宮本亞門

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2024年8月19日~22日の4日間、有楽町にある劇場「I'M A SHOW(アイマショウ)」で、ミュージカル映画の傑作をお得な値段で楽しめる上映イベント、「有楽町ブロードウェイ映画祭 2024夏」が開催される。上映されるのは次の三作品。

『バンド・ワゴン』(112分/1953年)
監督:ビンセント・ミネリ。フレッド・アステアが主演を務め、落ち目のスターが新作舞台劇でブロードウェイに返り咲こうと奮闘する姿を描いた、ミュージカル映画の金字塔とも言われる名作。

『マイ・シスター・アイリーン』(108分/1955年)
監督:リチャード・クワイン。『シカゴ』『PIPPIN』など、いまもなお愛されるミュージカルの演出・振付で知られるボブ・フォッシーが初めて映画の振付を務め、出演した日本劇場未公開作。若き日のボブ・フォッシーが、その原点ともいえるダンスをたっぷりと披露する。

『オール・ザット・ジャズ』(123分/1979年)
監督:ボブ・フォッシー。ボブ・フォッシーの自伝的作品とも言われている。1980年に第33回カンヌ国際映画祭でパルムドール、第52回アカデミー賞で4部門を受賞した。

このほど、本イベントのスペシャルアンバサダーに就任した演出家の宮本亞門氏に、この映画祭の楽しみかた、作品の見どころを聞いた。


■「子供の頃の僕にとって、有楽町はまさにブロードウェイだったんです」

今回の「有楽町ブロードウェイ映画祭 2024夏」は僕にとってワクワクする企画です! 子供の頃、有楽町はまさにブロードウェイだったからです。劇場に並んでロードショーを見たり、映画の中に繰り広げられる“ザッツエンターテイメント”の世界に心も体も踊り、拍手をして歓声をあげていました、世界で一流のエンタメがライブのように楽しめたのですから。しかしその有楽町は日劇があった跡地・マリオンにある劇場「I’M A SHOW」で、大スクリーンで見られるのは、やっぱりたまらないですよね。


 

■「今回上映される三本には、ブロードウェイの生々しい姿がそのまま描かれているんです」

『マイ・シスター・アイリーン』
-映画史上こんな踊りがあるの?

My Sister Eileen (C) 1955 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.

『マイ・シスター・アイリーン』は日本劇場未公開。僕も楽しみに見ました。今回の3作品はどれも、当時のブロードウェイの様子が描かれています。特にこの作品の驚きは、あの名作『シカゴ』を演出・振付したボブ・フォッシーの、ウブな頃の姿が見られることです。

まだ世間に知られてない新進気鋭の振付師兼俳優のボブ・フォッシー(当時)が大抜擢され、当時新たなセンスだった振付をし演技もしています。そんな初々しさが見れるとても貴重な映画なのです。

何とってもダンスは圧巻で、まさに映画史上、語り継がれるダンスシーン! また、共演者たちもみんなブロードウェイで素晴らしいキャリアを積んだ人たちなので見応え充分。スクリーンから、当時のブロードウェイの生の姿が香り立ちます。

内容も、ニューヨークのビレッジでギリギリの生活をしている芸術家たちの「でもショー・ビジネスこそ愛するもの!」と言わんばかりのエンタメへの愛情がぎゅうぎゅうに詰まっています。日本でも、いつかショー・ビジネスに関わりたいと思っている人、またショー・ビジネスの原点を再確認したい人や、多くのエンタメ好きの方にも見て欲しいですね。「やっぱりショー・ビジネスってどの時代も厳しくて大変だけど、何にも変えられない魅力と感動がある!」と。


『バンド・ワゴン』
―これ以上素晴らしいものがないと言っても過言ではないダンス・ナンバー

The Band Wagon (C) 1953 WBEI

この作品には、今は落ち目のミュージカル・スターという設定のフレッド・アステアが、ブロードウェイで再起をかけたショーを成功させようと、演出家や共演者と葛藤しながら作品を作り上げていく姿が描かれています。そのストーリーも面白いのですが、なんといっても魅力は名曲と名シーンだらけ! あの「ザッツエンターテイメント」という曲も、この作品から生まれた曲だし、映画史上これ以上これほどエレガントなダンス・ナンバーはないと言っても過言ではないほど魅力に溢れています。

共演する女優は、僕が最も好きなダンサー、シド・チャリシー! 映画では彼女はクラシック・バレエのダンサーという設定で、アステアと NYのセントラルパークでデュエットを踊るのですが、設定も、衣装も、セットも、振付も、センス抜群、あらゆるものが美しく、僕は小学校の時に映画を見て「こんなに大人の世界って素敵でかっこいいんだ」と衝撃を受けたのを覚えています。一流のエレガントと魅力が溢れ返っている『バンド・ワゴン』は、劇場のスクリーンで見てほしい名作です。
 

『オール・ザット・ジャズ』
―ボブ・フォッシーがいたから、ミュージカルの演出家になろうと思った

All that Jazz (C) 1979 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.

そして最後に紹介するのは、やはり『オール・ザット・ジャズ』! ボブ・フォッシーが監督を務めた、自らの自伝的作品です。僕もボブ・フォッシーがいたから、ミュージカルの演出家になろうと決意しました。実は昔は、ミュージカルの演出家になりたいと言ったら、「なんだって? あんな子供だましのような舞台作ってどうする!」と多くの演劇の先輩に言われました。たくさんの差別的な発言も受けていました。でも、僕はボブ・フォッシーの監督した映画『キャバレー』や『スウィート・チャリティー』を観て、ミュージカルは大人が本気で取り組んでいい、誇らしい仕事なんだと思えるようになりました。そして21歳の時、僕は演出家になることを強く決意して、本場ブロードウェイに行きました。そこで最初に見た作品がボブ・フォッシー演出と振付の『ダンシン』というミュージカルだったのです。

その迫力とかっこよさに完全にノックアウトしてしまい、「やられた!」と呆然としながら劇場を出たのを覚えています。ダンスはもちろん最高で、まるでマジックがかかったようにボブ・フォッシーの世界のとりこになりました。彼の作り出す世界は、実にセクシーで生々しく、音楽との掛け合わせが抜群のセンスで人間の魅力が溢れ返っている。

そんな、ボブ・フォッシーが演出している姿をそのまま生々しく描いたのがこの映画『オール・ザット・ジャズ』なのです! 内容はボブの全てをさらけ出していて、それはそれは凄まじいです。僕は映画見て「こんなに演出家って大変で、作品を生み出すということは身を削ってボロボロになりながらも創作を続けるものなのだ」と知りました。そして「こんなに大変だけど、これほど魅力的な世界を描き出せるんだ」と興奮しました。

この作品はアメリカだけではなく、ヨーロッパでも大変評価が高く、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞しています。フェリーニ監督の『8 1/2』へのオマージュでもあり、是非、映画ファンにも見てほしい作品です。


■敬愛するボブ・フォッシーと「有楽町ブロードウェイ映画祭」

宮本亞門氏が演出家を目指すと決めたきっかけになった、伝説的な振付師・演出家のボブ・フォッシー(1927-1987)。今回の映画祭ではこのボブ・フォッシーが映画で初めて振付をし、出演もした『マイ・シスター・アイリーン』と、ボブ・フォッシー自身が監督をした、自伝的作品『オール・ザット・ジャズ』が上映される。二つの作品を通して、改めて宮本亞門さんの「ボブ・フォッシー愛」について語って頂いた。

ボブ・フォッシースタイルの原点が見られる『マイ・シスター・アイリーン』

これはボブ・フォッシーが映画で最初に振付をした作品です。彼はその後も『パジャマゲーム』『スウィート・チャリティー』『キャバレー』と数々の映画で最高級の振付をしましたが、やはり最初に作った作品は、いつもクリエーターの原点の熱い想いが、原石となって現れていることが多いのです。その後の名作の数々よりシンプルに見えるかもしれないけれど、手、肩、身体を非対称的に動かすとか、今までにない遊びやユーモアが詰まっていて、この時点ですでに“フォッシースタイル”が生まれていたと確信しました。特に大スクリーンで見ると、あらゆるものが明確に見えて、ダンスが好きな人だったら「これだ!」と感動するはずです。

このフォッシースタイルは、あのマイケル・ジャクソンへ受け継がれていったのも理解できます。マイケルは常にダンスを語る時にフォッシーへの敬愛を語ってきましたから。

また、フォッシーの振付はドラマと見事に合っています、激しく踊るだけではなく、役柄や状況を理解しつつ、ユーモアや粋なセンスで溢れている、あのフレッド・アステアにも共通する才能です。それが、マイケル・ジャクソンに受け継がれ一段と花開いていった。ボブ・フォッシーはアメリカンダンスの歴史上で最も貴重で素晴らしい芸術家なのです。

映画の魅力が詰まった『オール・ザット・ジャズ』

また、ボブ・フォッシーは監督として、素晴らしい視点を持っています。その世界観作りとカメラワーク、退廃的な生々しさを描き出すところなど、彼ならでの描き方で、観る者を唸らせます。映画では、最初にボブ・フォッシー自身だと思われるロイ・シャイダー扮する演出家の男性が、ヴィヴァルディの音楽をかけながら精神安定剤を飲むのですが、その生々しい汗焦燥感、彼がギリギリの状態の中にいる姿を見事に表しています。人の描き方を、きれいごとに収めず、まさに人間の本質を抉り出していく様は、監督ボブ・フォッシーの突出した表現力です。

また稽古場のシーンでは、ダンサーをギリギリまで追い込んでいくシーンがあるのですが、あの生々しさは、壮絶でセクシーで。汗一つ一つまでアップで捉えて、匂い立つような稽古場の空気を見事に表している。現場を知る者しか味わえない凄みのある映像です。

ボブ・フォッシーの苦悩

この映画を見て、あまりに感動した僕はすぐにブロードウェイに行き、ボブ・フォッシーと共に創作をしたり仲が良かった人たちに会って「本当にボブ・フォッシーってああなの?」って訊いて歩きました。すると全員から「あの映画そのものだった」と返答されました。とても繊細で、優しく、常に人のことを思いやり、自分の作品を満足しない、向上心の強い人で、映画のように最高の作品を届けるために、ギリギリまで自分も出演者も追い込んでいったそうです。

印象に残った話は、ボブ・フォッシーが稽古場で振付のことで悩んでしまい、突然黙ってしまい、1人椅子に座り稽古が中断した時のこと。ダンスキャプテンが「大丈夫ですか?」と声をかけようとしたら、ボブが突然「今日の稽古はやめだ!」って言って。まだ午後の4時ぐらいだったけど「これからみんなで飲もう、レストランに行くぞ!」と言い、全員をイタリアン・レストランに連れていったそうです。そこでボトルを開け、みんなも盛り上がって楽しんで、後はデザートを待つだけとなったその時、ボブは突然、「今日はデザートはなし、これから稽古場に戻るぞ!」と言い出し、全員がワクワクしながら稽古場で、稽古を続けたとか。そこでボブがみんなに示した振付が本当に素晴らしく、イタリアンレストランでもずっと振付のことを考えていたんだなと、皆は感動したようです。

残念ながら、今は、稽古は短時間で要領よく仕上げられる人が成功する、ということがとても多くなってきました。早く、安く、それなりに、が求められているのです。でも、当時はやっぱり本気で入り込んでいただけに、クリエイターたちのオリジナル性が見事に花開いていた……。人を戒めるのではなく、人を対等にリスペクトしながら物凄く愛情深く作品を作っていたんだなと思わされるエピソードでした。

不安と恐怖、でも人に最高のものを届けたい

実際、自分もブロードウェイで仕事して、批評家もそうだけど、この“ブロードウェイ村”で作品を作る時に、「生半可じゃ許さない、それぞれに人生がかかっているんだから」という強い逆風が吹きます。それだけに、ある意味、怖いところでもあります。

それをボブ・フォッシーも感じていたのです。『ビッグ・ディール』というボブ・フォッシーの遺作とされている作品があります。僕もブロードウェイに見に行ったのですが、初日が開いた後の新聞で、批評家は彼をめちゃめちゃ叩きました。「もうボブ・フォッシーもおしまいか」とか「あれだけ才能があった人に何が!?」とか「観るに値しない作品」等々ー。

台本が問題だったと言われていますが、彼も常に台本作家と話し合って作ってきたわけですから、とても辛かったと思います。その翌日、友人が劇場にボブを訪ねていったらしいのですが、彼の姿が見当たらず、スタッフみんなで探した時、ある人が彼を舞台のホリゾントの裏で見つけたそうです。彼女が言うには「隠れていたんです、体を震わせて。もう誰も声をかけることができない状態でした」。

ボブは常に作品を世間に送り出しながら、そういう不安や恐怖を抱いていたのです。それでもボブは人々に最高のものを届けたいっていう思いは諦めなかった。そんな葛藤が、『オール・ザット・ジャズ』にも描かれています。人間の裏側も露骨に包み隠さず見せてくれたことが、この映画を本物の名作に昇華させた原因だと私は思います。


■楽しみながら、発見も。「有楽町ブロードウェイ映画祭 2024夏」

ミュージカルって本当に魅力的だなと思うし、あの頃に本気で作っていた人たちがいたから、今もミュージカルが多くの人を魅了するのだと思います。

この映画三本全てに そんなミュージカル愛、劇場愛が凝縮されています、ぜひ映画館になった「I‘M A SHOW」でご覧いただきたいです。劇場の大スクリーンで最高の音楽とダンスとエンターテイメントの世界が繰り広げられます、ミュージカルに興味がある人もなかった人も、心がワクワクする楽しい体験で、素敵な夏を過ごしてほしいと思います。


 

【プロフィール】宮本亞門(みやもとあもん):演出家。1958年生まれ 東京都出身。2004年には東洋人初の演出家としてオンブロードウェイにて『太平洋序曲』を上演し、同作はトニー賞4部門にノミネート。米・リンカーンセンターでの舞台『金閣寺』や、ロンドン・ウェストエンドでのミュージカル『ファンタスティックス』、オーストリアのオペラ『魔笛』など国際的に活躍し、ジャンルを問わず幅広く作品を手掛けている。