エミン・ユルマズ(Emin Yurumazu)/エコノミスト、為替ストラテジスト。トルコ出身。2004年東京大学工学部卒業。野村証券などを経て2024年独立。noteで定期マガジン「Emin Yurumazu Community」を連載中(撮影:今井康一)

週明けの8月5日(月)、日本の株式市場を大激震が襲った。日経平均株価の終値は前営業日比4451円安の3万1458円と、過去最大の下げ幅だ。半導体株や金融株は軒並み大暴落。アメリカの株式市場もエヌビディアやインテルをはじめ、半導体株の下落が止まらない。

が、この予兆を早くからつかんでいた人物がいる。エコノミストのエミン・ユルマズ氏だ。エミン氏は「AI(人工知能)半導体バブル」について、かねて警鐘を鳴らしていた1人。ここでは大暴落前に説いていたエミン氏の主張を公開する(寄稿は7月13日現在)。

8月5日(月)に発売した週刊東洋経済8月10日-17日合併号では「エヌビディアの猛威 半導体 覇権」を特集。エヌビディアの強みと死角、巻き返しを図る日本勢、さらに国内のデータセンター事情などを掲載している。

ただいま絶好調の米エヌビディアだが、はたして死角はないのか。

エヌビディアは目下業績が好調で、時価総額も3兆ドル超と米マイクロソフトを追い抜いて、一時世界トップになった。しかし本当に、主力のGPU(画像処理装置)に対する需要がオーガニック(自律的)なものなのか、よく考えなければならない。実需ではなく、自分で自分の需要をつくり出してはいないか、ということである。

エヌビディア製GPUが買われ続けるという前提


例えば、米コアウィーブというエヌビディアの取引先の1社は、エヌビディアから出資してもらった資金などによって、エヌビディア製のGPUを買っている。同社はAIクラウドコンピューティングのスタートアップであり、エヌビディア製GPUを使ってデータセンターの運営を行っている企業だ。

またコアウィーブは2024年、ブラックストーンやマグネター・キャピタル、カーライルなどの大手投資ファンドから75億ドルの融資を受け、エヌビディアのGPUの購入などに充ててもいる。

つまりエヌビディアにとっては、コアウィーブが多額の資金調達を経て、顧客として自社のGPUを多く買ってくれるほど、売り上げが拡大するという構図になる。コアウィーブは米国内で14カ所のデータセンターを運営しているが、これを2024年中には28カ所まで倍増する予定である。こうしたデータセンター事業によってマネタイズができなければ、多くのボリュームを期待しているエヌビディアのシナリオは崩れるのだ。

ほかにも課題はある。

米司法省は6月、エヌビディアに対し反トラスト法(独占禁止法)違反の疑いで調査の準備を始めたと、ニューヨーク・タイムズなど大手メディアが報じた。

周知のように、かつてエヌビディアは同業の英アーム・ホールディングスを買収しようとしたものの、米連邦取引委員会(FTC)に差し止められて、結果的に買えなかったという過去がある。AI半導体でシェア約8割を握る王者について、米政府は懸念を感じているようだ。

本業においても、AI半導体を持っているのは今、エヌビディアほぼ1社しかいないが、今後はどうか。

1個1000ドルのコストでも3万ドル以上で売れた

現状、1個1000ドルのコストのチップを3万2000ドルで売っているのだが、顧客がいつまでもその高い値段で買うだろうか。米GAFAMは自社で半導体の内製化を進めているし、競合する米インテルやアームのほかに、中国企業も開発しようとしている。エヌビディア1強は10年間も20年間も続かない。

思えばエヌビディアは、かつての米シスコシステムズに似ている。

ネットワーク機器大手のシスコも、2000年のドットコムバブルでマイクロソフトの時価総額を抜いたが、同年にバブルがはじけて株価は10分の1に暴落してしまった。同様にAIも、機器や半導体などのハードがコモディティー(日用品)化したなら、栄えるのはソフト企業だろう。

生成AIはバブルで先に株価が上がっており、実態が本当に後で追いつくかどうかはわからない。AIがもたらす収益の危うさについて、米ゴールドマン・サックスや英フィナンシャル・タイムズも、リポートや紙面において警鐘を鳴らした。


米ゴールドマン・サックスや英フィナンシャル・タイムズは、生成AIの成長などに対する懸念をそれぞれ指摘した

遅かれ早かれ、人工的な需要は崩落する。いつかAI半導体バブルも終焉を迎えるのではないだろうか。


(エミン・ユルマズ : エコノミスト、為替ストラテジスト)