中国の習近平国家主席

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中国全体ならさらに悪いとの指摘も

 中国政府が8月16日に発表した7月の若年層(16〜24歳)の失業率は17.1%と前月の13.2%から上昇し、今年の最高水準を記録した。

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 若年層失業率は昨年6月に21.3%を記録した後に発表が停止され、今年1月からは在学生を除いた失業率が発表されるようになった。今回の数字で若者の雇用状況が再び悪化していることが明らかになったが、都市部のみを対象にした統計のため、中国全体で見るとさらに悪いとの指摘もある。

 就職活動に悩む学生をターゲットにした詐欺が横行していることも気がかりだ。

 今年も1200万人近くの学生が卒業した中国では、「有料インターン」制度が急速に広がっている。インターンとは学生が実際に仕事を体験するプログラムのことだ。学生たちは少しでも良い職場を得ようと多額の金銭を払ってインターン歴を買い、その相場は最高で4万8000元(約100万円)を超えるといわれている。だが、法的に保障された制度ではないことから、詐欺などの被害に遭うケースが相次いでいるという(8月6日付朝鮮日報)。

中国の習近平国家主席

キャンパスローンで底なし沼

 若者は悪質なネットローンにも苦しめられている。

 中国の諜報機関である国家安全部は7月12日、キャンパスローンの返済に困った学生を外国の諜報機関が脅迫して、中国の国家機密を盗む事件がたびたび起きていると警告した。近年、大学で高利のキャンパスローンがはびこり、多くの若者が底なし沼に陥っているという。

 将来への不安を抱える中国の若者が「頼みの綱」にしているのは金(ゴールド)だ。歴史的な高値でも若者の金ブームが衰えない背景には「目に見える価値を実感したいという心理がある」という(7月24日付日本経済新聞)。

「縮み」志向が強まっていることを受け、若者の行動パターンにも大きな変化が表れている。

若者は愛にお金を払いたくない?

 8月10日は中国のバレンタインデーにあたる「七夕節(旧暦の七夕)」だった。例年なら男性から女性へのプレゼントが巷の話題となるが、中国のSNS「微博(ウェイボー)」では、「七夕節の消費が急落、若者たちが“恋愛税”を払わなくなったからか? 」というハッシュタグがトレンドトピックの1位となった。大きなバラの花束や高価なプレゼントを手渡す光景は「今は昔」となってしまった感がある(8月14日付CNN)。

 若者が恋愛に消極的な傾向は、出生率低下に対処するため結婚を促進しようとする中国政府にとって大きな逆風だ。

 中国政府の発表によれば、昨年の婚姻件数は768万組と、2013年の1346万組と比べて大幅に減少した。今年上半期も前年比約50万組減の343万組にとどまっている。

 そのため、国を挙げて結婚を奨励する構えだ。8月に入り、婚姻届出を簡素化する法案が公表された。また、国営通信社「新華社」は21日、中国政府や女性団体などが9月に5000組計1万人の男女を集めた合同結婚式を開催すると報じた。

 だが、若者を巡る環境が改善しない限り、結婚・出産の意欲が向上するとは思えない。

ペット天国化、教職にも淘汰の波

 中国の出生数減少は猛烈な勢いで進んでいる。日本で出生数が半減するまで約40年、韓国で約20年だったのに対し、中国ではわずか7年(2016年の1889万人から2023年の902万人)だった。

 中国政府は危機感を募らせているが、事態はさらに悪化する可能性が高い。

 米大手金融のゴールドマン・サックスが最近発表した予測によれば、今年は中国の4歳未満の乳幼児の数とペットの数がともに約5800万と拮抗しているが、2030年には前者が4000万弱、後者が7000万強になるという(8月18日付日本経済新聞)。

 中国が日本のような「ペット天国」になるのは時間の問題だというわけだ。さらには少子化のせいで、若者の就職難がさらに進む懸念も生じている。

 中国では雇用の安定した職業のことを「鉄飯碗(鉄で作った碗のように安定している)」と呼ぶが、その1つとされた教職にも淘汰の波が及んでいる。昨年は過去20年間で初めて幼稚園などの教員数が減少した。加えて、北京師範大学の試算によれば、2035年には小中学校の教員の約2割が余剰になるという。

海外移住阻止で渡航制限か

 若者の不満を無視するかのように、中国政府が規制強化を進めていることも問題だ。中国政府は7月下旬、インターネット利用時 の本人確認のため、公認のネット番号と身分証を発行する規則の草案を発表した。

中国での未来に希望が持てない」という思いから、若者の間で広がる海外移住の動きも政府の心配の種だ。香港の英語紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」によれば、中国の独身女性の間では、30代で海外留学し、欧米の大学で修士・博士号を取得するのがトレンドになっているという。

 一方で今年の夏、一部の層が海外旅行を制限されたと報じられた。米ラジオ・フリー・アジアによれば、夏休み前に学生と教師、銀行員のパスポートが“回収”され、SNSには当事者たちによる投稿が相次いでいるという。海外移民の動きを抑止するのが狙いだと囁かれているが、若者の海外移住の流れは止まることはないだろう。

 若者に明るい未来を提示できない限り、中国の国力は今後、急速に衰退してしまうのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部