【小寺信良の週刊 Electric Zooma!】EDIFIER夏の陣。平面磁界型が進化「STAX SPIRIT」2モデルと、ビンテージ風スピーカーを聴く
STAX SPIRITのインパクト再び
デスクトップスピーカーで名を馳せたEDIFIERだが、昨今はヘッドフォン・イヤフォンメーカーとしての認知も高まっている。過去にはソニー以外でいち早くLDACに対応した「NeoBuds Pro」、平面磁界型ドライバ搭載「STAX SPIRIT S3」などを取り上げてきたところだが、今年もまた6月から7月にかけて、意欲的な製品を発売している。
今回ご紹介するのは、「STAX SPIRIT S3」の後継機となる「STAX SPIRIT S5」、同じく平面磁界型ドライバーをイヤフォンサイズに縮小して搭載した「STAX SPIRIT S10」、レトロなルックスながらステレオ対応したワイヤレススピーカー「D32」の3つだ。
今回は3モデルのサンプルをご提供いただいているので、順に音を聴いていこう。
音質が大幅にアップグレード「STAX SPIRIT S5」
EDIFIERは2011年に、日本のコンデンサー型平面駆動ドライバーで知られるSTAXに出資し、親会社となっている。EDIFIERからはコンデンサー型の製品は出していないが、同じく平面駆動である平面磁界型ドライバーを使ったヘッドフォンSTAX SPIRIT S3(以下S3)を昨年リリースしている。
STAX SPIRIT S5(以下S5)はその後継モデルで、公式サイト価格は69,880円。前作同様、平面磁界型ドライバーを採用しているが、極薄平面振動板「EqualMass」は改良された第2世代となっている。
6月30日発売のSTAX SPIRIT S5
ポリマーフィルムに精密な銀メッキとレーザー加工を施し、厚さを2μmに抑えた。新開発の技術により等間隔の配線を実現し、振動板の質量を単位面積当たり均等に分散させることで、振動板の分割振動を大幅に低減させたという。振動板面積は89×70mm。周波数特性としては、S3が20Hz~40kHzだったのに対し、S5は10Hz~40kHzとなった。
前作S3(左)よりもゆったりとしたハウジング
ドライバ面積もS3(左)に比べて多少大きくなった
イヤーパッドは前作同様、ラムスキンとクールメッシュの2タイプが用意されている。
上がクールメッシュ、下がラムスキン
SocはQualcomm QCC5181で、対応コーデックはSBC、AACのほか、aptX、aptX HD、aptX Adaptive(96kHz/24bit対応)、aptX Losslessすべてに対応するQualcomm「SnapDragon Sound」認定モデルとなっている。またS3では非対応だったLDACとLHDCにも対応した。
コントロールは右側に集中
ヘッドバンドの頂点にEDIFIERロゴ
専用キャリングケースも付属
2つの再生機に同時接続できる「マルチポイント」にも対応するが、この機能を使うとLDAC/LHDC接続はできなくなる。有線接続は、S3がアナログ3.5mmのみだったのに対し、S5ではアナログに加えてUSB 24bit/96kHzでの接続にも対応する。
今回は再生機にGoogle Pixel 8を使い、LDACで接続してAmazon Musicを音源として試聴する。
S3はSTAXへのオマージュとして設計された初めての製品だったが、同じ平面駆動とはいえ、音質的にはかなり違った。STAXは元々繊細で、通りの良い音が持ち味で、信号に対して高いリニアリティを持つコンデンサー型ならではの表現なのに対し、S3はどちらかというとダイナミック型のような、磁気駆動特有のパワフルさと同時にキレの甘さを感じさせる音だった。EQ設定に「STAXモード」が用意されたが、EQでSTAXに似せるのは違うんじゃないかと思ったものである。
一方S5では、磁気駆動特有の甘さがかなり減少し、立ち上がりの良い音が魅力の製品としてまとめてきた。オリジナルのSTAXの涼やかに抜ける高域表現はまだ感じられないが、低域表現やリニアリティはS3から確実に改善されてきている。
なによりボリュームを上げても、音に圧迫感がなくなったところは非常に大きな改善点だ。AC/DCやJournyといった高密度の(ある意味暑苦しい)ハードロックを大音量で聴いてもうるさく感じないという解像感の高さは、オリジナルSTAXに通じるところがある。
音質補正や設定変更は、EDIFIER Conectアプリが対応する。S3ではサウンドエフェクトとして、「Classic」、「Hi-Fi」、「STAX」の3モードが提供されていたが、S5では一般的なEQ設定となっている。プリセットは「原音」、「ダイナミック」、「モニター」の3種類。「ダイナミック」は原音に対してドンシャリ気味に、「モニター」は逆に中音域重視のカーブだ。
設定アプリの「EDIFIER Conect」
EQ設定は4タイプ
「カスタマイズ」もできる。「カスタマイズ」は4バンドのグラフィックEQに見えるが、実際には対応周波数を選択することができ、さらにはQも決められるので、4バンドのパラメトリックEQだ。かなり細かい調整ができる一方、ゲインが±3dBしかないので、それほど派手に音が変えられるわけではない。
周波数やQも設定できるパラEQ
使い勝手として特筆すべきは、動作時間だろう。バッテリーは1,500mAhの容量を持ち、最大再生時間は80時間。前作S3もそうだったが、だいたい普通に使って1カ月ぐらいは充電不要で使えるのは驚異的だ。
イヤフォン型で平面駆動の「STAX SPIRIT S10」
続いてご紹介するSTAX SPIRIT S10(以下S10)は、完全ワイヤレスイヤフォンながらも平面磁界型ドライバーを搭載したという、珍しいモデルだ。イヤフォンの世界でも2019年ごろから少しずつ平面駆動ドライバのモデルが出始めているところだが、まだメジャーと言える製品が登場していない。そこにEDIFIERがSTAX SPIRITブランドをひっさげて製品投入することで、認知度が高まるだろう。
完全ワイヤレス型として登場したSTAX SPIRIT S10
サイズ感としては一般のTWSと変わりない
ケースは若干お尻が高い
S10は国内公式サイトにはまだ掲載されていないが、海外公式サイトではすでに発表されており、6月下旬の「OTOTEN 2024」でも参考出展されている。日本では9月上旬発売予定で、通常価格は39,880円のところ、発売記念セールで33,898円の予定となっている。
振動板はS5と同様の第2世代「EqualMass」で、振動板の厚みも同じく2μm。ドライバ径は12mmの四角形となっている。周波数特性は20Hz~40kHz。搭載SocはS5同様Qualcomm QCC5181で、対応コーデックも同じくSBC、AAC、aptX、aptX HD、aptX Adaptive(96kHz/24bit対応)、aptX Lossless、LDAC、LHDCとなっている。S5同様マルチポイント接続機能も備えるが、これを使うとLDACおよびLHDCが使えなくなるのは同じだ。
イヤーチップはシリコンタイプで楕円形になっており、XLとXSは1セットだが、L、M、Sサイズは2セットずつ付属している。本体には最初からMサイズが付けられている。
大量に付属するイヤーチップ
ステム部分にタッチセンサーがあり、シングルタップは曲の再生・停止が割り当てられている。ダブルタップ、トリプルタップはアプリで変更可能だ。連続再生時間は最大32時間で、10分充電・2時間再生の急速充電機能も備えている。
ステムの凹んだところがタッチセンサー
ノイズキャンセリング機能を搭載しており、左右の6マイクのうち4マイクを使ってキャンセリングを行なう。モードとしては「適応型」、「高」、「中間」、「外音取り込み」、「風切り音低減」があり、最大35dB低減となっている。
車通りの多いところに立ってNCをテストしてみたが、「高」では車の走行音がほとんど聞こえなくなるので、かなり強力に効くようだ。「適応型」は周囲のノイズレベルに合わせて、キャンセルレベルが変化する。ただ風が吹くと、マイクがフカレやすい傾向があるようだ。
EDIFIER ConectアプリでEQが設定できるが、こちらは「原音」、「ダイナミック」、「静電気」、「カスタマイズ」となっている。「静電気」は聞き慣れないモードだが、おそらくダイナミックの反対語としての「Static」の誤訳かと思われる。
こちらもEQは4タイプ
音質としては、S5と近い音質になるよう、入念に調整されている印象だ。S5にはNCがないが、S10はNC付きでS5とほぼ同じ音が楽しめるというのもポイントになる。
カナル型にしては低域が若干弱めに調整されているのは気になるところだが、それはコンセプトによるものだろう。「原音」では昨今流行のような低音ドスドスという感じでもないので、物足りなさを感じるなら「ダイナミック」で聴くことをお勧めする。中域から高域にかけての抜けの良さは、ダイナミック型にはない特性だ。
イヤフォンのハイエンドモデルでは、低音はダイナミック型、高域はBA型をハイブリッドで使うケースが多い。S10の場合はシングルの平面磁界型ドライバーのみで全周波数をカバーしていることを考えれば、12mmという超小型であっても非常にメリットの多い駆動方式だという事がわかる。
一方耳穴に突っ込むカナル型のため、S5のような開放感のあるサウンドが感覚的に感じにくいというのが、難点と言えば難点だろう。
ビンテージ風の中型ワンボックス、「D32」
EDIFIERのBluetoothスピーカー製品はステレオ2ペア製品が中心だが、昨今はワンボックス型の製品もリリースしている。昨年はライトアップできるスピーカー「QD35」をご紹介したところだが、中型ワンボックスでミッドウーファーは3インチしかないのに低音がドッコンドッコン出るという、ユニークな製品だった。ただ惜しいのは、モノラルスピーカーだったことだ。
D32は、同じく中型ワンボックスでありながら、ステレオ仕様となったスピーカーである。ただQD35の後継機というわけではなく、昨年発売の「MP230」を大型化したという流れの製品のようだ。
カラーはホワイト、ブラック、ブラウンの3色で、お送りいただいたのはブラックである。MP230同様、レトロなラジオのようなデザインが特徴となっている。価格は公式サイトで29,980円。
D32ブラックモデル
QD35(左)と比べて若干奥行きが長い
ボディはMDFで、フロントはファブリック素材の編み込みながら、かなり強度がある。このフロントカバーは取り外すことはできない。手前に突き出しているアコーディオンキーボード風スイッチも面白い。
前方に飛び出したスイッチ
スピーカーとしては、30W・4インチのミッドウーファーが真ん中に1つ、15W・1インチのシルクドームツイーターを左右にステレオで配している。前面のツイーター下にバスレフポートがあるようだが、耳を押し当てて聴いてみると、低音ではなく中音域が出ている。背面にもバスレフポートがあり、低音はここから出ている。周波数特性は52Hz~40kHz。
背面にバスレフポート
入力はアナログ、USB、Apple AirPlay2(Wi-Fi)、Bluetoothの4系統。BluetoothコーデックはSBC、AAC、LDACで、aptX系はサポートしない。内部処理は24bit/96kHzで、アナログ入力およびUSB入力もこれに準ずる。マルチポイント接続機能も備えるが、これを使うとLDACが使えなくなるのは同じだ。
背面の入力端子
電源はメガネケーブルを直挿しするスタイルだが、バッテリーを内蔵しており、最大11時間の再生が可能。
操作としては、左端の電源ボタンがモード切り替えを兼用しており、現在のモードはLEDの色で判別する。Bluetoothは青、AirPlayは白、USBは赤、アナログ入力は緑といった具合だ。隣はBluetoothペアリング、真ん中が再生停止、右2つがボリュームのアップダウンとなっている。
アプリ側でも入力切り替えができる
設定アプリは同じく「EDIFIER Conect」で、EQは「標準」、「モニター」、「ダイナミック」、「ボーカル」、「カスタマイズ」の5タイプ。カスタマイズは、上記2モデルのようなパラメトリックEQではなく、6バンドのグラフィックEQになっている。
EQは5タイプ
カスタマイズは6バンドのグラフィックEQ
「標準」の音質だが、他のプリセットに比べるとかなり大人しめにチューニングされている。このあたりはレトロ風のルックスに合わせたということかもしれない。ミッドウーファの口径もワット数もQD35より大きいが、低音の出方は期待したほどではない。EQも可変域が±3dBしかないので、それほど大きく変える事はできない。
ステレオ感は、横幅が25cmしかないこともあって、割と普通。昨今のようにエフェクトで広がりを持たせるといった機能もなく、ツイーターをハの字に配置するといった工夫も見られないのは残念だ。
一方で中高域の表現力は高い。「ダイナミック」や「カスタム」に変更すると、その能力の高さがわかる。低音が物足りないと思う方は、頭よりも上の位置で、網棚のように底部に隙間が空いている棚の上などに置くと、低域が強めに感じられるようになる。置き場所によってかなり音が変わるスピーカーなので、色々工夫の余地はありそうだ。
総論
平面磁界型ドライバは歴史の長い技術だが、EDIFIERの参入で急速に進化している。たった1年で音質も向上し、さらにはイヤフォンタイプの製品まで登場するなど、かなり力を入れて開発しているようだ。
昨年のS3ではまだ磁気特有の丸みが取れない印象を受けたが、第2世代振動板を採用したS5ではリニアリティが改善し、中音域の甘みがなくなり、シャープに音像を結ぶようになった。コンデンサー型のサラッとした高域表現にはもう一息といったところだが、かなり近づいているように思える。最終ゴールがコンデンサー型と同じになることなのか、それとも独自の音を追究していくのか、現時点でははっきりわからないが、今後の製品も楽しみになってきた。
完全ワイヤレスのS10は、インイヤーで平面駆動を実現した意欲作だ。サイズも一般的なダイナミック型と変わらず、見た目からは平面駆動とは想像できないところである。BA型ツイーターなしのフルレンジですぐれた高域特性を持つところが聴きどころだ。現時点では得意のカナル型で製品化してきたが、今流行の耳を塞がないオープンタイプで製品化したらどうなるのか、その方向性も期待したい。
D32は平面磁界ドライバではなくダイナミック型ドライバ製品だが、昨年の「MP230」が評判が良かったのか、大型化してハイレゾにも十分対応できるよう再設計された製品だ。ステレオ製品だが、昨今期待されるような空間オーディオ的なアプローチではなく、ごくノーマルな製品となっている。多彩な入力に対応し、このサイズでバッテリー駆動できるあたりは、室内外のあらゆる場所に持ち出しても楽しめる作りとなっている。
これまでEDIFIERは、コスパの高い製品を得意としてきたが、ヘッドフォン・イヤフォンでは平面磁界型ドライバで差別化し、ハイエンドモデルもちゃんとやれるということを証明した。この方式の中心メーカーとしての立ち位置が固まってきたようだ。