せっかく長くなっていく人生を前向きに楽しんでいけたらどんなにいいでしょう。好奇心を持ち続け、健康に留意し、自分と周りの人を大切にして、あらゆる世代のウェルビーイングの向上につなげていきたいですね。

篠田:いまお話しくださったことは、リンダさんが「無形資産」という言葉で表現されていました。学び続ける力、心身を健やかにメンテナンスすること、交友関係を豊かにする力。これらが重要になってくると提言しています。

小林:地域とのつながりや年代の違う人たちと関わりを持つことも、新たな発見があり豊かさにつながっていくでしょう。

篠田:私はリンダさんのファンなので、いろんなインタビューを拝見しているのですが、リンダさん自身がマルチステージの人生を歩まれているんです。研究者でありながら、ご自身のコンサルティング調査の会社も経営されていますし、シングルマザーで息子さんを2人育てながら、8年前に再婚されている。ご自身がライフ・シフト的な人生を歩いていらっしゃる、素敵なロールモデルだなと思っています。

翻って私たちは、若者が学んでいる教科書でうたっているような人生観を体現できているんだろうかと胸に手を当ててみたくなりました。

小林:「16歳から100歳のためのライフ・シフト」というタイトルの講義でしたが、どのような大人でいるべきかも考えさせられる内容でしたね。

(構成:佐藤友美)


『16歳からのライフ・シフト』の特設サイトはこちら(画像をクリックするとジャンプします)

(篠田 真貴子 : エール取締役)
(小林 美礼 : 全国家庭科教育協会常任理事)