東武鉄道の特急「スペーシア X」が期間限定で入線する東京駅丸の内駅舎。非現実的だがなぜかリアルに感じられる(撮影:鼠入昌史)

東武の特急に乗って、日光に行こう。東照宮をはじめとする神社仏閣を巡り、SLに乗って鬼怒川温泉に足を伸ばしてリラックス。江戸村で遊んでさる軍団と戯れて。存分に日光・鬼怒川の旅を楽しんで、あとはまた、東武の特急で帰路につく……。

鬼怒川温泉手前の特急停車駅

いやいや、忘れてはいませんか。もう1つ、日光・鬼怒川エリアでは外してはいけないあのレジャー施設を。特急が目の前に停まる駅もある、あの施設を。そう、東武ワールドスクウェアだ。

東武ワールドスクウェアは1993年に開園、2023年に30周年を迎えたその名の通り東武グループのレジャー施設だ。国内外の遺跡や建造物が25分の1のスケールで再現されており、いわばいながらにして(というかワールドスクウェアに行けば)世界旅行のよいところだけが楽しめる、といったあんばいの施設だ。

【写真】ただのミニチュア……となめていたら、想像以上にリアルだった。東武ワールドスクウェアが誇る「世界の建造物」(28枚)

……と、そんな通り一遍なことは知っていたが、である。ここで謝っておけば、つまりはよくできたミニチュアが並んでいるようなところでしょう、などというイメージを抱いていた。

でも、実際に行かずしてそんななめたイメージだけを抱えていてもよろしくない。そんなわけで、東武ワールドスクウェアを訪ねたのである。

「東武ワールドスクウェアは『世界建築博物館』ということを銘打っておりまして、48の世界文化遺産を含む、いろいろな世界中の建造物を精巧に再現しています」

妖精のトムとマイムというマスコットキャラクターが待ち受けるエントランスで出迎えてくれたのは、東武ワールドスクウェア副総支配人の森田孝幸さん。以前は東武鉄道でSL大樹の運行準備などに携わり、日光市の観光協会に出向していたこともあるという、日光・鬼怒川エリアのエキスパートだ。

どんな人が訪れる?

「どういう視点でお楽しみいただくかどうかはお客さまそれぞれですが、たとえばいつかは行ってみたい海外の名所を眺めて知識を深めたり、最近ではSNSに投稿する写真を撮影したりするお客さまも多くなっています」

森田さんによれば、来場者のアンケートでは訪れる前のイメージと、訪れたあとの印象がまったく変わったという人が多いという。最初は「ミニチュアがあるんでしょ」という筆者のようなイメージを持っていても、帰るときにはまったく違う印象に……。いったい、どういうことなのか。


ピラミッドとスフィンクスを前に、森田孝幸副総支配人(左)と磯幸恵パークオペレーション部課長。奥にはエッフェル塔と東京スカイツリーの最上部も(撮影:鼠入昌史)

その答えを知るために、実際に園内を案内してもらった。

ドーム状のエントランスゾーンを抜け、20分ごとに音楽が奏でられるモニュメントを見ると、最初は「現代日本ゾーン」。東京駅に国会議事堂、東京タワーに成田空港。そして東武さんが世界に誇る東京スカイツリー。園内には線路も敷かれていて、25分の1サイズで再現された鉄道車両も走る。


スペーシア Xと200系新幹線がすれ違う(撮影:鼠入昌史)

ここでは期間限定ながら東武の特急「スペーシア X」が東京駅に入線するという摩訶不思議な世界を見ることもできる。200系新幹線とスペーシア Xのコラボなんて、現実で見ることはもはやありえない。

名建築が一堂に会す

そのまま海を模した水辺を挟んで、「アメリカゾーン」へ。ここにはワールド・トレード・センターを中心としたマンハッタンにセントラルパークやホワイトハウス。木立の中を抜ければ、ピラミッドやスフィンクスが印象的なエジプトゾーン、凱旋門とエッフェル塔、ピサの斜塔にサン・ピエトロ大聖堂と、誰もが知っている名建築が出迎える。

続けてアジアゾーンに入れば、故宮やアンコール・ワット、タージ・マハル。古い遺跡や建造物だけでなく、2004年に完成した当時世界一高い建造物だった台北101も建つ。

そして、締めくくりは「日本ゾーン」。法隆寺に厳島神社、二条城といった名建築が並び、古き日本の農村風景などが再現された一角も。そこには「SL大樹」が駆け抜けたりするから、鉄道ファンでもなかなか楽しい時間を過ごせそうだ。


法隆寺の向こうにちらりと見えるスカイツリー(撮影:鼠入昌史)

……と、駆け足で巡ってきたが、確かにその精巧さは圧倒的。うまいことアングルを調整して撮影すれば、ホンモノだと言われても信じてしまう。

「実際に、エジプト出張前にここに来て写真を撮って、『一足早く来ちゃいました』とSNSに投稿したら会社の人が信じちゃった、などというお客さまもいたくらいです。建造物に興味がある方だと、それこそ1時間かそこらじゃとてもじゃないけれど回れないとおっしゃる方も多いですね」(森田さん)

このホンモノとまったく違わない精巧さは、各国から建造物の図面を取り寄せていることに由来する。どれもそれぞれの国のシンボルといっていい建造物ばかり。門外不出、取扱注意の図面も入手して、壁面の微細な彩りまで忠実に再現しているのだ。それが難しい場合でも現地に足を運んで調査をしているという。

建造物以外にも注目

見どころは建造物ばかりではない。それぞれの建造物の周りには、無数の人形が配置されている。その数、実に14万体。一つひとつ、専門のスタッフが衣装から表情まで意図を持って塗り分けているのだという。だから、ひとりとて同じ人形は存在しないのだ。


たくさんの人でにぎわうサン・ピエトロ大聖堂前の広場。もちろんホンモノではありません(撮影:鼠入昌史)

「人形もよく見ていくと、それだけでもかなり楽しめると思いますよ」。パークオペレーション部課長の磯幸恵さんが教えてくれた。

それぞれ時代を象徴するものだったり、国会議事堂の前には歴代の総理大臣、またホワイトハウスの前にはバイデン大統領がいたり。他にも注目してみると、変わった人形を見つけることができるのだという。

「たとえば、カールおじさんがいるんです。どこにいるかどうかは……探してみてください(笑)。ほかにも、万里の長城には三蔵法師ご一行。円覚寺には傘を差している人形がいますが、14万体の中で傘を差しているのはその1体だけ。春日大社には着物を着ている人形がいたり、写真を撮っているスマホにはカメラの向こう側が描かれていたり。そういうところも細かくやっているんです」(磯さん)

また、森田さんが「ワールドスクウェアに赴任するまで知らなかった」と話すのは、園内の植栽だ。建造物の周囲に配置される植栽は、いわば25分の1スケールの世界観の一部。ただ、99%まではホンモノの植物を使っており、職人がこまめにケアをすることで25分の1の世界になじむように整えられている。

このように、ここまでやるかと言いたくなるくらいに、徹底的に精巧に建造物を再現し、それらを取り巻く世界観はひとつとて同じもののない人形たちやホンモノの植物を使った植栽で彩る。

確かに、これでは1時間ばかりの空き時間に……と思って訪れては、とうてい満足するほど堪能することはできなさそうだ。

実物ではムリな眺めも

そして、この25分の1スケールの独特な世界観は、いまの時代に実によくマッチしている。インスタグラムをはじめとする、SNSとの親和性が高いのだ。


成田空港のすぐ向こうに東京スカイツリー。スケール感が狂いそうだ(撮影:鼠入昌史)

建造物の前に寝そべって見上げるようなアングルで写真を撮ったり、本来ならばありえない建造物同士を同じ画角に収めてみたり。実物では不可能な俯瞰撮影もできる。

もちろん、東武ワールドスクウェア自らも最近では積極的にSNSを活用している。

「昨年からワールドスクウェアでもスペーシア Xの運行をはじめたのですが、運行開始日はホンモノと同じ日にあわせました。そして、30日前からSNSで『あと〇日』というカウントダウンを発信したんです。園内のあちこちからスタッフが登場して……。それが鉄道ファンの間でも話題になったようで、注目していただくことができました」(森田さん)

ちなみに、ワールドスクウェアの園内を走るスペーシア Xをはじめとする鉄道車両は、市販されている模型などではなく、25分の1の特注品。それなりに手間とおカネもかかっているようだ……。


田園地帯を駆け抜けるSL大樹(撮影:鼠入昌史)

そして、手間がかかっているといえば天候も大敵。ワールドスクウェアは屋外にある施設だから、とうぜん雨風にさらされる。雨ならばまだいいが、雪が積もるとそれはそれは大変なのだとか。

「小さな人形や精巧な建造物がたくさんありますから、重機を使って一気に除雪できるところばかりでないんです。人の手でていねいに雪かきをするしかない。もう従業員が総出でやりますよ。社長も長靴を履いて……(笑)」(森田さん)

最寄り駅に全列車が停車する

開業以来、東武ワールドスクウェアの最寄り駅は長らく東武鬼怒川線の小佐越駅だった。ただ、歩いて向かうにはやや距離があって徒歩10分ほど。文句なしの利便性とは言いがたかった。

ところが、2017年にはエントランスのほど近くにその名も東武ワールドスクウェア駅が開業。現在では「スペーシア X」を含めて全列車が停まるようになった。この駅の改札を抜けて道路を渡ると、歩いて1分ほどでエントランスにたどり着く。


こちらはホンモノの駅。東武ワールドスクウェアのすぐ目の前にある(撮影:鼠入昌史)

「駅の影響も大きいでしょうね。気軽に電車で来ていただけるようになりました。ちなみに、東武ワールドスクウェア駅は無人駅なので、きっぷはエントランスで販売しているんです。いまは特急券もネットで購入する人が多くなりましたが、ほかではなかなか見られない手書きのきっぷなので、それをお求めになる鉄道ファンもたまにいらっしゃいます(笑)」(森田さん)


受付の一角では、東武の電車のきっぷを売っている(撮影:鼠入昌史)

そして、今年の4月からはペットを連れて入園することができるようになった。これまではペットバギーに乗せていれば入ることができたが、いまではリードにつないだ状態でペットとともにワールドスクウェアを楽しめるようになったのだ。

森田さんは、「観光協会にいたときにも、ペットと一緒に楽しめる施設はあるかという問い合わせが多かったんです」と打ち明ける。

ワンちゃんと一緒に“世界旅行”

「もちろん園内をキレイに保つことや、小さな建造物や人形の保全のことを考えて、これまでワンちゃんを連れて入れなかったんです。そこで昨年11月から試験的に実施して、今年4月からは本格的にワンちゃんが入れるようにしました。これまで毎月1000人ほどがワンちゃん連れで来園していただいています」(森田さん)


エントランスを抜けた先のドームには、中央に自由の女神。脇にはワンちゃんの撮影台も(撮影:鼠入昌史)

建造物も人形もたえずリニューアルと維持管理に努め、来園者へのサービスも充実させる。こうした取り組みの積み重ねが、SNS時代とともに花開きつつある、ということなのだろうか。最後に、森田さんにおすすめのスポットを教えてもらった。

「個人的に好きなのは……サグラダ・ファミリアですね。いつか行きたいと思っているんですけど、なかなか日本からだと難しい。なので、仕事で園内を巡回していても、つい立ち止まって時間を忘れて眺めてしまいます」(森田さん)


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(鼠入 昌史 : ライター)